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第25話:ナゾの黒い球

 ハヤトは痩せた男の問い掛けを無視する。


 しかし男は自分の眼と記憶に自信があったようだ。

 自分を無視した相手がハヤトだとはっきりと確信した上で、

 その不遜な態度にさらに怒りを募らせる。


「ふざけた態度を取っているとガリドナ領にいられなくなるぞ!

 こちらのお方はガリドナの領主と深い付き合いのある貴族のマルトフ様だ。

 直々にお前に用があるとおっしゃっている。しっかりと話を聞け!」


 ガリドナ領。

 男の言葉とハヤトの反応から察するに……、

 ハヤトの仕えていた貴族の領地の名前なのだろう。


 で、こっちの太った男も同じ貴族で、偉い者同士の知り合いという話らしい。

 見かけだけかもしれないが派手な装飾のサーベルを腰に差している。

 居丈高な態度でハヤトに視線を向ける――貴族のマルトフ。


「お前がガリドナの下にいるハヤトか。

 ちょうど良い。こんな所にいるのは何かの任務か?」


「いや、違うな」


「なんだ! その口の利き方は!」


 ハヤトの振る舞いにいちいち腹を立てる痩せた男。

 こっちは貴族の従者か何かなのだろう。

 マルトフは自分の従者の態度を諫めることなく、

 スッと目を細めてハヤトを脅すような言葉を口にする。


「ガリドナの奴に気に入られているからといって、

 そのような口を利いていると、お前にとって好ましくない状況になるぞ」


「……」ハヤトの表情が一層険しくなる。


 その反応を脅しに屈したのだと勘違いして、

 いやらしい笑いを浮かべるマルトフ。この男の性根が透けて見える。


「そうじゃ、素直に話を聞けばよいのじゃ。

 若いからといって軽はずみな態度をとると碌なことにならん。

 遊びでここにいるのなら、わしの言うことを聞け。

 ガリドナにはわしから話を通しておく」


 そう言って痩せた男に顎で指示をする。

 従者の方はハヤトがやり込められたと思って腹の虫がおさまったのか、

 今度は横柄な態度に変わりハヤトに一方的な要求をする。


「マルトフ様はここのダンジョンでいくつかの品物を所望している。

 ひとつは『渡り大ツバメの魔石』だ。

 お前が手に入れたのなら、それは我らが引き取ろう。

 それからもうひとつ……、九階層にある溶岩の宝石をとって来い。

 一両日中で良い。お前ならそれくらい簡単だろう」


「……ガリドナとはもう縁が切れている。他を当たってくれ」


「なんだと……? 何かやらかして首にでもなったか。それなら好都合だ。

 命令をやり遂げたらマルトフ様が雇ってやらないでもないぞ。どうだ?」


 まずいなぁ、そろそろハヤトの怒りがMAX状態だ。

 だからといって俺にはどうすることも出来ない。

 こういう場で口が出せるのは……。


「マルトフ様、お話の途中申し訳ございません。

 わたくし教会で第十二位神官を務めておりますリリスと申します。

 現在――ハヤト様はわたくしの任務にご協力していただいております」


 流石に元王女……武骨な探索用の防具を身に付けていても、

 内面からにじみ出る優雅さがそれを圧倒している。


「誠に申し訳ございませんが……、

 マルトフ様のご要望にお応えすることはできかねますので、

 この場は御容赦していただきたくお願いいたします」


 だが、こちらも普段から優雅さなどは見慣れている貴族のマルトフ。

 リリスの気品を鼻であしらう。


「なんじゃお前は……? 神官の仕事じゃと?

 そんなものは後回しにすればよいじゃろう」


「いえ……、今回の任務は【神託】によるものですので……」


 神託という言葉を聞いて、

 途端にマルトフは苦虫を噛み潰したような顔になる。

 そして暫し黙考した後に……、

 感情を表に出さないようにと作った表情で、ゆっくりと答える。


「……そうか……わかった、……おい、帰るぞ!」

「はっ……はい!」


 これまでのことなど無かったかのように態度を急変させたマルトフ。

 背中を向けてそのまま立ち去ってしまう。後を痩せた男が付いていく。


 やけにあっさりと引いてくれた。

 一連のやり取りをハラハラと見守っていた俺は、

 無事に解決したと、ほっと胸を撫で下ろしていた。


 そのまま何気なく、

 玄関に向かうマルトフの背中を見送っていたのだけれど――


 突然――俺の眼【聖魔眼】が反応した。


 見えたのはマルトフの背中……いや、背中から見たマルトフの体の中。

 黒いモヤモヤしたこぶし大の球体がフルフルと震えている。


 その正体を俺の眼が教えてくれ……なかった。

 何かを伝えようとしているが、判別不能って感じだけが意識に残る。

 だが、その感覚があったからこそ、

 いま目にした光景が【聖魔眼】が発動した結果だと理解できたのだ。


 そのままマルトフは従者と共に探索組合の建物から出ていった。

 ひとり詳細の分からない出来事に戸惑っている俺の隣では、

 リリスたちがさっきまでの件で話を続けている。


「ハヤト様 差し出がましい振る舞い申し訳ございません」

「いや、助かった……ありがとう、リリス様」

「ハヤトは本当に人気者だね。女の子だけじゃなくて中年男性からもだなんて」


「アンヌ!」リリスの叱責。


「いや、いい……アンヌもすまない。

 オレが気に病むのをそうやって笑いで誤魔化してくれたんだろう。感謝する」


「……ぐぬぬ」


 見抜かれて感謝されて行き場のない気恥ずかしさに悶えるアンヌさん。

 珍しい姿だ。


 俺もハヤトの気を紛らすために気さくな言葉でもかけたかったが、

 あの男の背中に見えたモノが頭の半分を占めていて顔が強張ってしまった。

 それを勘のいい仲間たちが気付かない訳がない。


「ユウキ、どうした?」「何があったデス?」「ユウキ様?」「ユウキ……?」

「ユウキ君、ボクが悶えてるのあんまり見ないで」


 ……変なことを言っているアンヌさんは無視する。

 クレアまで気にかけてくれたというのに。


「とりあえず先に聞きたいんだけど、

 今のはあれで大丈夫なのか。随分とあっさりと引いてくれたみたいだけど……」


「大丈夫かと聞かれると難しいですが、

 公の場で神官を名乗り、神託に従っていると言えば逆らえる人はいません。

 少なくとも表向きは……」


 言葉を濁すリリス。


「まだハヤト様を諦めていないのなら……、

 もしくは恥をかかされたなどと考えているのなら、

 ワタシが本当に神官かどうかを調べるのではないかと思います」


 そこまでするか? と一瞬考えたが……、

 リリスの言葉を簡単に否定できない印象をあの男からは受けていた。


「だとしても――この町の教会には挨拶に行きましたので問題はありません。

 それで確認して引いてくれればいいのですが……、

 できれば父の名前は出したくありませんから」


 リリスの父といえば……国王?

 それを言えば貴族には凄い効果があるのだろうけど、

 余計に厄介な話にもなりそうだ。


 だが、ここまでのリリスの説明で、

 きっちりと片がついたとは言えない状況だとわかった。


 俺はもう一度【聖魔眼】が反応した状況を思い返す。


 あの貴族マルトフに……、

 何かがある、もしくは何かが起こる……それは間違いない。


 それが一体何なのか全くわからない状況だとしても――

 やはり俺の見た事実を皆に伝えておく必要がある。


「【聖魔眼】が今の男――マルトフに反応したんだ」


「なに! 『大切な存在』か!?」


 ハヤトの強烈なボケに一瞬言葉を失った。

 なんでそう思ったのだろう……?


「……違う。あの男の体の中におかしなものが見えたんだ。

 こぶしくらいの大きさの黒い球だった。

 それが何なのか【聖魔眼】は伝えようとしてくれたけど、

 俺には理解できなかった。……曖昧すぎる話ですまない」


 皆が真剣な顔に変わった。

 ハヤトが真っ先に口を開く。


「その話は宿屋に戻ってから詳しく聞かせてもらおう」


 確かに――ここ探索組合で立ち話するような内容じゃない。

 当然の提案に皆が素直に頷く。

 俺たちはとりあえず用事を全て済ませるために動き出す。


 渡り大ツバメの魔石は手元に残すことにした。

 あのマルトフの件でこれから必要になるかもしれないからだ。

 他の魔石を換金所に預ける。

 量は昨日よりも少ないが鑑定と換金はまた明日にして、

 昨日の分のお金を受け取る。輝く硬貨が何枚かと他の硬貨をジャラジャラと。

 アンヌさんはいつものように知り合いと情報交換をしていた。


 そうして用事を終わらせて探索組合から出る。

 外はすっかり暗くなっていた。



 ◇ ◆ ◇



 宿屋――食堂のいつもの部屋を借りる。


 まずは今日の反省会。

 俺はガウスの事件での自分の行動を改めて反省した。

 殊勲賞はナナミとクレア。二人には特別デザートを。


 続けて明日の予定。


「明日は七階層から九階層までの攻略をして、

 明後日には十階層を攻略してしまいたい」


 ハヤトがかなり端折った攻略を提案する。

 とはいっても――

 ダンジョン探索初日(つまり昨日)と比べればまだマシなのかもしれない。


「理由は二つ。一つ目はオレが原因なんだが、

 ガウス――そして先程のマルトフみたいな相手。

 オレはこの町で有名過ぎて厄介事がひっきりなしに寄って来る。

 ユウキにはすまないが、ダンジョンはこの町だけじゃない。

 必要な戦闘だけ済ませて別の町で続きをしたいと考えている」


「でも、それだと……、

 ユウキ君が見たマルトフの黒い球の件はどうするんだい?」とアンヌさん。


「それはあの男を監視するために人を雇えばいい。

 あいつだって用事が済めばこの町を離れるだろう。

 いつまでも付いていく訳にもいくまい。

 何かあればオレ達の移動手段ならすぐにでも飛んで行けるしな」


 その移動手段って――空飛ぶ竜のことか?

 ちょっと話し合いの内容からずれるけれど……、


 ――乗ってみたい。


 もちろんその気持ち、いまは口にも顔にも出さない。

 が……アンヌさんはニヤニヤ俺の顔を見ている。

 ハヤトが話を続ける。


「理由はもう一つある。こっちのほうが大事な理由だ。

 それは――ユウキの技能結晶。

 まだ断言できない状況だが、おそらく魔物一種族で一回だけ。

 それも最初に倒した一体だけに現れると考えて良いと思う」


 いままで全てその条件で出現している。


「ユウキの能力強化に一番早い道は技能結晶を得ることだ。

 だからこのダンジョンにいる魔物全種類の退治を最優先にしたい。

 例外として希少魔物は運よく出会えたら程度で考える……どうだろうか?」


 答えたのはアンヌさん。


「ハヤトの厄介事は、

 ボク達は気にしないと言ってもハヤトが気に病むのもよくわかる。

 それから今回のダンジョン探索の理由を考えた場合――

 ユウキ君の技能結晶を最優先にする。これはボクも賛成だ」


 ダンジョン探索の理由。

 最初は「俺がこの世界のダンジョンを知りたいから」だったけれど、

 いつの間にか――

『ガウスなんかから襲撃されても身を守れる程度に俺を鍛える』から、

『世界を救う使命を全う出来る程に俺を鍛える』が主になっている。

 それはそれでとてもありがたいから不満なんて無いのだけれども。


 アンヌさんの話が続く。


「ボク達の実力であれば九階層の魔物でさえ、

 手加減してユウキ君にトドメを任せる方法も難しくないしね。

 だから明後日までの予定は賛成する」


 ここまではハヤトと同意見。

 けれどもその後の行動に異議があるようだ。


「ただしその後この町を離れるかどうかは、その時まで保留にさせて欲しい。

 ユウキ君がマルトフに見た黒い球が何なのか早めにはっきりさせたい。

 だからあの男の動き次第って方針で」


 アンヌさんが独り頷いてから説明を付け加える。


「これはリリス様の護衛の立場として、

 危険かそうでないかを知りたいから……ってのはもちろん大事なんだけど、

 ユウキ君の【聖魔眼】が見たという事実が凄く重要だとも思うからだよね」


 次にリリスが自分の考えを話す。


「ワタシもアンヌの意見に賛成しますわ。

 とりあえずユウキ様の技能結晶集めを最優先にしましょう。

 その間にも何か動きがあるかもしれませんし」


「ユウキと一緒に戦うデス」ナナミの行動方針は単純だ。

「うん」クレアも同じ。


 二人ともアップルパイみたいなデザートを食べ終えて満足そうな顔をしている。

 皆が意見を出し終えたので俺も自分の考えを話す。


「俺もアンヌさんの意見と同じだ。

 ハヤトに気にするなというのも難しいだろうが、

 町を離れるかどうかは、マルトフに見えたモノの正体を見極めてからにしたい」


 竜に乗りたいって気持ちはこの際置いておく。


「それと――今日【空間把握】をこの身に授かって思った。

 技能結晶で手に入るスキルは、

 俺がこの世界に来た理由に大きく関係していると感じている。

 聖魔眼が俺を導いている――そういうことなんだと思う」


 俺は一拍置いてから言葉を続ける。


「だから技能結晶探しを最優先にさせてもらえるのならば有り難い。

 それは世界の危機――

 自滅憑依体の件を解決するのにも繋がるんじゃないかと考えている」


 ――と、そこまで話をしたのに合わせた訳じゃないのだろうけど、

 突然、部屋の外が騒がしくなった。

 男性の焦ったような声が聞こえてくる。


「リリス様はこちらにいらっしゃいますか!」


 名を呼ばれたリリスが中座する了解を視線で求めたので、頷きで応える。


「ワタシはここにいます」と部屋の扉を開けて食堂に向かうリリス。


 打ち合わせが中断する中、

 今度はアンヌさんの知り合いが、こちらも慌てた様子で駆けこんで来た。

 急いで対応したアンヌさんが何かを耳打ちされて、途端に驚きの表情に変わる。


 ここまで来れば何かの緊迫した事態が起こったのだと俺にも想像できる。

 そしてそれは思った以上の大事件だった。


「ユウキ様、ハヤト様!」


 急ぎ足で戻って来たリリスが告げる。

 その内容は――


「自滅憑依体が! 自滅憑依体が町に現れました!」


 同じ件での報告を受けたアンヌさんも頷いている。


「憑依された人間は……さっきのあの貴族――マルトフだってさ」


 どうやら……そうらしい。



 第25話、お読みいただき有り難うございます。

 次回――自滅憑依体、現る。ハヤトの本気が見逃せない。


 更新は3月8日を予定しています。

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◇  ◆  ◇

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