奇策
「いや、何も無理に戦おうとしなくても、中隊長が来てくれるまで、時間を稼げればいいんじゃないか。自分と中隊長でかかれば、優位に戦いを進められる。こうして木から木へ移動を繰り返していれば、鉤爪といえども追いつくのは簡単ではないはず……」
燐は咲が来てくれるまで、時間を稼ぐことを思いついた。
そう考えると気が楽になった。
燐は次の目標点に向かってワイヤーを放った。
「まさか、助けが来るまで、時間稼ぎしようなんて考えてるんじゃないだろうな?」
いつの間にか、鉤爪が先回りしていた。
鉤爪はジャンプしてワイヤーを掴むと、ぐいっと引っ張った。
「うわっ」
燐はバランスを崩して、地面に墜落した。
鉤爪はそのままワイヤーを振り回して、燐を木に叩きつけた。
それから、呻いている燐のところにやってくると、その体を蹴り上げた。
燐の体が山なりの放物線を描き、地面に落ちて転がった。
「逃げるための武器なんかいらんな」
鉤爪はそう言うと、燐の腕からワイヤーを引きちぎった。
(ダメだ……逃げられない……)
燐は鉤爪から距離を取ると、投げナイフを投げた。
二本のナイフをリリースするタイミングをずらして、同じ軌道を取らせる投げ方だ。
一本目が目隠しになり、二本目を当たりやすくさせる技術である。
しかし、鉤爪は面倒くさそうにナイフを払いのけただけだった。
時間稼ぎにもならなかった。
鉤爪は距離をつめて、燐を掴み上げた。
「終わりか?もっと色々出してくれてもいいぞ」
そう言うと、鉤爪は燐をどんと突き飛ばした。
燐は数歩後退したが、何とか踏みとどまった。
「……くそ」
燐は必死に頭を回転させた。
ここまで唯一、鉤爪に通用したのは閃光弾だけだった。鉤爪の頭の中にない兵器だったからだろう。ワイヤーやブレードは全く通用しなかった。正攻法で戦っても勝てる見込みはない。
鉤爪の意表をついて、一気に仕留めるしかない、と燐は考えた。
燐は右腕の関節にあるロックを外すと、腰にある二つの釦を押した。
両足のふくらはぎ部分が開口し、機械音を立てながらローラーがせり出してきて、踵に装着された。
機動力を強化する機構である。
燐はゴーグルを装着すると、左手を下げ、右手にコンバットナイフを構えた。
「ほう、まだ武器を隠し持っていたか」
鉤爪が嬉しそうな顔で構えを取った。
燐は呼吸を整えて、鉤爪の隙をうかがった。
楽し気な笑みを浮かべているが、隙が見当たらない。
実力差がありすぎるのだ。
構うものか、と燐は思った。
(隙が無いのなら、スピードの乗った連続技をぶつけるだけだ)
燐は腰を落として、両足のローラーを出力全開で始動した。
うなりを上げてローラーが回転し、土埃を巻き上げて、燐が急発進した。
燐は鉤爪の周囲を旋回しながら、攻撃のタイミングを窺った。
鉤爪は構えを取りつつ、燐の姿を目で追った。
(よし、今だ!)
燐は鉤爪の背後に回ったタイミングで転身し、鉤爪に急接近した。
鉤爪が振り向いた。
燐は左手に隠し持っていた閃光弾を鉤爪の目の前に放った。
「そいつはさっき見たぜ」
鉤爪は数歩前に出ると、閃光弾を背にして、燐を迎え撃った。
鉤爪の背中で閃光弾が炸裂したが、無論、鉤爪に影響はない。
一度通用したからといって、二度目があるほど、甘い相手ではなかった。
燐は構わず、コンバットナイフで頭上から弧を描くように鉤爪を狙った。
鉤爪は燐の手首をつかむと、肘でその関節を叩き折った。
衝撃で燐の右腕が関節部分から千切れ飛んで、宙を舞った。
「まだだ!」
燐は左手を鉤爪の腹に密着させた。
「む!?」
爆発音とともに、燐の左手から鉄杭が撃ち出された。
しかし、鉤爪は体をひねって、鉄杭をかわした。
反応が早い。
鉄杭がこすれて、鉤爪の腹に火傷の痕を残したが、それだけだ。
鉄杭は数メートルほど飛んで、地面に突き立った。
「面白い攻撃だな」
ちらりと鉄杭を見て、鉤爪が感心したように言った。
だが、燐の攻撃はまだ終わっていなかった。
先がなくなった燐の右関節から、剝き出しの筋繊維が伸びて、鉤爪の真後ろに浮かぶ右腕につながっていた。
右腕のブレードが大鎌を形成している。
死角からのブレードによる攻撃こそが燐の本命だった。
全ての布石は打った。
鉤爪は前を向いている。
あとは収穫を刈り取るのみ。
(いけぇぇぇぇぇぇぇぇ!)
燐は全力で右腕を操り、背後からブレードで鉤爪の首を狙った。
しかし、鉤爪は振り向くことすらせず、簡単にブレードを指でつかみ取った。
完全に読まれていた。
燐の必死の攻撃は空振りに終わった。
「やっぱりか。どうにも違和感があったが、お前の手足は全部作りもんだろ」
鉤爪は相手の視線、気配、筋肉の動きで次の動作を予測する。
しかし、戦い始めた当初、鉤爪は燐の筋肉の動きがどうにも読めなかった。
まるでロボットのように、筋肉の予備動作なく、急に手足が動き出すのだ。
ただし、その動きはスピードこそあるものの、決して滑らかなものではなく、鉤爪からすると、直線的でぎくしゃくしたものだった。
燐がもっと戦いの経験を積むことができていれば、そうした相手の違和感を利用することも覚えたのだろう。しかし、如何せん、鉤爪に挑むには、燐はあまりにも若すぎた。鉤爪はすぐに慣れてしまった。
青ざめた燐の目の前で、鉤爪が右腕ごとブレードを砕いた。
「ーーっ」
燐はローラーを逆回転させて、鉤爪から距離を取ると、苦し紛れに、拳銃で鉤爪を狙い打った。
「ネタ切れか?」
鉤爪は弾を避けつつ、前進して強烈なローキックを放った。
燐の両足がへし折れた。
燐はうつ伏せに倒れ込んだ。
鉤爪は拳銃ごと、燐の左手を踏み潰した。
「ここまでだな」
鉤爪が言った。
「未熟だが、アイデアはなかなか面白かった。よくやった方だ」
鉤爪の雰囲気が変わった。
先ほどまでのどこか楽し気な雰囲気が消えた。
「う……」
動けなくなった燐の目の前にいるのは暴力の化身だった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
次回は6/28(金)投稿予定です。
※第三章が長くなりましたので、第四章に分けました。




