【番外編】アメイジング・ジャーニー
白。それ以外は何もない。白は悪どい顔をしている。それが嫌で嫌で堪らなくて、僕は目を閉じていた。けれど、目を閉じていても声ばかりが聴こえてくる。閉ざしても溢れていくその声に僕は心底疲れていった。僕は何も考えたくない。
「なんでだ、なんで俺なんだ」
なんで僕なんだろう。
「やるべきことがあるんだ」
やるべきこと、分からない。
「お前の身体を俺に寄越せ、俺は必要とされている」
僕は必要なんだろうか。
唸る声が耳を逆撫でる。ゆっくりと目蓋を開けば、父さんが胸を押さえて宙を睨んでいる。僕は何も感じなかった。一応は肉親、育てて貰った恩義はあるが、それは何も意味しなかった。ベッドと椅子、僕の膝にシーツが被るほどに近いこの距離が、どうしても僕らには遠かった。僕らは分かり合おうとはしなかったから。
僕は、父さんを見つめた。昔はかっこよかったらしいその顔は、今では痩けた頬に尖る顎が痛々しいほどに美しい。日に日に死にかけていくその身体は、怒りと絶望とで病んでいく。
僕には父さんが分からない。死にたくてやっているのではないだろうか? 頭がよい割には、考えなしだ。時間が癒してくれるだろうに、父さんは今すぐの返済を望み、死んでいく。僕にはそれが分かっていた。何故だろう?
僕は動きたかった。なにかしたかった。なのに僕は動かない。父さんの死を見つめるだけだろう。僕はそれを知っていた。これは夢だ。全く意味もない、浮わついた夢なのだ。
父さんは歩いていく。僕はその背中を見つめることしか出来ないでいた。僕には、黙ることしかなった。けど。僕にはこの『けど』が重た過ぎる。けど、僕がもし叫んだら? 僕が父さんに甘えたら? 全ては浮わついた夢なのだが。
僕は置いていかれたくなかった。一歩、僕は足を進める。僕は父さんの後をついていく。父さんは振り返らない。僕はそれでもついていく。
途中で、見知らぬ親子が見えた。仲良く戯れる親子を見た後、僕は前を向いた。父さんが、親子を見ていた。僕は声を掛けられない。喉に留まった声は出ることもなく消失していった。父さんは歩き出した。僕は置いていかれる。もう追い付くことはないだろう。