第36話:戦い終わって(3)
「何の用だ?」
まずはそう答えて、自然体で向き合う。
前は怯えるしかなかったが、今ならば少しはマシな対応ができる。
ダンジョン探索の経験でそれくらいの度胸は手に入れていた。
「ほう、なんだ。今日は猫人族の後ろに隠れないんだな」
大男は全く悪びれることなく、
しらじらしい芝居を止めて見下すような笑みを浮かべる。
俺はその侮蔑の言葉を無視する。
「ハヤトならこの町にいるぞ。
さっきまで一緒だったんだからな。恨みがあるならハヤトに言え」
ハヤトに恨みがあると言っていたのだから、もう俺には関係ない筈だ。
ただし、ハヤトも忙しい身だから相手をしないだろうし、
この男の実力で無理やりに何かができるとも思えない。
それを知りながら、あえてそう告げたのだが、
大男の返事は俺の予想を超えていた。
「ははは、そんなことは知っている。だがな、自慢じゃないが俺は人間が小さい。
ハヤトに直接挑んでも勝てないから、弱い奴で恨みを晴らす。
だから、お前がハヤトと別々に行動するのを待っていたのだ」
確か最初に会った時も人間の小ささを自慢していた。
あまりの勝手な言い分に頭痛がしてくる。
けれども、この男の目的が予想通りだったのはよくわかった。
男の大声を聞きつけて、何かが起こりそうだと道行く人が足を止める。
町の人はこういった事態に慣れているのだろう。
大男と俺の周りから人が下がっていく。
店の中のナナミとクレアも、騒ぎを知って表に出てきた。
「おっと、その猫人族の小娘とはこの前戦ってやったろう。
アレはサービスだ。今日はこいつと正々堂々と戦わせろ。邪魔はするな」
ナナミが口を出すのを大男が制する。
一度完敗したから戦いたくないのはわかるが、何が正々堂々とだ。
勝手に喧嘩を吹っかけてきているくせに。
ナナミが「どうするデス?」と俺の顔を窺う。
前回は何も聞かずに前に出て、俺を守ると代わりに戦ってくれたが、
今日はそんなことはしない。
それは決してドーナツやクレープに気を取られている訳ではなく(たぶん)、
成長した俺ならば、この男を相手にするくらい問題ないと考えているのだろう。
確かに今の俺はあの時よりレベルアップしている。
探索者ランクも一応はCランク。たったの数日でこの男と同じになっている。
けれども仲間に底上げしてもらってのランクで、実質は多分Dランク。
この男、自分で人間の小ささを豪語するが、
先日のナナミとの戦いを思い返してみれば、
探索者Cランクの称号は伊達じゃないのだと今ならばわかる。
桁外れの素早さを持つ猫人族の少女に対応できなかっただけで、
それなりの威力(全力ではなかったはずだけど)のナナミの拳を受けて、
平然と立ち上がれる程の肉体強度を持っていたのだ。
この場所では……、
スキル【地中適応】の効果を受けていない素の状態の俺では分が悪い。
だが、二度も少女の後ろに隠れるのは避けたい。
何故なのかと色々理由は思い付くけど、
結局は男の子のプライドが声を大にして叫んでいるからだ。
それに――ちょっと考えていた方法を試したい。
野次馬が作り上げた道幅半分くらいの空間。
ナナミとクレアを下がらせて大男と向き合う。
「ほう、やる気になったか。
ハヤトに連れられてダンジョン攻略の噂は聞いている。
弱いくせにランクだけは上がったらしいじゃないか」
なんでそんな調べなければわからないような情報まで知っているんだ。
まるでストーカーだ。
けれども男の言葉は否定できない。
だから聞き流して、こっちの準備にさっそく取り掛かる。
最初は――【土石操作】で小石を生み出す。
ラスボス退治の経験値で多少能力アップしていたようで、
手の平に盛る程度には出現してくれた。
大男は余裕を見せて、俺のやることをニヤニヤと見ている。
「なんだ、土魔法を覚えたのか。
だが、そんなもの、七階層の土カメレオン程度の術だ。
ただの石飛礫なら簡単に避けてみせる。
下手に攻撃すると観客に怪我をさせることになるぞ、それでいいのか?」
大男のセリフでその後方の野次馬がざわめく。
けれど、そんなことが目的じゃない。
生み出した十数個の小石を、自分の身体を囲うように浮かせて周回させる。
ぐるぐる。
すると……微かにスキル【地中適応】が反応した。
結果、ほんの少しだけ能力アップ。
でもそれでいい。これが狙い通り。
その分でさらに小石を生み出し、同じように身体の周囲を回らせる。
ぐるぐる、ぐるぐる。
またまたその分【地中適応】で能力がちょっとだけ上昇。
で、小石を追加で生み出し……と同じことを繰り返し、
やがて身体の周り、腰から下を薄い壁のように相当な量の小石が回り始める。
その頃には大男も焦り始めたが後の祭り。
もうすでに今の俺にはうかつに手が出せない、そんな状況だ。
眉間にしわを寄せて、赤い顔で「ぐぬぬ」とうめいている。
こっちは【地中適応】が五割程度発動して、
身体能力的にも大男を超えている感触がある。
例の【空間把握レベル2(名称決定)】も使えるようになり、
回る小石を確実に認識できている。
この状態なら剛石雨として周囲に飛ばしても、
観衆に被害を出さずにケリをつける自信がある。
大男がたとえ武器を持って攻撃してきても、土の壁で楽に防御出来るはずだ。
実際こんなにうまくいって内心驚いているが、
それを表には出さないで冷静に告げる。
「どうする?」
◇ ◆ ◇
「そう言ってカッコよくユウキが笑ったデス。
そしたら変な男は『用事ができた』なんて言って逃げたデス!
あっとー的な力を見せて追い返しちゃったデス!」
今は夕食後の打ち合わせの時間。
町で大男に再び喧嘩を売られた話をナナミがみんなに説明している。
俺の記憶の中ではあの時笑ったりなんかしていないが、
ナナミから見たらそうなっているらしい。
「何処でも【地中適応】が発動できるということか……。
だが、あまり自分の能力を大勢の前で披露するのは感心しないな」
「今の話ですと、見ていた方々は精度の高い土魔法としか見えなかったはずです。
呪文が無かったことでさえ、ユウキ様の優秀さだと思われたに違いありません。
であれば――
ユウキ様は、いつか必ず高位の土魔法使いとして有名になったのですから、
それが早まっただけ……問題ありませんわ」
「ハヤトはユウキ君のカッコいい姿を見られなかったから拗ねているんだよ。
ねっ、ユウキ君」
アンヌさんが意味ありげに笑顔を向けてくる。
実際にあの時の自分のとった行動を思い出すと「うわわっ」ってなる。
強い能力を手にした人間が得意そうに自分の力をひけらかす。
まさに俺TUEEEって状態。
はた目から見てまさにそんな感じだった筈だ。
そんな姿を大勢の前で晒してしまった。
大男が逃げ出した後、野次馬から賞賛を受けてしまい、
期せずしてやってしまった自分の行動が途端に恥ずかしくなる。
すぐにでもその場から逃げ出したくなったけれど……、
輝く瞳で俺を見るナナミと、無表情だけどやっぱり瞳が輝いているクレア。
二人を楽しませるための観光中なのだからと、どうにか自分を抑えたのだ。
そしてそのまま(周りから好奇の眼を受けながら)――
店でドーナツとクレープを買って、肩身が狭いまま観光を続けたのだった。
結果、ナナミとクレアは終始ご機嫌だったので、そこは成功なのだけど……。
で、いま――
夕食後の報告会でみんなに話しているところ。
俺が控えめに、ナナミが大げさに。
クレアは口には出さないがナナミの言葉に時々力強く頷いている。
自分の口から説明して、ナナミの話を聞いて、やっぱりって感じ。
穴があったら入りたい……その形容が今の俺にはピッタリ。
どうやらアンヌさんにはその心境がばれているようだ。
いたぶる様にニヤニヤ笑っている。
「すみません……もうやりません……」
「ユウキはカッコよかったデス! 町の人もすっごく褒めてたデス!
あんな凄い魔法を見たのは初めてだって言ってたデス!」
素直に喜んでいるナナミが俺の傷口に無邪気に塩を塗る。
さらにはリリスまで。
「教会に来ていた人達も噂をしていました。
ユウキ様はもうこの町で有名人ですから噂が回るのも早いですわ」
そこまで大々的に噂が回っているのか……。
ぐおおおおっ……と、のけぞりそうになったのだが、ふと気づく。
――なんで俺が有名になっているんだ?
その疑問を見抜いたのか、アンヌさんが口をはさむ。
「ボクがちゃんと前の噂を正しておいたからだね。
ハヤトの側に従うショートカットの美少女の正体……
それはボクたちのパーティ『勇敢な瞳』のリーダー、
未来の救世主、ユウキ様だってね」
「性別は? 性別は正してないんですか!?」
心からの叫びに、
思わせぶりな態度で「ぐふふ」と不気味に笑うアンヌさん。
◇ ◆ ◇
まぁ、結局のところ、その話は俺が自分の羞恥心に耐えればいいだけで、
後々の問題になるような事件ではない。
ハヤトやリリスたちの午後の行動にも特に報告すべき点がなかったようで、
明日の予定を考えて、今日の打ち合わせは早めにお開きになった。
その後、ハヤトと一緒に入浴。
今日は他の探索者も一緒にいたこともあり、人に聞かれて困る話はしなかった。
ソニアさんの館がどんな場所か気にはなっていたけども、
見てのお楽しみで構わないので、あえて聞きたいとも思っていなかったし。
そして部屋に戻る。
ナナミが半分寝ている顔で、
「今日は楽しかったデス。ありがとデス」と言ってきた。
午前のラスボス相手に激戦を乗り越えたことよりも、
午後の観光の方がナナミの記憶に残ったようだ。
「また別の町に行った時も同じように見て回ろうね」と笑顔で答える。
「はいデス」と明るく返事をするが、すぐに眠そうな顔になるナナミ。
やはり疲れは残っているようだ。当たり前か。
でもこの町の――ドラワテのダンジョン攻略は今日で終了。
明日はソニアさんに挨拶に行く。
その移動にはハヤトとアンヌさんの竜に分乗して一跳びだから、
ナナミが疲れることもない。
明日はあまり身体を動かさずに休めるだろうと考えながら、
とりあえず今日はゆっくりと寝てもらおうと声をかける。
「今日は疲れただろう? もう寝た方が良いよ」
たぶんナナミはお礼を言うために起きて待っていたんだろう。
眠そうな目をこすって自分のベッドで横になる。
そして「お休みデス……」と声がしたかと思うとすぐに寝息が聞こえてくる。
俺は小さな声で「お休み」と返事をした。
それから俺は音を立てないように、
明日の準備――というか荷物の整理を始める。
元の世界から持ってきたペットボトルの水は、重たいので宿屋に置いていこう。
ダンジョン探索で使った魔法の水筒があればもう必要ないし。
それを除けば元の世界から持ってきたものはそれほど多くない。
着替えとか携帯食料はまだ利用できるし、後は小物ばかりだ。
こっちに来てから買った下着類はペットボトルをどかした場所に入りそうだ。
ソニアさんへの土産はリュックの外側に括りつけておくか。
そんな風に考えながら、
一旦リュックとウエストバッグの中の荷物を床に並べる。
これを油断と言うのかどうかはわからない。
今は運命だったと考えている。
この時の俺はウエストバッグから【武器融合魔法石】を取り出して、
大事な槍の隣に静かに並べて置いた。
これが今日ラスボスを倒して手に入れた貴重なお宝。
そう考えた時、ようやくダンジョン攻略を最後まで終えた実感が湧いてきた。
思わず顔がほころび「うきゃあ」とか変な声が出そうになるのを必死で抑える。
ナナミを起こさないように、くねくね身体を動かして心の高揚を表に出す。
正直他人には見せられない姿だ。
やがて感情も鎮まり――顔は笑顔のままだけど――荷物の整理を続ける。
で、何の気なしに元の世界からのある物を隣りに並べて置いた。
すると突然――
光を上げる【武器融合魔法石】
驚きで笑顔が固まる。
思い入れのある『武器』を二つ揃えたときに、
勝手に反応して融合させるとソニアさんから聞いている。
ひとつはこの四日間、共に歩んでくれた槍なのはわかるが、
もうひとつは、今の今まで思い当たる武器はなかったのだ。
しかし光は強くなるばかり。
俺の持つ他の武器と云えば、
ホームセンターで買ったバールと、ダンジョン三階層の宝箱から入手した短剣。
バールは確かに最初に魔物を倒した時に使ったが、思い入れがある程じゃない。
短剣はほとんど戦闘では使っていない。
けれども……、
この時【武器融合魔法石】のもう片側に置いた物は、
確かに思い入れのある――それも何ものにも代え難いほどの――一品だった。
ただ『武器』とは考えていなかっただけで。
何故なら俺の決意のあかしだから。
ダンジョンをこの手で作る、
その願いと祈りをこめた――折り畳みスコップ――が、
いま目の前で光り輝き、槍との融合を果たそうとしていた。
第36話、お読みいただき有り難うございます。
ここが第一部完みたいな話の区切りです。
もちろんまだ話は続きます。
というか、やっと自作ダンジョンに取り掛かろうかという話になる予定です。
そのための時間を少しいただきたいのと、
ようやく「動く挿絵付き」の新作が発表できそうになっていて、
そちらの準備に力を入れたいので(動く挿絵の準備が必要な作品なので)、
すみませんが、こちらの更新は一ヶ月ほどお休みさせていただきます。
楽しみに読んでいただいている方には本当に申し訳ないのですが……。
それで……新作の「動く挿絵付き」は6月10日頃に掲載開始予定です。
タイトルは(まだ仮題ですが)――
「立原夕凪は絡繰少女に転生しました!【動く挿絵付き】」です。
掲載が始まりましたら、応援をよろしくお願いいたします。




