第30話:ラスボスとの戦い(1)
「俺はもう大丈夫だから……、ナナミの怪我を治してやってくれ……」
リリスは一度真剣な眼差しで俺の眼を見つめてから、
俺たちが身を隠している柱の向こうで、
ラスボスを相手に奮闘しているナナミに顔を向ける。
ナナミは敵の注意を一身に引き付けるために、無理やり接近戦を挑んでいた。
戦いで痛めてしまった左腕をだらんと下げたまま、
部屋の中に立っている土の柱を足場にして巨体に跳びかかる。
そして右の拳の一撃。
上階層の魔物なら反応すらさせない、それほどの速さを持つナナミの攻撃。
にもかかわらず、ラスボスには難無く受け止められてしまう。
それも防御ではなく、カウンター狙いの反撃で。
鋭い爪を持つ大きな手がナナミを襲う。
結果――ナナミの拳は届かないまま、身体を地面に叩き付けられる。
「ナナミ!」
リリスが叫ぶ。
ネコミミ少女の柔軟な身体が衝撃を吸収するが、
片腕が不自由な状態では受け身も満足に取れない。
バウンドしてもう一度、今度は頭から落ちそうになるのを――
「やっ!」
突風が吹いてナナミの身体が浮き上がり、ゆっくりと着地する。
彼女を救ったのはクレアの風魔法。
今は俺を守る位置で自分の足で立っている。その小さな背中が頼もしい。
すぐさまリリスがナナミに駆け寄り、
回復魔法を施しながら、俺のいる場所に引き摺って連れてくる。
――このままじゃ……じり貧だ。
俺たちが戦っているのはダンジョン最下層のラスボス。
だが、この場にはハヤトだけでなく、アンヌさんもいない。
そして――
現れたラスボスは予想をはるかに超える強さを持っていた。
戦いの主軸になるはずだったナナミの攻撃は跳ね返され、
リリスの氷魔法、クレアの銃や風魔法も効果が薄い。
ようやく見つけた弱点も、凶悪な範囲攻撃に守られ、近づくことすら困難だ。
俺も囮になって戦いに貢献しようとしたが、
手痛い反撃を受け、さっきまで動けなくなっていた。
ここは逃げ場のないラスボス部屋。
まともなダメージすら与えられない状況で、
このまま全員の力が尽きてしまえば、その後には最悪の結末が待っている。
――全部、俺の判断ミスのせいだ。
なぜ、こんな事態になってしまったのか……。
それは――
◇ ◆ ◇
今日はダンジョンのラスボスに挑戦する日。
朝一番で探索組合に顔を出した後、
そのままダンジョンに這入り、下層に向かう階段を下りていった。
そして地下十階――ラスボス部屋が十ヶ所もある最下層。
最初にあったのは、十方向に道が分岐する広い部屋。
そのひとつ……予約したラスボス部屋に向かう道を前にして、
ナナミが小さな声で仲間に伝える。
「誰かいるデス……」
俺たち以外の誰かが先にいる……、
考えられるのは、あいつの待ち伏せだけだ。
「やはりか……」
とハヤトが呟き、
仲間を見渡してからアンヌさんに視線を合わせる。
「昨日の打ち合わせ通り頼むぞ」
「わかってるよ、……じゃあ、ボクたちだけでラスボス攻略をやるからね。
ナナミちゃんが攻撃の主軸で、リリス様とクレアちゃんがサポート、
ユウキ君がトドメ。ボクはいざという時だけ――それで問題ないはずだから」
アンヌさんの言葉に皆が頷いてから、ハヤトを先頭にして慎重に歩き出す。
しばらく進むと、ハヤトの後ろを歩くナナミから追加の報告があった。
「この先にいるのは二人、ガウスと――もう一人いるデス」
「また仲間を連れているのか……。あいつが身を隠していないのなら、
何か罠があるかもしれない。気をつけてくれ」
やはりあの男――ガウスがいる。仲間を一人連れているらしい。
俺の捨て身の攻撃で受けた火傷は治ったのだろうか。
そのまま用心深く進み、ラスボス部屋前の待機所。
そこに到着する直前――いきなりアンヌさんが動き出す。
高速で口を動かし、手が高速で印を結ぶ。
いつだったか、見覚えのある仕草。
周囲に無数の火の玉を浮かべた状態で待機所に突入。
アンヌさんの背中が炎の光に照らされて――術を発動。
「全てを焼き尽くせ! 【炎獄乱舞!】」
耳を塞ぐほどの轟音を伴って待機所が炎に包まれる。
真っ赤な奔流がうねるように一部の隙間なく。
出遅れた俺はその光景を……、
アンヌさんの背中越しに目を細めて言葉なく見ていた。
――俺の【熱耐性】の効果を確認するためにコレを使おうとしたのか……。
熱風の余波を受けながら背筋が寒くなる俺だった。
まぁ、アンヌさんのことだから、ちょっとした(?)冗談だったのだろうけど。
そんなことを考えているうちに、やがて火勢が弱まる。
確かにアンヌさんは相手の出方を見ないで、いきなり攻撃すると言っていた。
しかし――これは、やり過ぎでは……?
中にいたガウスと、もう一人の誰かは骨も残らないんじゃ――と、
そんな感想を抱いていたのだけれど、それは杞憂だった。
「おい……アンヌ、いきなりこれかよ」
全て燃え尽きたはずの待機所から野太い男の声がする。
ガウスのあの癖のある喋り方ではない。別の男の声。
アンヌさんの背中越しに待機所を覗き込むと、
中央付近に大きな半球状の土の塊があった。
その大きさからして、おそらくその中に声の主がいるようだ。
「ごめん……今回はボクの関係者みたいだ……」
背中を向けたままアンヌさんが説明する。
土の塊が静かに崩れて、中から現れたのは二人の男。
あれだけの業火に包まれたのに、全くの無傷でその場に立っている。
後方にいるのがガウス。俺の視線に気付き、
最初に出会った時の生気のない表情とは別人のように、
鋭い目つきでこちらを睨む。
その前方に立っているのが野太い声の主なのだろう。
アンヌさんが関係者と呼んだ男。
この男がいると事前にわかったからこそ【炎獄乱舞】を使った。
そういう相手。
身長はハヤトと比べても、おそらく頭ひとつ分は大きい。
がっしりとした筋肉質の身体で、体重は俺の二倍以上は優にありそうだ。
人としては、かなり大きな体格だ。
短く刈り込んだ銀色の髪。口元が不敵に笑っている。
手にしている武器は男の身長程の両手斧。
「何でここに俺がいるかは説明するまでもないだろうが……一応伝えておく。
この貧弱な男に竜騎士二人をちょっと痛めつけて欲しいと頼まれたからだ。
その内の一人がおまえだと聞いたからな、喜んで駆けつけたってわけだ」
身体をゆすりながらアンヌさんに話しかける。
重量感のある筋肉が、服の下でしなやかに動いている。
「新人を鍛えるためだと聞いていたが……随分と速いダンジョン攻略だったな。
ガウスから話が届いて、急いでこの町に来たんだが……。
この場に間に合わなくなるところだったぜ――俺の竜は空を飛べないからな」
この男も竜を使う――竜騎士なのか?
ハヤトは今の言葉で男の素性がわかったようだ。
「アンヌ……こいつは剛岩の竜騎士か……?」
「うん、そう……剛岩の竜騎士ローグ。ボクの魅力に首ったけの中年男だ。
趣味じゃないから邪険にしていたらストーカーになっちゃった」
剛岩の竜騎士ローグ――
アンヌさんの魔法から身を守ったのは確かに土魔法だった。
そのため土石にちなんだ通り名がついているのだろう。
男との関係を笑い話として話すアンヌさんの横顔は、
その内容に反して真剣そのものだ。
「相変わらずふざけた女だな。
だが、そんな減らず口を利けるのも今日で最後だ。
命までは取らないでやるが……そうだな……、
半年ほど身動きできない程度でどうだ。俺のやさしさに泣いて喜べ」
ローグも口元は笑っているが目は笑っていない。
この男とアンヌさんの間に何があったのかは分からないが、
二人の会話から浅からぬ因縁があるのは間違いない。
続いて鋭い視線がハヤトにも向けられる。
「後ろにいるのが疾風なんて呼ばれているハヤトか。
一緒に相手をしてやる。かかってこい」
「……」ローグの挑発を否定せず無言で応えるハヤト。
「ハヤト、すまない……ボクもこの男が出てくるとは思わなかった。
この場所はちょっとまずいね。あいつの土魔法と相性が良すぎる。
ハヤトひとりに任せられなくなったよ。ボクのまいた種でもあるからね」
今いる待機所は床に壁に天井、全て締め固められた土。
土魔法の使い手にとっては最適な環境。
たとえそうでなくとも、アンヌさんとハヤトの様子から、
この男がかなりの技量の持ち主だということは間違いない。
さらに闇魔法使いのガウスもいる。
この状況を予定通りハヤトひとりに任せて、どうにかできるとは到底思えない。
いや……アンヌさんがいても決して油断できる相手ではないのだろう。
二人から感じる緊張感がそう教えてくれる。
その時、ローグが片側の口元をさらに吊り上げ、
人を見下した態度で意外な提案をしてくる。
「他の邪魔なザコは、巻き込まれたくなければ逃げても良いぜ。
そいつらが気になって、二人が実力を出せねぇとなっちゃあ、つまらねぇ。
それに弱い奴の相手はしないと決めているからな」
その言葉に激しく反応したのはガウス。
「何を言っている! その小僧を逃がすわけにはいかない!
そいつには一生苦しませる呪いをかけてやる!」
そう叫んで俺を指差す。おかしな喋り方は影を潜めている。
俺の自爆攻撃で受けたはずの、火傷の跡はどこにも見えない。
「うるせえぞ、ガウス。
こいつらと戦う理由を貰えたから、お前には感謝している。
だが、俺のやり方に口は出させねぇ。
……おい、早く何処かに行かないと巻き添えを食うぞ」
ローグの視線も俺に向く。
――俺はどんな行動をとればいいのだろうか。
桁外れの強さを見せてくれた竜騎士二人が、
それなりの覚悟で戦わなければならない相手。
この場に俺がいたら、確実に足手まといになる。
それならば……。
「ハヤトとアンヌさんに、この場を任せても大丈夫か?」
最初にそれを確認する。
「あぁ、それは問題ない」「うん、任せて」
二人の返事を聞いて俺は腹を決めた。
ハヤトとアンヌさんがいなくてもラスボス攻略に支障はない――
それがこのパーティの実力。
リリスとナナミも自信を持っている。クレアからもやる気が伝わる。
自分が戦いで力になれないのはわかっているけど……
仲間を信じているのなら、この選択しかない。
「ハヤト、アンヌさん――ここは任せた。
俺たちはラスボスを攻略してくる。リリス、ナナミ、クレア――先に進もう」
ハヤトは力強く頷く。
アンヌさんは「うん、こっちはこっちでやるから。ユウキ君、頑張って」
リリスは「はい、ラスボスはワタシ達で倒してしまいましょう」
ナナミは「やるデス!」
クレアがオレの頭を撫でている。
「おっ、なんだ……そいつらだけでラスボス攻略か……?
まぁ、それならそれでいい。邪魔だからさっさと消えろ」
竜騎士二人と戦えるのがそんなに嬉しいのだろうか――
ローグは機嫌よく身体を揺らし、両手斧の素振りをしている。
こうして俺たちはハヤトとアンヌさんをその場に残して、
リリス、ナナミ、クレア、そして俺の四人でラスボスに挑戦することになった。
その選択は正解だったけれど……失敗だったのかもしれない。
第30話、お読みいただき有り難うございます。
次回――ラスボスとの戦い(2)
ユウキたちの前に姿を現すラスボス。その意外な姿とは……。
次回更新は4月19日を予定しています。
※10月26日 誤字訂正