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第10話:一日の終わり

 風呂は日本式風呂だった。

 思うところはあるが、そのまま現実として受け入れる。


 脱衣所で服を脱ぐ。

 昨日まで寮生活で共同風呂に入っていたので手慣れたものだ。

 もちろん昨日だってハヤトと一緒に入浴をした。

 ハヤトにとっては五年ぶりなのだろうが。


「なぁ、ハヤト、神のいただきってとこには、どうやったら行けるんだ?」

「……この世界には魔法やスキルがある……そう言ったよな」


 見慣れているはずのハヤトの身体がふと目に入る。

 ごてごてした服を脱いで簡素な下着姿。

 それを脱いだ後に現れたのは……昨日までと全く別の身体だった。

 内心の驚きを隠しつつ、会話を続ける。


「……あぁ、その話も訊きたかったんだ」

「オレの持っている主なスキルは三つ。刀術と竜使いと風魔法だ」

「なんか聞くだけでも凄いな」


 そう言えば……、ハヤトの通り名は疾風の竜騎士だった。

 風魔法を持っている竜騎士だからか。それに刀術。

 それらを会得したからこその肉体が目の前にある。

 五年間の重みを感じる。


 服を脱ぎ終わり、ハヤトの身体に見蕩れながら風呂場に向かう。

 時間が外れているため利用しているのは、俺とハヤトの二人だけだった。


「ユウキもすぐに何かしら身に付くさ。そのために必要なのは切っ掛けと鍛錬だ」

「鍛錬はわかるが……切っ掛けってなんだ?」


 それほど筋肉質ではなかったハヤトの身体が――、

 今は引き締まった筋肉に覆われていて、見るだけで強靭さがうかがえる。


 身体を少し動かすだけで皮膚の下の筋肉が美しく動く。

 そこから頑強なだけではない――、

 野生動物のようなしなやかさも兼ね備えているのだとわかる。


 俺も肉体の鍛錬を怠っていない自負はあったが、

 それでも今のハヤトと比べれば、ただの貧弱坊やでしかない。


「切っ掛けは大事だ。わかりやすいのはオレの竜使いのスキル。

 当然、竜に出会うという切っ掛けがあったから会得した。

 そんな風に、覚えるスキルに見合った何かを感じたり出会ったりして会得する。

 まぁ、少しずつ教えていくから、あまり焦るな」


 そして……ハヤトの身体に残る無数の傷跡。

 鋭利なもので切られた傷。火傷のような引きつった跡。

 何かが刺さったような跡。腕、胸、背中、そこかしこに。


「そうか……、せっかくの異世界だから、魔法は覚えたいなぁ」


 ハヤトは昔と変わらずに付き合ってほしいと言っていた。

 だから彼の五年間に余計な感傷を抱かないと心に誓う。

 恐れも、哀れみも、悲しみも、同情も、崇拝も、畏敬も、礼賛も。


 昨日までと同じように普段通りの受け答えをする。

 それが彼の願いに答える方法だから。


「それでなんだが……お前の眼、それは多分スキルだ」


「えっ? 俺の眼と同じ能力を持っている奴がいるのか?」


「この世界には、いろいろな能力を持つ眼がある。

 相手の魔力や力の流れが見えたり、

 オレたちと同じ異世界人には、ステータス鑑定なんてスキルを持つ奴もいる。

 チート能力って奴だな。

 しかしお前の眼はオレの知る限りではどれとも違う。

 ただ、それに近い現象は知っている」


 この風呂場には、簡単な形状だが水用、お湯用の蛇口がしっかりとある。

 湯を手桶に入れて、身体を洗いながらハヤトの次の言葉を待つ。

 

「それは神託だ。リリス様が受けたような。

 お前の眼は――お前が見るべきモノ、知るべきモノを告げる。

 それを告げているのは、神とは違うのかもしれない。

 しかしその在り様はそっくりだ。

 オレは勝手に聖なる眼――聖眼と名付けさせてもらった」


「聖眼……」大それた名前だ。


「スキルなら鍛えれば成長するかもしれない。

 経験値を積めば能力アップするかもしれない」


「経験値もあるのか」


「ある……魔物を倒すと、その姿は光に還る。

 その光は拡散し、周囲の者に能力アップを促す……とオレは解釈している。

 それを経験値と便宜上呼んでいる」


「確かに光になっていったな」

「んっ? なんだ、ユウキはここに来るまでに、もう魔物を倒したのか」


「あぁ、ナナミとの出会いの時に――、

 カピバラみたいな大きなネズミが襲ってきて、

 持ってきたバールで一撃だ。思い出すと恐怖で身体が震えるけどな」


「バールか懐かしい。お前がホームセンターで買っていたのを思い出すな。

 まぁ、それはそれとして……その魔物は大ネズミだ。

 一番弱い魔物だが、それでも大したものだ」


 俺にとっては今日の午前の話だけど、ハヤトにとっては五年前の思い出。

 頭を洗いながら視線を向けると、少し目を細めている彼の横顔が見える。


「それで魔石を拾って……、

 そう、あと水晶みたいなのが浮いていたんだ。

 ナナミに訊いたんだけど見えないって言って、なんだか知らないみたいだった」


「……なんだ、水晶みたいな?」


「そう、小指の先くらいのがフワフワ浮いていて……、

 空に上がっていきそうだったんで、指で摘まんだら消えてしまった」


「……それは、オレも知らないぞ。魔石じゃないんだよな」

「魔石はナナミに訊いて、リュックに入れてある。だから魔石じゃない」


「……すると、ユウキの聖眼が見せた別のモノかもしれない」

「そうなのか」

「その可能性がある、明日のダンジョン探索で確認させてくれ」


 俺の眼が見せたモノだとしたら、一体何だったのだろうか……。

 そう考えながら頭の泡をお湯で流す。


「わかった。それで……ついでだから伝えておく。

 俺の眼――ハヤトの言う聖眼だが――この世界に来て、三回も発動したんだ」


 全身を洗い終わり、石を組み上げた湯船へ。湯の温度はちょうどいい。

 ここが異世界だということを忘れてしまいそうだ。

 少し遅れてハヤトも湯に入り、俺の隣に来る。


「なに……、一体何をユウキに知らせたんだ?」

「ナナミとリリスとクレアなんだが、三人が俺にとって『大切な存在』だと」

「あの三人ともお前の眼が『大切な存在』と告げたのか」

「あぁ、そうだ」


 俺の返事に、湯気の向こうのハヤトが――、

 困ったような怒ったような、あまり見たことのない表情を浮かべる。


「……ひとつ聞いていいか……」

「んっ? なんだ改まって……何でも聞いてくれよ」


「オレのときは、眼が何か告げたのか?」


「なんだよ、安心しろ。俺の眼は何も告げていない。

 眼に指図されたからなんて理由で、お前を親友にする筈がないじゃないか。

 そんなものがなくても、お前は俺の親友だからな。当然だろ」


「そ……そうだよな……」


 ハヤトが力の抜けた声で答えて、俺から顔をそむける。

 照れてるのか? ちょっと恥ずかしいセリフだったかな。


「それで、その件、最初にナナミには伝えたが、

 リリスとクレアにはまだ言っていない。これからも言うかどうかは迷っている」


「……リリス様はわかるが、クレアもか……。

 クレアはオレとこれからも行動を共にするから、

 必然的にユウキの側にいることになる。

 このままでも二人ともユウキから離れたりはしないのだから……、

 その眼の役割もはっきりとわかっている訳でもないし、

 ユウキの心に留めておいて、あえて伝える必要もないとも思う」


「うん、そうだな。俺がわかっていればいいんだよな。

 ただクレアの件があったからハヤトには知らせておきたかったんだ」


「わかった。オレの意見はそんな感じだ。あとの判断はユウキに任せる」

「あぁ、しばらくは様子見をしよう」


「じゃあ、話を一番最初に戻そう……、

 神のいただきへの行き方だったな。

 そこに行くのにはある魔法が必要だ……。その魔法は――空間魔法」


「空間魔法……か」

「前の世界の知識で想像がつくだろうが、空間魔法の空間転移術が必要だ」


「覚えるのは難しいのか」


「あぁ、魔法は取得の困難さで初級、中級、上級、神級がある。

 初級は火魔法や、オレの持っている風魔法。

 言っておくが取得の困難さと魔法の威力は別だ。

 それから中級は氷魔法や雷魔法など、上級が光魔法に闇魔法など、

 そして神級が空間魔法と時間魔法だ」


「とすると、その覚えるのが難しい魔法を使えるようになるには、

 これから俺は魔法を専門にしていかないとならないってわけか?」


「いや、まだその結論は早過ぎる。

 肉体の強化でも、空間転移を使いこなす人間の記録があるからな」


「わかった。

 いずれにせよ明日のダンジョン探索で少し能力アップをしてからだな」


「そうだ。強制レベリングをするぞ」

「ありがとう。お願いする」


「任せておけ」


 体が温まってきたので、そろそろ湯から上がろうかと思っていると、

 ハヤトが改まった顔で「この場で伝えておく」と言い始める。

 その真剣な表情を見て、俺は黙って彼の言葉を待つ。


「この世界。ゲームの中のような世界。

 なぜこんな世界なのか疑問に思っただろう。

 オレもそう思ったが、今のところ答えは見つかっていない。


 だから……こう考えるようにしている。


 オレたちの元いた世界――地球上に生命が誕生する確率はほとんど零に等しい、

 そこに何か別の――神とか宇宙人とかの――意図が介在しているのではないか、

 何者かの思惑によって作り上げられた世界ではないのか、

 そんな話、SFなんかではよくある題材だろう。

 しかし、そんなことは全く気にせずに、オレたちは生活をしていた。


 この世界も同じだ。

 誰かが作り上げたバーチャルリアリティの世界――、

 そう言われれば、納得してしまうこの世界の在り様。


 それでもここは、オレが生きていかなければならない世界になった。

 ならば、この世界の全てを現実として受け入れるしかない。

 不要な疑念など抱かずに、精一杯生きていくしかない。


 クレアも、リリス様もアンヌも……

 お前にとってのナナミも――ゲームのキャラじゃない。

 この世界でオレたちと共に真に生きている。


 これがオレの結論だ。


 いつか世界の真実がわかる時がくるかもしれないが、

 それまではオレの話を参考にして、自分なりの答えを探してくれ。


 この話を……ユウキに伝えておきたかったんだ」


 ハヤトの言いたいことはよくわかる。

 この世界をゲームの中だと誤解して、

 取り返しのつかない事態を引き起こさないとも限らない。


 もしかしたら、何かをやらかした異世界人がいるのかもしれない。

 俺は改めて自分を戒める。


「……あぁ、同感だ。確かにその通りだと思う」


「そうか。まぁ、色々言ったが、結局は悩み過ぎても答えが見つからないから、

 時間の無駄になると言うのが、一番の理由なんだけれどな」


 軽く笑って話を終わらせるハヤト。

 少し長湯になってしまった。

 身体の方も十分に温まったので風呂から上がり、着替えてから部屋に戻る。


 後はもう寝るだけだ。


 異世界への入り口を見つけたのは、

 今日の朝だったんだよなぁ、――と少し遠い目をする。

 なんだか今日は色々あり過ぎた。思い返すだけでも大変だ。

 

 そんな風にぼんやりと考えながら、ハヤトと一緒に廊下を歩いていると――、

 部屋の扉の前で、リリスが垂れた目尻を精一杯吊り上げて待ち構えていた。


「ユウキ様、ナナミと同じ部屋に泊まると聞きました。

 いくらナナミがまだ子供だとはいえ、不謹慎ではありませんか!」


 きつい口調で正論を言う。

 その意見に諸手を挙げて賛成だけど、そうするとナナミに泣かれてしまう。

 リリスの後ろではアンヌさんがにやにやと笑っている。

 助け船を出すつもりはないらしい。


 ちなみにハヤトはこういう場合は役に立たない。

 逆に余計なことを言わせないようにブロックする。

 それから仕方がないので、頑張ってリリスの説得を試みる。


「今日、ナナミは色々あって、気持ちがまだ不安定なんだ。

 子供だから、とても一人で寝かせられる状態じゃない」


 念のため、ナナミには聞かれないように、リリスの耳に顔を近づける。

 綺麗な青い髪から洗い立ての香りがする。


「かといってリリスたちとは、まださっき会ったばかりだ……。

 ここは目をつぶってくれないか。俺にとって『妹』のような存在なんだ」


 俺の巧みな説明に、リリスの気持ちも静まったのか、

「わかり……ましたわ……」と、もごもご言いながら引き下がる。


 妹を強調したのが、どうやら正解だったようだ。

 この世界に来てから、俺の対人能力は急上昇していると自画自賛する。

 アンヌさんの眼がニヤニヤからギラギラになっているのは何故だろう。

 ハヤトが仏頂面をしている――のはいつものことか。


 リリスの説得に成功して、全員その場で解散。

 ようやく部屋に入ると、

 ナナミは幸せそうな顔でベッドの上で丸くなって寝ていた。

 一人でも寝られるのか……と思ったが、疲れていたからだろうと納得する。


 俺も今日は色々あって疲れた。

 隣に並べたベッドで横になり目を閉じると、何かを思う間もなく眠りに落ちる。


 これが――異世界での最初の一日の出来事であった。



 第十話、お読みいただき有り難うございます。

 次回は物語の中での二日目。ダンジョン探索の準備をします。


※『自作ダンジョンで最終ボスやってます!【動く挿絵付き】』

 好評連載中です。こちらもよろしくお願いいたします。

 http://ncode.syosetu.com/n3332cv/


※11月4日 後書き欄を修正


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