第37話:ソニアの館(1)
「ユウキよ……それはもうお主に――
ダンジョンをその手で掘れと言っているとしか思えんのじゃが」
ソニアさんが呆れた顔で言う。
ここはソニアさんの館の敷地内――建物の背後にある切り立った崖。
その一部に大穴を開けた俺の新しい武器の威力を見ての一言。
◇ ◆ ◇
昨夜【武器融合魔法石】が――
愛用の槍と決意のあかしの折り畳みスコップを融合させてしまった。
出来上がったのは――
ぱっと見で「閉じて巻いて紐で留めた傘」のような形をした【武器?】だった。
柄の部分は元の槍の雰囲気を残しつつ、長さが半分以下に縮んでいる。
刃の部分は元の槍の面影はない。
星形の断面を持つ鋭く尖った先端から帯状の刃が八枚、
柄の周りを螺旋状に一周巻きながら手元まで伸びている。
それがあたかも「閉じて巻いて紐で留めた傘布」を思わせた。
けれど、もっといい呼び名がある。
――これってドリル?
確かにホームセンターで売っているドリルの刃とか、
アニメによくある「男のロマン」円錐ドリルとは趣が違うけど。
どう見ても先端が回転して「掘りますぜ」って形だ。
いや、どちらかというと「穿孔するぜ」か。
武器融合魔法石の効能と、出来上がった武器の形状から想像するに、
おそらく槍の形を生かしたまま、
折り畳みスコップの「折り畳み」と「掘る」が融合しているのだろう。
そこまで推測して、俺の中でどんどん気持ちが盛り上がってきたけれど、
同時にソニアさんの言葉も思い出していた。
曰く「桁外れな能力を持つ武器が生まれてくる」と……。
熱くなっても冷静さは失うな、と自分に言い聞かす。
この場で力を試して、取り返しのつかないことになったら大変だ。
これはもっと広い場所で……、いや――
明日せっかくソニアさんに会えるんだから見てもらってからにしよう。
そう考えて結局、他の片づけを終えてから、
謎の【武器?】をベッドの下に隠して、無理やり眠りについたのだった。
とはいっても――
目を閉じた途端、急激な疲労が襲ってきて、
自分でもびっくりするほど一瞬で寝入ってしまった。
この世界に来てから毎晩そんな調子だったし、
ラスボスを倒した疲労も残っていたはずだから、不思議ではないのだけれど。
で、夜が明けて皆に報告。
「ふむ……ドリルか……」「ドリルねぇ……」「ドリルですか……」
「ドリル……デス?」「……ドリル」
仲間の困惑した表情。
結局、ソニアさんの意見を聞くことで皆の意見は一致した。
予定通り宿を引き払い(女性給仕さんは埴輪のような顔で見送ってくれた)、
探索組合にも報告して、補修をお願いしていた武器防具も受け取って出発。
門番さんに挨拶をして町を出る。
しばらく歩いてから、道から外れて森の中。
そこに別方向から来た二体の竜が舞い降りてきた。
片方は見覚えがあるハヤトの竜――たぶん飛竜って種類なんだと思う。
もう一方がアンヌさんの竜――赤い身体。ハヤトの竜よりガッシリした感じ。
色から考えて火竜なんだろうけど、翼はあるので飛べるのに変わりはない。
いよいよ竜に乗って空の旅。念のため確認する。
「全員、乗っても大丈夫……?」
「速度は落ちるが大人三人くらいなら大丈夫だ。
俺の竜にはユウキとクレア。アンヌはリリス様とナナミを乗せてくれ」
「了解だよ」
ハヤトに応えるアンヌさんの声を聞きながら、
俺は何となく竜二体に分乗する仲間の体重配分を思い浮かべていた。
この中で一番重いのはハヤトなのは間違いないだろうし、
一番軽いのがクレアなのは考えるまでもない。
とすると……。
その時、ここ数日で会得した危機察知アラームが頭の中で警告を鳴らした。
いや、そんなもの身に付けた覚えはないけれど。
――なんだ! 何が起こった!?
きょろきょろと周りを見渡すと背後に何かが……。
猛烈な黒いオーラを身にまとった……アンヌさんだった。
ついさっきまで眼の前にいたはずなのに、いったいいつの間に?
両方の口の端を吊り上げた顔が怖くて直視できない。
大魔王でも召喚されそうな静かな低い声が何処からか聞こえる。
「……何を……考えているんだい……?」
「い……いえ、何も……」
「そうだよね……考えない方がいいよね……何にも考えられなくなるからね……」
「そ……そうですね」
たいじゅうのはなしはこれでおわりだ。
……ということで楽しい空の旅の話をしよう。
初めて乗る竜。
期待に胸を躍らせるっていうのはこういうことなのかと感じていた。
が、その反面――
前の世界では飛行機にも乗ったことがないどころか、
アミューズメント施設の絶叫系やそうでない乗り物でさえ経験のない俺。
高所恐怖症ではないと思っているが、やはり一抹の不安もあった。
ハヤトに促され、背中を向け身体を低くしている竜に近づく。
竜の名前はイブキだそうだ。
三人くらいが座れる長さのカマボコ型クッションが、
胴体に回したベルトを使ってイブキの背中に縦に固定されている。
それにまたがるように座り、あとは身体を固定するためのロープが二本。
一本は胴体に結び、一本は手でしっかりと持つ。
クッションを膝でしっかり挟んで下半身を固定。
両足先を女の子座りみたいに広げて、これが着座姿勢。
ハヤトが先頭で、間にクレアを入れて、後ろに俺が座る。
イブキの背中はそれなりに生々しかったが(生きているので)、
何故だか信頼できる感じがして、体を預けるのに抵抗はなかった。
アンヌさんの竜の名前はホムラ。
すでに背中には三人が、アンヌさん、ナナミ、リリスの順で座っている。
どうやらナナミも乗るのは初めてのようで、
驚いたような「はえー」とか「ほえー」とか声が聞こえていた。
いよいよ離陸。羽ばたくイブキとホムラ。
ハヤトの話だと……、
翼は浮遊の魔法発動器官であって、直接揚力を生み出してはいないらしい。
確かに、大きな翼だといっても巨体プラス三人を浮かす力はないだろう。
現に、上昇する感覚は翼による力任せな感じはなく、
ふわっと宙に浮きあがるようなスムーズなものだった。
かなり上空まで舞い上がる。そこから見える景色は素晴らしかった。
この世界、町の中はそれなりなのに、
町の外は全くと言って良い程開発されていないようで、
ドラワテの町とそこから伸びる道以外には人工物はまばら。
見えるのは、この世界で一番最初の場所になったあの湖、そこから伸びる川。
そして森と平原。高い山、低い山。
所々に砦のような小さな建物。そして遠くに別の町がいくつか。
全てがミニチュアのようでいて、しっかりした存在感がそれを否定している。
はるか遠くまで見渡せる広大な風景。
その上空を悠々と飛んで行く二体の竜。
自然が織りなす美しい景色を上から眺める快感。
呼吸を止めて見入ってしまった。
結局、最初に感じていた不安は杞憂で、空の旅は楽しかった。
もっとも……目の前に親友の背中が見えていたのが、
俺の心が安定していた理由のひとつなのだろうが……。
例の湖を右にして飛んで行く。
その後も山をいくつか越えて、もうすぐお昼時くらいかと考えていた頃――
少し先に大きな町が見える手前、
木が密集していて一本の細い川以外には地面が見えない山間。
その上空に差し掛かった時、下からメイド服姿の女性たちが飛んできた。
「お待ちしておりました」
背中の翼を使って俺たちを出迎えてくれた紫の肌を持った三人の女性は――
ミリアさんにそっくりだった。
◇ ◆ ◇
「よく来た。歓迎するぞ」
初めて実物を見るソニアさん。
男として背の高い方になるハヤトと同じくらいの身長。
男として背の低い方の俺からするとちょっと引け目を感じる。
そして女性としての特徴も大きかった。特に胸のあたりが。
もちろんウエストは引き締まっているのでスタイルは抜群。
胸元が大きく開いている黒いドレスを着ていて目のやり場に困るくらい。
「ソニアさん、いろいろと助けていただきありがとうございました」
黒目黒髪。身長はあっても顔は小さく、
派手さを感じさせないモデルのような美女といったところ。
肌の色はミリアさんのような紫色ではなく、
クレアと同じ白い肌をしていて、顔の雰囲気もクレアの方に似ている。
見た目年齢は二十代のお姉さんって感じ。
百年単位で生きていて、世界を滅ぼす力を持つ魔族だとはとても思えない。
「そう、かしこまるな。お主はハヤトの大事な人間だという以上に、
わらわにとっても同志でありライバルであり、
そして興味の尽きない人間でもあるのじゃ」
けれども――
初めて見たはずのソニアさんの笑顔は何故だか想像していた通りだった。
続いて、一歩下がった位置からリリスの挨拶。
「この度はお招きに預かりまして、ありがとうございます」
「うむ……、よい。
というより、こんなところで挨拶合戦などわらわの性に合わん。
見ろ、ハヤトなどそっぽを向いておるではないか。あのくらいで良いのじゃ」
リリスの丁寧な挨拶と、ハヤトの不愛想な態度が対象的だった。
「ミリア、皆を部屋に案内しろ」
「かしこまりました」
あのあと、三人の空飛ぶメイドさんに案内されて、
高度を下げ地表に近づくと、奥深い森にしか見えなかった景色が突然変わった。
周りから一段下がった広い窪地。
垂直に近い崖に囲まれて周辺から隔絶された土地。
上流から流れ込む川が滝になって落ち、細い川となってその場所を縦断し、
周囲を囲う崖が一ヶ所だけ開いているところから下流に向かっている。
そんな場所だった。
空からわからなかったのは結界とかで隠されていたからだろう。
その窪地の北側、まばらな木々が繁る中、
ソニアさんの館は金属製の頑丈そうな柵に囲まれた敷地に建っていた。
大理石(だと思う)で造られた三階建ての洋館。
世界を滅ぼす力を持つ魔族の住まいとしては大きくはないと思う。
けれども、おどろおどろしい魔王城とか、荘厳な城や宮殿――
そんな場所で暮らすソニアさんというのは、なんか違うと勝手に考えていた。
そういった意味で、俺のイメージ通りだったのが嬉しかった。
とはいっても、ソニアさんの館が豪華だという事実に変わりはない。
大きな玄関には綺麗に彫刻された大理石の柱があって、
正面には幅の広いゆったりとした階段。
庭には芝生が敷き詰められ、綺麗に植樹された木が並んでいる。
いまは、そこでハヤトとアンヌさんの竜が身体を丸めて休憩をしている。
「では、こちらへ」
今日のミリアさんは、
いつもの黒い皮のドレスに白いエプロンをしてメイド服っぽい。
俺たちを出迎えてくれたメイドさん達が俺たちの荷物を預かってくれた。
荷物を預ける前に――
リュックの外側に括りつけていたお土産をどうしようか迷った。
ここにこうしてみれば、
お土産を渡すというのが何だか場違いな感じがしたからだ。
で、短い思案の末、結局顔見知りのミリアさんに渡す。
「こ、これ……お土産です……」
とっても小市民的な態度だった筈だが、
ミリアさんに「ユウキ様、ありがとうございます」と、
いつものような話し方ではなく丁寧に云われてしまい、
さらに「い……いえ……」と謙遜してしまい、小市民的態度を重ねてしまった。
それを見かねたのか、ミリアさんが俺の耳元に口を寄せる。
「少年、今日、少年は御館様のお客様だ。もっとどっしりと構えてくれていい。
それと……わたしがいまみたいな態度でいるのもおかしいと思うだろうが、
これも仕事だ。許してほしい」
それはミリアさんの気づかいなのだとすぐにわかった。
だから「はい、いえ……ありがとうございます」と返す。
ミリアさんは軽く会釈をして、俺の渡したお土産を持って離れていった。
ちなみに中身はこっちの世界の水ようかんの詰め合わせみたいなお菓子だ。
これもまた……いかにも小市民的な選択だった。
でもこういうのは気持ちだから――と、
自分に言い聞かせて、この件は自分の中で終わりにする。
それよりも気になったのは、
メイドさんたちは皆、ミリアさんにそっくりだったこと。
顔も肌の色も背中の翼も。
違いはミリアさんも無表情さではなかなかだけど、それ以上に無表情なところ。
あえて言葉にすれば、
ミリアさんは意志のある無表情で、他のメイドさんたちは意志のない無表情。
まぁ、気になったとはいえ、
詮索するのも失礼なので「お願いします」と荷物を渡すだけにしたのだけど。
そこから通された部屋は三十人くらいが座れる長机のある食堂。
ソニアさんを正面に、ミリアさんに促された俺たちは左右に分かれて座る。
出されたお茶を飲みながら、改めて挨拶をざっくばらんにしたあと、
ハヤトが俺にチラッと視線を向けてから話の口火を切ってくれた。
話したいことはたくさんあるけれど、その中でも一番ホットな話題。
「ユウキの【武器融合魔法石】がもう役目を果たした」
「なに! それは本当か!」
ということで……、
実物を見てもらうため、預けた荷物から【武器?】を返してもらった。
「あの槍と……異世界の『折り畳みスコップ』が融合か……」
ソニアさんは、クレアの瞳を通して俺の槍を知っているけれど、
もうひとつの『折り畳みスコップ』はハヤトにしか見せていない。
「槍の形状に、『折り畳み』と『土を掘る』という、
二つの要素が融合したと考えているのですが……」
「そうじゃな……あの魔法石が生み出す武器にはそういった規則性があった。
能力を試してみるか……いや、食事をしてからでも遅くはあるまい。
夕食を豪華にするから昼食は軽いものを用意した。
おう、そうだ。もちろん今日は泊まっていくのじゃろう?」
お礼を言いに来たのに、
こんなに歓待されて夕食は豪華で宿泊も、となると気が引けてしまう。
どう答えればいいかわからず、首を縮めて仲間に救いを求める。
「そうだな……オレは洞窟村に用があるから、午後少し時間を貰う。
今日の宿泊はそこにしようと提案するつもりだったのだが……」
洞窟村って何だろう――と思ったけど、この場は聞き流す
「なんじゃ、ハヤト。それこそ水臭い。今夜はわらわと共に……」
「それは断る」
「ふふっ、冗談じゃ……とはいっても、ここに泊まれというのは本気じゃ。
というか、お主らはわらわに礼を言いに来たのじゃろ。
泊まっていけという誘いを断るのは、礼儀になっていないと思うのじゃがな」
俺はハヤトに目配せをした後にリリスを見る。
リリスも頷いているので……。
「わかりました。今日はお世話になります」
「うむ、それでよい」
出てきた昼食はサンドイッチの豪華版みたいな食事だった。
格式ばっていなくて俺とナナミにはありがたかった。
これも気をつかってもらったのだろうか。
いや……クレアもいたから、そうでもないのかもしれない。
それから食後のお茶を飲んで少し雑談をした後……
いよいよ【武器?】のお披露目をしようと、
ソニアさんに連れられて館の裏にある広場に集まった。
◇ ◆ ◇
みんなの見守る中、
まずは自分をベストの状態にするため、例の【地中適応】発動の儀式を行う。
ぐるぐる、ぐるぐる。
大量の小石を腰の高さに浮かべて身体の周りを回転させる。
「なんじゃそれは……? いや、わかった! あの【地中適応】を使うためか!
いや、確かににそうすればスキルが発動するのじゃろうが……。
ははっ! 本当にお主はおもしろいのぉ」
どうやらウケたようだ。笑わすつもりではなかったのだけど。
まぁ、それは良い。
自分の能力が上昇したのを感じたところで【武器?】を構えると、
俺の手の平を通じて意思が伝わってくる。魔力を込めろと。
その要求に従って、慎重に魔力を込めていく。
光を帯び始めた【武器?】はやがてその輝きを増し、一気に光がほとばしる。
何事かと思った次の瞬間には光は消え、俺の手の中で真の姿を現していた。
想像していたのは――
元の槍の長さに戻った、先端がドリルみたいに回転する穿孔武器。
だが実際は……最初に感じた「閉じた傘」というのが的を得ていたようだ。
今は帯状の刃が八枚「開いた傘」のように大きく広がっていた。
武器がさらに魔力を求める。それに応えて魔力を充填する。
持ち手の部分はそのままに、刃の傘が回転をする。
傘の大きさは正面から見て俺の身体全体が隠れるくらい。
ここまで、予想通り(先端が回転する)と予想外(刃が傘のように広がる)に、
さてどうしようかと思案していると、ソニアさんの声が聞こえる。
「そこの崖を掘ってみろ!」
ソニアさんの館の背後にそびえ立つ崖。
大丈夫なのかと少し躊躇ったけれど、
ここの主の言葉なのだ――と、腹を決めて言葉に従う。
その体勢のままゆっくりと前に進む。
高速に回転する刃のせいで前がはっきりと見えない。
武器の先端が崖に接触し、土を削る音が響き始める。
しかし手に伝わる衝撃は少ない。
そのまま前進すると次第に音も激しくなり、
手に感じる圧力も増してはいくが、それでも崖を掘削している感触ではない。
さらに奇妙なのは――
必ず発生するはずの掘り出した土が全く飛び散っていないのだ。
そこで思い出す。
スキル【空間把握レベル2】――
膨大な情報が負担になるため発動しないようにしていたが、
これを使えば前方の様子がわかるかも。
けれども、今はその必要はなくなった。
「よし……そこまでじゃ」
ソニアさんから声がかかった。
指示に従い、武器に加えていた魔力を切る。
刃の傘がとまり、閉じた傘の形に戻る。
自分の立ち位置がすでに崖の中に入っているのは気がついていた。
だから数歩下がって何がどうなったかを確認する。
結果は予想していた通りだったけれど、
それでも自分の目を疑わずにはいられなかった。
たったあれだけの時間。たったあれだけの労力。
そこには――
身体がすっぽり収まるような半球状の穴がぽっかりと空いていたのだ。
「お主の夢はダンジョンを作ることじゃったな……」
そしてソニアさんが冒頭の言葉を口にしたのだった。
お待たせしました。新章始まりました。
第37話、お読みいただき有り難うございます。
次回――ソニアの館(2)
あの武器の名前が決まる? そして洞窟村とは? ……です。
次回更新は6月30日を予定しています。
※【動く挿絵付き】第二弾、連載始めました。
タイトルは「立原夕凪は絡繰少女に転生しました!【動く挿絵付き】」です。
現在、第七話まで掲載中です。良かったら読んでみて下さい。
http://ncode.syosetu.com/n8234di/
※8月5日 誤字修正