洗礼
「楠鳥栖さーん。連れてきましたよー」
八雲さんに案内されてたどり着いたのは、地下にある広い部屋だ。
中は教会の礼拝堂のような造りになっていて、部屋の奥には泉があり、その上に頭と両腕がなく背中から翼が生えた像が私たちを見下ろしている。
とても神聖な空間だ。
「やっと来たか。
俺を待たせるなんて、いい度胸してやがる」
「ですね〜。
新人隊員のみんな、いい度胸してますよね〜」
「ちげーよ。
お前に言ってんだ、オカマ八雲」
泉の縁に腰掛けていた男性が立ち上がって、こちらへ歩いてきた。
すぐにこの男性が、緋凪と呼ばれていた人だと分かった。
「よく来たな、新人たち。
話の前に、泉の水で顔を洗え」
「え?何でですか?」
綺麗なセミロングの黒髪の美人が反応した。
この子も新人特攻隊員だ。
「いいから、洗え」
言われた通りに、私たちは泉の水で顔を洗った。
私としては、気持ちが良かったから別に良かったけど、これに何の意味があるのか分からなかった。
「その泉は掃討局が創設された時に、聖女が造ったと言われてる。
そのせいか、泉の水には聖なる魔力が込められていて、その水で顔を洗うことで真の特攻隊員と認められるらしい」
「いわゆる通過儀礼みたいなもんだよ」
緋凪さんと八雲さんが説明をしてくれた。
本当かどうか、にわかには信じ難い話だ。
「洗った奴は適当に座れ」
緋凪さんに促されて、私たちはそれぞれ適当に座る。
「俺は特攻隊隊長、楠鳥栖緋凪だ。
弱いお前らに、まず言っておく」
緋凪さんは再び縁に腰掛けた。
「特攻隊は、魔人討伐の際にほぼ確で最低一人は死ぬ。
弱肉強食のこの世界では、常に生と死が隣り合わせだ。
誰か死ぬのが特攻隊の日常だと思え」
しかし、と緋凪さんは続けた。
「何としてでも生きろ。
他人より、自分の命を大切にしろ。
今のお前らができることの中に、人助けなんて偽善は入ってない。
ひたすら魔人を殺して、殺して、生き抜くだけだ。
これだけは絶対守れ」
私は全然納得ができなかった。
自己中的な考えに共感ができなかったし、人助けが偽善になることの意味も分からない。
弱いと言われたことも、少しイラッとする。
「俺は弱くないです」
空気を読まない発言をしたのは、右頬に傷があるあの青年だった。
緋凪さんが露骨に眉間に皺を寄せる。
「誰だ、お前」
「特攻隊隊員、猪村亞突です」
絶対そういう意味じゃない。
何か嫌な予感がする。
「そうか。
自信と過信を履き違えてるな。
俺からすれば、お前ら全員ただの戦闘員ABCだ」
「隊長の方こそ、俺を舐めすぎじゃないですか。
油断してる人間ほど、すぐに死ぬんじゃないですか」
何言ってんの!こいつ!
明らかに強そうな人に喧嘩売る時点で頭おかしいでしょ!
しかも、上司だよ!特攻隊の上司中の上司!
言いたいことは分かるけど、少しは空気読んでよ!
緋凪さんは、クックックと低く笑うと、大袈裟なため息をついた。
「論より証拠。
ちょうど、今からお前らの実力知るために模擬戦をするところだ。
弱くないなら、俺に勝って実力証明してみせろ」
「それって、強制ですか?」
目を赤茶の髪で隠した新人隊員が聞いた。
緋凪さんは、はぁ?と眉毛を片方上げた。
「するに決まってんだろ。
当たり前に全員強制参加だ」
誰かが面倒くさって言ったのが聞こえた。
だが、声が小さかったので緋凪さんには届かなかった。
「とにかく、お前ら全員十分後に特訓場へ来い。
逃げたり、来なかったら……全員宇宙の塵となって消えてもらう」
はい、完璧なパワハラです。
十分後、私たちは支給された隊服に着替えて、外にある特訓場に来ていた。
隊服はカラビニエリの軍服のような服で、戦闘服でもある。
魔力を込めた繊維で作られていて、とても丈夫な上、軽く動きやすい。
「誰からやるか、決めろ。
決めたら組み手する奴以外は、フェンスで仲間が無様にやられる姿を見てろ」
緋凪さんはワイシャツにスーツのズボンという格好のままだ。
隊服を着ていないあたり、私たちのことを舐めてる。
「俺からいく」
緋凪さんの弱い発言に怒った亞突くんが先陣を切った。
そのまま、特訓場へ入っていく。
「イキってたお前が初っ端か」
「イキってません、単なる事実です。
魔力や“ラマージ”は使ってもいいですよね?」
「使いたいなら、勝手にしろ」
特訓場で審判?をやってる八雲さんの笛で組み手は始まった。
亞突君が強烈な回し蹴り仕掛ける。
緋凪さんはそれを片腕で止めると、亞突君の腹に掌底を放った。
亞突君はこれを交わしたが、緋凪さんは素早く亞突君の顎を蹴り上げると、体を回転させて殴り飛ばす。
亞突君は飛ばされながらも、体勢を整えて受け身を取った。
「この程度か?」
「魔力と“ラマージ”を使わずにやってますからね。
今から魔力を使いますよ」
宣言通り亞突君は、魔力を込めて緋凪さんを攻撃した。
左右交互に繰り出されたパンチを、緋凪さんは動かず一発ずついなし続ける。
驚いた。
亞突君は速いスピードで攻撃をしかけても、緋凪さんは落ち着いて対応する。
一向に当たる気配がしない。
それよりも……
「楠鳥栖隊長、微塵も魔力を使ってない……!」
私の隣にいた金髪の少女がつぶやいた。
全くもってその通りで、魔力探知で調べてみたけど、緋凪さんは魔力を使ってない。
使わずに、亞突君の魔力が込められた速い攻撃をいなしている。
普通に考えておかしい。
「何を驚いてるんだ?
あいつごときに楠鳥栖隊長が魔力を使うわけがない」
馬鹿にしてきたのは、ゴツい体格をした坊主の男子だ。
端整だが絶妙にウザい顔をしている。
「ごときって言うけど、亞突君は強いと思うよ」
「全然分かってないな、どチビ。
どうやったら、ミジンコがライオンに勝てるって言うんだ?」
挑発した目で煽られて、一瞬ムッとするも心を無にした。
「微生物と動物は比べるもんじゃないよね。
もっと、上手い喩えできない?」
「そう、ムキになんなって。
それぐらい、あのイキリ虫と楠鳥栖隊長は実力差があるんだよ。
なんせ楠鳥栖隊長はーー」
「“最強の戦闘員”と呼ばれるくらいですから」
ウザい坊主の発言を遮ったのは、銀髪緑眼の美青年だ。
いつの間にか、後ろにいる。
「楠鳥栖隊長は、代々魔人を殺す一族『楠鳥栖家』の末裔です。
いわば、魔人を殺すために生まれてきたような人です」
「その、銀髪野郎の言う通りだ。
そんなすごい人相手に、ただのイキリが勝てるわけがないんだよ」
相変わらず亞突君は攻撃をいなされ続けてる。
飽きてきたのか、緋凪さんはいなすのを止めると、亞突君の腹にストレートをお見舞いした。
亞突君は吹っ飛ばされ、フェンスに叩きつけられた。
「魔力が込められた殴りは強いが、魔力のコントロールが雑だ。
無駄な魔力をずっと浪費し続けてる。
もう、降参でいいか?」
「……最後に“ラマージ”を使って、攻めます。
これを防がれたら、大人しく降参します」
亞突君は立ち上がると、大きく息をついた。
肩を回したり、屈伸したりしている。
「いきますよ」
亞突君はすごい形相で歯ぎしりをすると、亞突君の姿が段々恐竜の姿に変化していった。
人間とティラノサウルスを足したような姿をしている。
ここにきて初めて、緋凪さんが唇の両端をあげた。
「いいじゃねぇか、こい」
緋凪さんが言うと同時に、力強く踏み込む音がした。
見ると、亞突君と緋凪さんがお互いに殴り合っている。
亞突君は魔力を込めた拳で緋凪さんを殴った。
交わされてしまったが、特訓場の地面に地割れを起こしている。
とんでもないパワーだ。
「これでぇも、弱いぃって言いますぅかぁああ!」
攻撃を続けながら、亞突君は低く大きな声で聞いた。
その攻撃全てを回避しながら、緋凪さんは返事をする。
「まだまだ弱い!
スピードもパワーも上がったが、さっきと一緒で魔力の精度がゴミのままだ。
その“ラマージ”も長くは持たないだろ」
緋凪さんは、回避するのをやめると、殴ってきた拳を殴り返した。
その衝撃で砂ぼこりが激しく舞う。
亞突君は超パワーを活かしたパンチで攻め続け、緋凪さんもそれに拳で応じる。
少しずつ、少しずつ緋凪さんの方が優勢になっていく。
緋凪さんは拳で応じながらも、隙を逃さず亞突君の体を何回も手で突いていく。
やがて、完全に亞突君は体勢を崩し、緋凪さんの殴りを顔面に受けた。
ぐるんと一回転して、亞突君は倒れる。
力を使い切ったのか、元の姿に戻った。
「はい、そこまで!
勝者は楠鳥栖隊長でーす」
八雲さんが嬉々として告げて、二人の組手が終了した。
圧巻と言わざるを得ない。
結局、緋凪さんは最後まで魔力を使わなかった。
それどころか、手を抜いて戦っていた節すらある。
決して、亞突君は弱くなかったと思う。
でも、それ以上に楠鳥栖隊長が強かった。
「まだ、自分が強いと思うか?」
緋凪さんが倒れた亞突君に問いかける。
亞突君は立ち上がって、緋凪さんの眼を真っ直ぐに見た。
「思いません。思うわけがありません」
「分かったなら、それでいい。
今は弱いが、これからのお前次第では強くなることだってある。
そのために何が必要か、考えろ」
緋凪さんはそう声をかけると、フェンスにいる私たちの方を見てきた。
「次の相手は誰だ」
これを見て誰が戦いたいと思うのかな。
いや、誰も思わないよね。
お先真っ暗すぎる。
その後は笑っちゃうくらいに淡々と組手が行われた。
基本的にみんな戦う意欲がないのか、“ラマージ”を使わずに、魔力のみで戦っている。
緋凪さんは最初は相手をするが、飽きてくるのか最後らへんには渾身のボディブローをかまして終わらせている。
中には戦わずに寝始める猛者もいて、その人は緋凪さんの稲妻シュートを喰らって、苦しそうに呻いていた。
そして、いよいよ……。
「次でラストか。
残ったのは、茶髪のチビ。お前だな」
緋凪さんが私を見てきた。
いまだに緋凪さんは魔力を一切使っていない。
私は特訓場に入ると、準備体操をした。
みっちりやって、体が動かせるかどうか確認する。
「準備はできたか?」
「はい、できました」
「そうか、じゃあやるぞ」
お互い向き合って、構えた。
もちろん勝てるとは思ってない。
けど、せめて一撃くらいはダメージを与えたい。
何もできずに終わるのだけは、嫌だ。
笛が吹かれたと同時に、私は力強く踏み込んだ。




