九 追ってきた小吉
りんは、式台から上がったすぐのところの店の番台の前に正座していた。親方が新しい煙管をくゆらせりんにやさしく聞いている。
「・・・お前は前田慶次に仕えている身だろう?・・・何故、こんなところで働きたいというのだ?」
「・・・もう・・・嫌になったんです。俺・・・」
「酷い目にあったのか?」
「・・・」
りんはしばらく考えてこっくりした。
「ここには色々な事情の子がいるが・・・殆どの者が自分が『男』で居続けることに飽いたか嫌になった輩じゃ。それでこの道に入ってきた。だが、年取れば惨めじゃ・・・だから儂はここに『家』を作った。一度入れば一生守ってやる。しかし簡単には出られぬぞ!」
親方は意地悪く聞いた。
「好きな男がいたのか?」
りんは真っ赤になって俯いた。
そのとき通りで聞き覚えのある声がした。
「桃色の小袖に稚児風の短袴を履いたおのこを知らんか?ここら辺に連れてこられたと聞いたのじゃ!」
りんははっと顔を上げ、
「親方様!どうか俺を匿って下さい!・・・俺・・・あいつから逃れてきたのです!」
小吉はついに、りんらしき者を連れて何人かが入っていった、という楼閣に乗り込んだ。
土間に入ると若衆が色めき立つ。
「あ〜ら、なんと渋いお方!抱かれたいわ」
「お武家様!うちらを買ってくらはりませ!腰を抜かすまで良く差し上げまする」
小吉はびっくりしてさざめく『彼女』等を見たが、真っ赤な顔で呼ばわった。
「お頼み申す!ここにりんというおのこが来たはずじゃ!迷惑をお掛けしたのなら償いはする!どうかお引き渡しを願いたい!」
親方がゆっくり奥から出てきた。小吉はその出で立ちと白粉だらけの顔に仰天したが、ここの当主と見ると、
「お願い申す!ここに美しい若者が来たはずじゃ!どうか会わせて欲しい!」
小吉をじっと見ていた親方は、にやりと笑った。
「・・・久しぶりじゃな!角南殿!小吉よ!」
小吉はまたびっくりして、親方を見た。
目が丸くなる!
「お・・・お主は斎藤越後!な・・・何して居る!」
「ははは・・・見ての通り若衆茶屋の親方よ!」
「そ・・・そうか・・・お前が逐電して早、五年か・・・」
小吉は台帳箱の前で胡座で座っていた。
斎藤越後は前田利家の母衣衆(マントのような目印の袋を背負って、戦陣の中枢で活躍した騎馬武者)であった。勇猛さで鳴らしたものだが、ある時突然、妻子を残し逐電したのだ。以前から女ものの衣装を鎧の下に着け、白粉を塗りたくって戦場を駆け回っていた。
婆娑羅武士の慶次郎と仲が良かったが、利家や他の同僚にお家の笑い者よと咎められ、ふいに家を去ったのだ。
「儂は慶次が言う『大不便者』よ。儂のようなはぐれ者を集めて、この商売をし出した。・・・可愛い奴らよ」
小吉は、恐る恐る窓辺に居並ぶ若衆達を見た。彼らは外を覗かず客寄せもそっちのけで、小吉をにたにたしながら眺めている。中には目配せする者も・・・小吉は脂汗を額に浮かべ唾を飲み込んだ。
「・・・それはそうと、その・・・りんと言う者を知らんか?」
越後は表情をこわめ、ゆっくりと煙管を灰瓶に打ちつけた。
「その者はお前の何だ?」
「・・・その者は・・・儂の・・・儂にとって大切な者だ・・・」
越後は口をへの字に結んで芝居がかった台詞を言った。
「それじゃーお前はそんな大切な者をぞんざいに扱ったのかい!大切なもんなら、なんで儂等のところに置いてくれ、なんて言わせるんじゃ!なあ、竜胆丸よ?」
小吉はびっくりして越後の視線を追って背後を見た。柱の陰に、いつのまにかりんが下を向いて座っていた。咎めるような目を小吉に向けた。
「りん!・・・」
「小吉さん。俺、ここでずっと働くよ。前田様には悪いけど・・・俺のいる場所はここしかない!みんな優しくしてくれるし」
「な・・・何を言っている!りん!帰るんじゃ!」
りんのところに行って腕を取ろうとした。
「いやじゃ!俺なんか・・・俺はどうせ男じゃ!お前に焦がれたって・・・お前はどうでもいいんじゃろう!」