マッチ売りの少女
夜のオフィス街を、悲しそうな顔をした一人の少女がとぼとぼと歩いていた。
「ううっ、何で自分がこんな目に……」
燐だった。
にやにや笑う屈強な隊員達に強化服を剥ぎ取られ、スカートを強要された。銃器の類は取り上げられ、代わりに網かごを持たされた。
業務命令にかこつけたセクハラだ、と燐は涙した。
白い頭巾を被り、臙脂のスカートに前掛けをして網かごを腕にかけたその装いは、ヨーロッパの街角でマッチでも売ってそうな勢いである。
オフィス街を外れて、公園の前を通りかかると、サラリーマン風の三人組が出てきた。ヴァンパイアだ。
「お嬢ちゃん。こんな夜中に一人歩きなんて感心しませんよ」
「そうだよ。最近は物騒だし、お兄さんたち、心配になっちゃうな」
「駅まで送ってあげるから、お兄さんたちについておいで」
そう言って三人組は笑顔で近づいてきた。
「誰がお嬢ちゃんだっ!」
燐が勢いよく頭巾を脱ぎ捨てた。燐の坊主頭が露わになった。坊主頭のお嬢ちゃんだ。
「男!?」
「うるさいっ!全部、お前らのせいだっ!」
燐がワイヤーを放った。ワイヤーの先端には六角錐の錘がついている。錘がヴァンパイアの顔面をぶち抜いた。ヴァンパイアは糸が切れたように崩れ落ちた。
「ひいっ!」
仲間のヴァンパイアが逃げ出した。
「逃がすかっ!」
ワイヤーが逃げ出したヴァンパイアに巻きついた。燐はヴァンパイアを大きく振り回し、電柱に叩きつけた。
「ぐえっ」
燐はさらにヴァンパイアを大きく頭上に振り上げ、道路に叩き落した。
「ぐげっ」
それでも燐の怒りは収まらず、ヴァンパイアを振り回し、街路樹や鉄柵、コンクリート壁など目につくものすべてに手当たり次第に叩きつけた。それでも網かごは落とさないようにしっかり抱えているところが、燐の生真面目さを物語っている。
「……う…………わ……」
そのあまりな光景に、立ち尽くしていたヴァンパイアが後ずさった。
ヴァンパイアの背後に黒ずくめの隊員がぬっと現れた。
隊員は背後からナイフでヴァンパイアの喉をかき切った。
「げっ……ふっ…………」
ヴァンパイアは血が溢れる喉を押さえてよろよろと前に出た。
別の隊員が現れて、正面からヴァンパイアの心臓を一突きした。
ヴァンパイアは膝をついて、前のめりに倒れた。
「燐小隊長、荒ぶってますねえ」
「俺でも荒れるわ。何かの罰ゲームにしか見えない」
ヴァンパイアを始末した隊員達が、同情した目を燐に向けた。
燐のワイヤーからヴァンパイアがすっぽ抜けた。
ヴァンパイアは砲弾のように飛び、道路をゴロゴロと転がった。体中の骨が折れ、手足が明後日の方向を向いている。
すかさず控えていた隊員が駆け寄り、ヴァンパイアにトドメをさした。
「意外に釣れるもんだな」
物陰で様子を見ていた咲と中村が感心した様子で出てきた。
「ありっちゃあ、ありかもしれませんね。燐は顔だちも可愛いし、体つきも華奢ですからね。遠目には女の子に見えます」
「よし、燐も囮に回そう。ペースを上げるぞ」
「そんな……」
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うららかな春の日差しを浴びて、燃え尽きたマッチのような燐がカフェに腰かけていた。膝に載せた編みかごを大事そうに抱えている。顔を上げてはいたが、その目は何も映してはおらず、口を半開きにしていた。魂が抜けたかのようである。天からおばあさんが降りてきそうだ。
その前でナース姿の咲と中村が相談をしていた。
「あんまり釣れなくなってきたな。燐とわたしで一日かけてようやく一体だぞ」
「効率が悪くなってきましたねえ。囮を使って狩りまくりましたから、警戒されたのかもしれませんね。ただ、下火になってきてるとはいえ、ヴァンパイアが起こす事件はなくなってはいません」
「事件が起こってからから出動しても、間に合わない場合が多いからなあ。どうしたものか……」
試しに鳴海を酔っ払いに見せかけて繁華街を歩かせてみたが、無反応だった。
「やはり、おっさんはダメか……」
「ひでぇな」
鳴海はぶうたれた。
それならばと、今度はマッチョな隊員にランニングシャツに短パンという姿で、噂のある夜の公園を走らせてみた。こちらも無反応だった。
「マッチョもダメか……」
「釣れたら釣れたで嫌ですが……」
走り終えて座り込む隊員に仲間のマッチョが駆け寄った。
「えらいぞ!よくがんばった!」
「オレ、こんなに怖い思いしたの初めてだ。色々な意味で」
マッチョは涙を滲ませた。
「何だあいつら、マッチョのくせにだらしない」
マッチョ達の様子を見た咲があきれた声を出した。
「マッチョといっても、所詮はただの人間ですから」
咲は驚いた顔をした。
「何を言っているんだ、中村!マッチョだぞ!マッチョがただの人間なわけがないじゃないか!」
「……あのー、中隊長。マッチョに対して偏見を持っていませんか?」
「うーん、これ以上、囮を使っても意味がなさそうだな……。よし、囮作戦もここまでだ。丑蜜が来るまで……」
言いかけた咲の顔色が突然変わった。
「どうしました?」
咲の異変に中村が声を潜めた。
「少し、離れる。お前はここにいてくれ」
咲は中村を残して公園を出ると、酒場の裏手にある路地裏に入った。
「久しぶりだな。赤巫女」
瓶ビールのケースが積まれた一角にヴァンパイアがいた。
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次回は3/12(火)投稿予定です。