第1話 彼女に次のページを
中学二年の、とある月曜日。
少し重たいガラス扉を押し開けると、古びた金属のベルがチリンと鳴った。
古い紙とインクの混ざった匂いが、ふわりと鼻をかすめる。
「いらっしゃいませ」
カウンターの奥から聞こえてきた声は、そのベルよりもずっと澄んでいた。
商店街の端にある小さな書店。
そこへ通うのが、当時の俺にとって毎週月曜の放課後のルーティンだった。
表向きの理由は、最新号の『週刊少年ラッシュ』を買うため。
けれど、本当の目的はそれじゃなかった。
ある日、会計の時に、ほんの気まぐれみたいな短い会話が生まれた。
「その漫画、私も好きなんです」
レジを打ちながら、ポニーテールの彼女――店主の孫娘は、無防備なくらいまっすぐな笑顔を見せた。
たったそれだけのことだった。
それだけのことなのに、中二の俺の脳みそは完全におかしくなった。
あいつは漫画が好き。
だったら、俺が神みたいな絵を描けるようになれば、あいつの目に留まるんじゃないか。
中学生特有の、純粋で、どうしようもなく馬鹿で、不純な動機。
それだけで、俺は血を吐くような勢いで絵の練習を始めた。
やがてネット上では、『MONO』という名前でイラストを投稿するようにもなった。
大人気の神絵師、なんて言えるほどではない。
けれど、俺の絵柄を好きだと言ってくれる固定のファンは、少しずつ増えていった。
その全部が、カウンターの向こうにいた彼女に、もう一度あの笑顔を向けてもらうためだった。
だから俺は、その遠回りの道のりが、少しも無駄じゃないと思えていた。
◇ ◇ ◇
それから三年後の現在。
俺たちの間に、奇跡みたいなロマンチックな展開は起こらなかった。
高一の入学式で、新入生代表の席の近くに見慣れた横顔を見つけた時、正直、心臓は確かに二度ほど大きく跳ねた。
だが、それだけだ。
クラスは違う。
歩く廊下も違う。
会釈する程度の仲にすらなれない、平行線のままだった。
俺も、毎週月曜日にあの書店へ通うことはなくなった。
彼女がレジに立たなくなったこと。
そして、もう一つの理由は――。
そう。
俺は、絵を描くのをやめた。
理由を口にするのも馬鹿らしい。
ある日、リビングの液タブでイラストの作業をしていた時、後ろを通りかかった父さんが、何気なくこんなことを言った。
『毎日絵ばっか描いてるけどさ。どれだけ上手くなっても、現実の女の子がそれでお前のことをかっこいいって思うわけじゃないぞ』
その言葉は、ただの冗談だったのだと思う。
問題は、俺がそれを否定できなかったことだ。
ぱきん、と。
胸の奥で、何かが割れる音がした。
父さんの言う通りだった。
ネットで固定ファンにたまに『MONO先生』なんて呼ばれても、現実の俺と彼女の距離は一ミリも縮まっていない。
その日から、液タブを開くたびに、その言葉が頭の中で再生されるようになった。
父さんの、あまりにも残酷な正論の前に、俺のやる気は底を尽きた。
白いキャンバスに向かっていた昔の自分なんて、まるで前世の幻だ。
『MONO』のアカウントは放置したまま。
今の俺は、味のなくなったガムみたいな毎日を噛んでは捨てるだけの、退屈な高校生になっていた。
――あの、夕焼けに染まった月曜日の放課後までは。
担任に頼まれて資料整理を手伝わされたせいで、その日、俺はいつもより遅く学校を出ることになった。
人気のない廊下を歩き、一年C組――つまり彼女のクラスの前を通りかかった時、俺は何となく、半開きの後ろ扉から中を覗いてしまった。
夕陽が、誰もいない教室を赤く染めていた。
そこに、一人の見慣れた少女が座っていた。
早川栞。
中学の頃はいつもポニーテールだった彼女は、今では柔らかそうな長い髪を下ろしている。
そして机の上に広げた分厚い雑誌を、息をするのも忘れたみたいに読んでいた。
今日発売されたばかりの、最新号の『週刊少年ラッシュ』だった。
中学の頃、あの書店で交わした短い会話で、俺は彼女が「漫画を好き」だということだけは知っていた。
けれど、普段は静かな優等生にしか見えない早川が、放課後の教室に一人残って、王道少年漫画誌を読みふけっているなんて。
そんなこと、想像もしていなかった。
いや、たまたまだ。
気まぐれで買って、少し読んでいるだけに違いない。
そう自分に言い聞かせるように、俺はその場から逃げた。
けれど、失敗した。
それから一週間。
目を閉じるたびに、夕陽の中で『ラッシュ』をめくる早川の横顔が、頭の中から離れなかった。
そして、次の月曜日。
今度は担任の用事なんてない。
俺はわざと教室でだらだら時間をつぶし、全員が帰った後、馬鹿みたいに足音を殺して一年C組の後ろ扉へ向かった。
……いた。
夕陽。
誰もいない教室。
同じ席に座る早川栞。
違っていたのは、机の上に広げられた『週刊少年ラッシュ』が、今日発売された最新号に変わっていたことだけだった。
心臓が、勝手に跳ね始める。
気まぐれじゃない。
偶然でもない。
彼女は本当に、どうしようもないくらい、この雑誌を愛していた。
そして、俺にとどめを刺したのは、その表情だった。
どうやら、ちょうど何かの作品のクライマックスを読んでいるらしかった。
いつもは完璧な営業スマイルみたいな顔をしている彼女が、その時だけは無防備に唇を噛んでいた。
瞳の奥には、深く心を揺さぶられたような光が滲んでいる。
感動。
苦しさ。
名残惜しさ。
そういう細かい感情が、全部混ざった顔だった。
描きたい。
俺の中に埋めたはずの『MONO』が、喉の奥で叫んだ。
いや、違う。
ただ綺麗なイラストを描きたいんじゃない。
俺は、彼女にそんな顔をさせる漫画を描きたい。
その時だった。
視線に気づいたのか、早川がふと顔を上げた。
静かな廊下と教室の間で、俺たちの視線が、真正面からぶつかった。
「あ……」
早川は、秘密を見られた小動物みたいに小さく声を漏らした。
慌てて腕で雑誌を隠そうとする。
白い頬が、耳の先まで一気に赤く染まっていく。
その、どうしようもなく恥ずかしそうな姿は。
反則だった。
俺の頭は真っ白になった。
何も言えないまま、俺はその場でくるりと背を向け、全力で逃げ出した。
◇ ◇ ◇
その日の夕方。
俺はほとんど全力疾走で家まで帰った。
肺が焼けるように熱い。
耳元では風がうるさく鳴っている。
けれど、それ以上に心臓が爆発しそうだった。
部屋のドアを乱暴に開け、鞄も下ろさないまま机へ飛びつく。
液タブにかけていたカバーを引き剥がし、震える手で電源を入れた。
漫画を描く。
絶対に描く。
『ラッシュ』で大賞を取る。
連載する。
あいつが一番好きな雑誌に、俺の名前を載せる。
そして、俺の作品で、あの表情をさせてやる。
眠っていた熱が、血管の中でマグマみたいに沸騰していた。
俺はペンを握りしめ、画面に穴を空けるくらいの勢いで、真っ白なキャンバスへ最初の一筆を落とした。
――そして、そこで終わった。
現実は、容赦なく俺の顔面に左フックを叩き込んできた。
描けない。
一ページも。
一コマも。
台詞の一つすら、ひねり出せない。
どれだけ綺麗な光と影を描けても、彼女を泣かせる台詞は出てこない。
どれだけ魅力的なキャラクターを描けても、そのキャラクターが歩く物語を作れない。
神みたいな画力なんて、魂のない物語の前ではただの紙くずだった。
沸騰していた熱が、一瞬で氷点下まで落ちる。
俺は苛立ちのまま髪を掻きむしり、真っ白な画面に向かって低く呻いた。
ペンを置き、無理やり頭を冷やす。
物語がない。
どれだけ絵が描けても、物語を作れなければ漫画にはならない。
挫折感に沈みながら、俺はただ、真っ白なキャンバスを見つめ続けた。
気がつけば、窓の外は明るくなっていた。
◇ ◇ ◇
翌日、学校。
寝不足の頭を抱えたまま、俺は机に突っ伏していた。
何も浮かばない。
どうすればいいのかもわからない。
そんな時、教室の後ろから、やたら騒がしい声が聞こえてきた。
「ははははっ! 神宮寺、またダメだったのかよ!」
「だから言っただろ! あの棒人間じゃ誰にも伝わらねえって!」
数人の男子が、神宮寺慧の席の周りで笑っていた。
真ん中にいる神宮寺は、首まで真っ赤にしながらも、やけに堂々と反論している。
「うるせえ! 漫研の連中に見る目がないだけだろ! 俺の話は絶対面白いんだよ! ちょっと絵柄が個性的すぎて伝わらなかっただけだ!」
……漫研。
落選。
棒人間。
机に突っ伏していた俺の耳が、勝手に反応した。
まさか、こいつ。
放課後のチャイムが鳴ると同時に、俺は席を立った。
周りの連中が帰り支度を始める中、神宮寺の机へ向かう。
「なあ、神宮寺」
「ん?」
神宮寺は、俺みたいな普段ほとんど話さないクラスメイトに声をかけられて、少し意外そうな顔をした。
「放課後、少し残れるか? 聞きたいことがある」
「お、おう。別にいいけど……何だよ急に」
「人がいなくなってからでいい」
◇ ◇ ◇
十数分後。
俺が教室の後ろ扉を開けると、夕陽が空っぽの教室を橙色に染めていた。
神宮寺は一人、机の上に腰掛けている。
両手を頭の後ろで組み、待ちくたびれたように足をぶらぶら揺らしていた。
俺に気づくと、神宮寺は机から飛び降り、にやっと笑う。
「で? わざわざ二人きりにして、何の用だ? まさか告白とかじゃないよな。先に言っとくけど、俺は男に興味ないぞ」
「お前の頭はどうなってんだ。気持ち悪い」
「ひでえ!」
「それより」
俺は近くの椅子を引き、神宮寺の前に座った。
「さっきの話、聞こえた。お前、漫画を描いてるのか?」
漫画。
その一言で、神宮寺の表情が変わった。
ふざけた笑みが消える。
代わりに、目の奥にやたら熱い光が灯った。
「おう。将来はプロの漫画家になるつもりだ」
神宮寺は、少しも照れずにそう言った。
「何だよ。藤原も漫画好きなのか?」
「まあな」
俺は曖昧に答え、すぐ本題へ入る。
「その落ちたネーム、見せてくれ」
「は?」
神宮寺の眉が跳ね上がった。
「何でお前に見せなきゃいけないんだよ。笑う気か?」
「笑うかどうかは、読んでから決める」
「失礼すぎるだろ、お前!」
「でも、自信あるんだろ?」
そう言うと、神宮寺の負けず嫌いに火がついた。
「……いいぜ。読ませてやるよ。俺の天才的なストーリーに震えろ」
神宮寺は鞄を開け、分厚いノートを取り出した。
そして、机の上に叩きつけるように置く。
俺はそのノートを開いた。
……視神経が悲鳴を上げた。
これは、棒人間というより、事故現場だった。
歪んだ線。
折れ曲がった関節。
どこを向いているのかもわからない顔。
正直、最初の一ページ目でノートを閉じたくなった。
けれど。
一つ目の台詞が、妙に引っかかった。
次のコマの展開が、少し気になった。
その次のページで、また一つ、気になる引きが置かれていた。
一ページ。
二ページ。
三ページ。
画面は壊滅的だ。
人物は何をしているのかわからない。
コマ割りもぐちゃぐちゃで、漫画としてはほとんど事故に近い。
それなのに、俺の手は止まらなかった。
もう閉じよう。
そう思うたびに、次の台詞が、次の展開が、俺の目を紙の上へ引き戻す。
気づけば俺は、最後のページまで一気に読み終えていた。
教室には、夕陽と沈黙だけが残っている。
「……どうだよ」
神宮寺は腕を組み、得意げな顔を作っている。
けれど、その目の奥には、隠しきれない不安があった。
俺はゆっくりノートを閉じた。
「神宮寺」
「な、何だよ」
「このネームが落ちたのは当然だ」
「はあ!?」
神宮寺が机を叩いて立ち上がりかける。
「お前の絵は、幼稚園児以下だ。漫画として読ませる以前に、読者の視神経を破壊しにきてる」
「そこまで言う!?」
「でも」
俺はノートの表紙に手を置いた。
「話は、めちゃくちゃ面白い」
神宮寺が固まった。
「……マジで?」
「マジだ。お前の絵は救いようがない。でも、お前の話には、次のページをめくらせる力がある」
言葉にした瞬間、俺の中で何かがつながった。
俺は、彼女に次のページをめくらせたい。
こいつは、人に次のページをめくらせる話を書ける。
だったら。
「神宮寺」
俺は、心臓が速くなるのを感じながら言った。
「俺が作画をやる。お前が話を考えろ。俺たちで漫画を描こう」
神宮寺は、五秒ほど固まった。
まるで意味のわからない外国語を聞かされたみたいな顔だった。
やがて、口元が少しだけ引きつる。
「……藤原。お前、熱でもあんのか?」
「ない」
「いや、だって。お前が作画って……お前、絵描けんの?」
「少しはな」
俺はスマホを取り出し、昔『MONO』として描いたイラストを開いた。
そして、神宮寺に画面を見せる。
「うおおおおおおおおおおっ!?」
神宮寺の叫びが教室に響いた。
俺は慌てて周りを見る。
もう誰もいないとはいえ、無駄に声がでかい。
「声がでかい」
「いや、でかくもなるだろ! 何だよこれ! 普通にプロじゃん! てかお前、何で今まで黙ってたんだよ!」
「別に言う必要なかっただろ」
「ありまくりだろ! クラスに隠れ絵師がいるとか事件だぞ!」
「大げさなんだよ」
神宮寺はしばらく画面に釘付けになっていたが、やがて、ふっと表情を変えた。
さっきまでの騒がしさが、少しだけ消える。
「でもさ」
「何だよ」
「お前、こんだけ絵が描けるなら、イラストレーターでもいいんじゃねえの?」
その言葉に、俺は少しだけ息を詰まらせた。
「わざわざ漫画じゃなくてもいいだろ。どうしてそこまで漫画にこだわるんだよ?」
やっぱり、そこを聞くか。
俺は小さく息を吐いた。
簡単に説明できる話ではない。
けれど、隠したままでは、たぶんこいつは動かない。
「……来週の月曜、放課後に時間あるか?」
「あるけど」
「俺についてこい。見せたいものがある」
◇ ◇ ◇
週末は、やけに長かった。
そして、次の月曜日の放課後。
「なあ、藤原。俺たち、今かなり不審者じゃないか?」
一年C組の後ろ扉の外で、神宮寺が声を潜めて言った。
「黙ってろ」
「いや、だってさ。男子高校生二人が女子の教室を覗いてるんだぞ。言い逃れできないくらいアウトじゃん」
「覗いてるんじゃない。確認してるんだ」
「言い方変えただけで犯罪臭は消えないぞ」
俺は神宮寺の頭を押さえ、夕陽に染まる教室の中を指差した。
「いいから、あそこを見ろ」
神宮寺は渋々、扉の隙間から教室を覗く。
「……あれ、早川栞じゃん」
「知ってるのか」
「知ってるも何も、有名だろ。早川さん、この学校でかなり人気あるぞ」
「そういう話じゃない。見てるものを見ろ」
神宮寺が目を細める。
そして、早川の机の上にある分厚い雑誌に気づいた瞬間、目を輝かせた。
「おおっ! 『ラッシュ』じゃん! しかも今週号! 表紙、『神の指令』だろ? 俺、あの作品けっこう好きなんだよな!」
「声がでかい!」
俺は慌てて神宮寺の口を塞いだ。
「あと、そこが本題じゃない」
「わかってるって」
神宮寺は俺の手を払い、にやっと笑った。
「なるほど。そういうことか」
「何がだよ」
「いやー、わかったわかった」
神宮寺は急に頬に手を当て、わざとらしく甘ったるい声を出した。
「『えっ、最近話題の新人漫画家って、まさか藤原くんだったの!? すごい、サインください!』『仕方ないな、栞。実はこの漫画、全部きみのために描いたんだ』『藤原くん……素敵……!』そして夕陽の教室で熱いキス――」
「やめろ!」
俺は神宮寺の襟首を掴んだ。
「早川はそんなキャラじゃない! あと勝手に人の妄想を三流恋愛漫画にするな!」
「じゃあ、妄想はしてるんだ?」
「してない!」
「耳まで赤いぞ」
「黙れ。今すぐ三階から落とすぞ」
「怖っ! すぐ物理攻撃に出るじゃん!」
神宮寺は笑いながら両手を上げた。
俺は深く息を吸い、もう一度、教室の中の早川を見る。
彼女はまだ、『ラッシュ』のページをめくっていた。
周りの音なんて何も聞こえていないみたいに、ただ物語の中へ沈んでいる。
「……俺は」
自分でも驚くほど低い声が出た。
「俺は、あの顔が描きたいんだ」
神宮寺の笑いが止まる。
「綺麗なイラストじゃない。すごいって褒められる絵でもない。あいつがページをめくる手を止められなくなるような漫画が描きたい」
俺は神宮寺を見る。
「でも、俺一人じゃ無理だった。俺には、話が作れない」
神宮寺は黙っていた。
「お前の話には、次を読ませる力がある。俺の画面と合わせれば、絶対にあの雑誌に載る漫画が描ける」
しばらく、廊下には沈黙が落ちた。
夕陽の赤い光が、神宮寺の横顔を照らしている。
やがて、神宮寺は小さく笑った。
「……俺さ」
「何だよ」
「正直、ちょっと悔しかったんだよ。頭の中では、俺の話はめちゃくちゃ面白いのにさ。描いた瞬間、ただの棒人間地獄になる」
神宮寺は、扉の向こうで漫画を読む早川を見た。
「誰にも伝わらないまま終わるのかなって、少し思ってた」
その横顔は、いつもの馬鹿みたいな明るさとは少し違って見えた。
けれど、次の瞬間。
神宮寺はにやりと笑い、いつもの熱を取り戻した。
「でも、最初に俺の話の価値を見抜いたのが、まさかお前とはな」
白い歯が、夕陽の中で光る。
「面白そうじゃん。そういうの、嫌いじゃない」
神宮寺は右手の拳を差し出した。
「けど、勘違いすんなよ。やるからには、ただの恋愛ごっこに付き合うつもりはねえ。俺の話は、ラブレターの材料じゃないからな」
「わかってる」
「やるなら本気だ。目標は四ヶ月後の『ラッシュ』新人賞大賞。俺たちで、あの雑誌の巻頭カラーを奪い取る」
俺は、その拳を見つめた。
胸の奥で、何かが熱を持って膨らんでいく。
「……上等だ」
俺は拳を握り、神宮寺の拳にぶつけた。
鈍い音が、夕焼けの廊下に小さく響く。
「俺たちで、あいつに次のページをめくらせる」
こうして、二人の少年による、インクの匂いがする、馬鹿げていて、それでもどうしようもなく本気の青春漫画道が幕を開けた。
――この時の俺たちはまだ知らない。
この先に待っているのが、数え切れない徹夜と、くだらない衝突と、そして何より、容赦ない現実だということを。




