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現代ヴァンパイアは楽園を探す  作者: 津村マウフ
第二章 吸血部隊
20/62


 咲が入った路地裏は個人経営の居酒屋が並ぶ通りの裏手にあたり、かろうじて人が並んで歩ける程度の狭い路地だった。居酒屋の裏口にある電灯が頼りなく路面を照らしている。左側はコンクリートの壁で、壁沿いに自転車やごみ袋が置かれていた。


 ヴァンパイアは少し奥の居酒屋の裏口に置かれた空のビールケースに座っていた。


 癖の強い髪をアップにし、あご髭のある彫りの深い顔に色の薄いサングラスをかけている。黒いシャツの上に黒いジャケットを羽織った様子は、いかにもカタギではない者特有の雰囲気を醸し出していた。


「梟、騒ぎを起こすつもりなら……」


 咲は刀に手をかけた。


「よしてくれ。こんなところで騒ぎを起こすほど馬鹿じゃねえよ」


 梟と呼ばれた男はやれやれといった様子で両手を上げた。


「調査目的で来てたんだが、帰る前に挨拶しとこうと思ってな」


 梟はにぃと笑みを浮かべた。


「律儀なことだ」


 咲は刀から手を下ろした。


「元気そうだな」


「おかげさまで、とでも言えばいいのか?」


 咲はつっけんどんに答えた。

 梟は面白いものを見ているかのように口元を緩めた。


「決闘は見たかい?」


「いや、報告を聞いただけだ」


「そりゃ、残念だ。なかなかの見物だったぜ」


「……どんな感想を持った?」


「んー、そうだな……鉤爪(クロー)は相変わらずだったな。強いことは強いが、あいつは相手を舐めすぎだ。だから足元をすくわれる。才能に恵まれすぎた者の弊害だな」


「先住ヴァンパイアの方はどうだった?」


「幻術使いの方はなかなか良かったぜ。たまにああいうヤツが出てくる。目的のために、あらゆる手段を使うヤツは好きだ。発想もいいし、見ていて面白い。……ただ、ちょっと脆弱すぎるかな。嵌ればものすごく強いが、外すと悲惨な感じだ。そこんとこは今後に期待だな」


 そう言うと、梟は少し難しい顔をした。


「しかし、ネタが割れたのは痛いだろうな。決闘なんてものは終わってからが本番だ。今頃はおこぼれ狙いのやつらに追い回されているんじゃないか。さすがにあの戦いを見て、鉤爪(クロー)に挑むやつはいないだろう。うまく生き残れりゃいいけどな」


 咲は頬に手を当てて目を伏せた。

 梟はおやっという顔をした。


「へえ、珍しいな。幻術使いに興味があるのか?」


「まあな。会って話をしてもいいと思っている」


「やめとけ、やめとけ。使える仲間が欲しいんだろうが、あいつは無理だと思うぞ。ああいうタイプは他人を寄せつけないからな」


 梟は手をひらひら振った。

 それから、すぐに咲を探るような目で見た。


「そう言えば、聞いたぜ。お前さん、随分と面白いことをしてるんだってな」


 やはりそれが本題か、と咲は思った。


「皮肉か?」


「いや、本心だ」


 梟はにぃと笑みを浮かべた。


「俺たちは自由だ。お前さんが何をしようと自由だ。はぐれのヴァンパイアを狩ってる分には、まあ好きにやってくれって感じだ。俺から言うことは何もねえ。俺等んとこに手を出さなきゃ、こっちからも手を出すことはねえ」


「それは警告か?」


「いいや、忠告と受け取ってくれ」


 梟は再びにぃと笑みを浮かべた。心の中を読ませない笑みだ。


「言っておくが、お前たちがどう思おうと関係ない。邪魔をするなら容赦はしない。わたしはわたしの信じることをやるだけだ」


「人間と組んで同族を狩ることが?」


 梟は皮肉っぽく笑った。


 隊を作ってヴァンパイアを狩り始めてから、咲は何度も同じことを言われてきた。慣れたつもりではいたが、やはり面と向かって言われると傷つく。


「皮肉はやめてくれ。お前にもわかっているはずだ。同族を狩ることが目的じゃない。必要だからそうしているだけだ。人間の信頼を得るための第一歩だ。無秩序に人間を襲うことはわたしたちの首をしめる」


「人間の信頼ねえ……」


 梟はあごに手を当てて、懐疑的な目を咲に向けた。


 咲は苛立ちを覚えた。本来なら真っ先に動くべき力のある者が、こうして旧態依然のまま変わろうとしない。未来は暗いというのに。


「刀や槍を相手にしていた時代とは違うんだぞ。そう遠くないうちにヴァンパイアが人間に太刀打ちできない時代がやってくる。お前は人間と戦争をして勝てるつもりか?」


「だから妥協しろと?人間の気に入るように生き方を変えろと?俺たちヴァンパイアが、人間様に気に入られるように媚びへつらえってか?」


 梟は笑い出した。


「悪い冗談はよしてくれ」


 梟は咲を睨みつけた。


「お前は力があるからそんなことが言えるんだ!力のない者だっているんだぞ!」


「お優しいねえ。俺からすりゃ、力のない者は勝手に死ねとしか言えないがな。俺だって最初から力を持っていたわけじゃない。死ぬような目に何度もあってようやく身につけた力だ。俺の誇りでもある。俺からすりゃ、力がないことは甘えと同義だ」


「それに世の中も変わった。今やヴァンパイアのようなアウトサイダーが生きる場所がどんどん無くなりつつある。今のままでは、山奥にこもって獣同然に生きるしかなくなるぞ」


「そうかもな。でもな、それは種の終わりってことなんじゃないか。その時が来たら、潔く死んでいくさ。今更生き方を変えるなんてことはできないしな」


 梟は続けた。


「俺は屍食鬼(グール)ほど狂っちゃいねえし、屍食鬼(グール)信者でもねえが、言っていることは多少なりとも理解できる。あらかじめセットされた欲望とあらかじめセットされた意思を持たされて生まれてくる人形だったか。予定通りに生まれて、予定通りに生きて、予定通りに死んでいく人形。まあ、生命なんてものは生まれた瞬間から自由じゃない。人間からヴァンパイアになったからって、大して変わりゃしねえ。だからといって、屍食鬼(グール)みたいに生命そのものを否定しようとは思わないがな。人形にも意地がある。だから俺は自由って言葉が好きだ。お前さんがやろうとしていることは、人間の規範にヴァンパイアを押し込めようってことだ。それは自由とは正反対のことだ」


 梟は咲の目を真っすぐに見て言った。


「俺は俺の自由のために戦うさ」


「……」


 咲は返す言葉を持たなかった。

 梟は立ち上がった。


「俺も組織に属しているヴァンパイアだ。その立場から言わせてもらった。面倒くせえが、仕事はしなきゃならねえしな」


 梟は咲に背中を見せた。

 咲は口惜しさと無力感の入り混じった感情でその背中を見た。


 だが、梟はすぐに立ち去ることはしなかった。

 何か迷っている様子だった。


「ただまあ……」


 梟は背中を向けたまま、再び口を開いた


「賛同はしねえが、個人的にお前さんがやっていることは面白いとは思うぜ。この問題は誰もが薄々感じていることだ。少なくとも、これまでヴァンパイアの誰も手をつけなかったことをお前さんはやろうとしている。その点は評価する。だが、俺が言ったことは大半のヴァンパイアの思いであることも間違いない。そこんところをよく考えるんだな。今は静観ムードが大勢を占めているが、そんなものは何かきっかけさえあればあっという間に変わる。時間はあまりないぞ」


 そう言い残すと、梟は姿を消した。


ここまで読んでいただきありがとうございます。


次回は3/15(金)投稿予定です。


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