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現代ヴァンパイアは楽園を探す  作者: 津村マウフ
第二章 吸血部隊
19/62

マッチ売りの少女


 夜のオフィス街を、悲しそうな顔をした一人の少女がとぼとぼと歩いていた。


「ううっ、何で自分がこんな目に……」


 燐だった。


 にやにや笑う屈強な隊員達に強化服を剥ぎ取られ、スカートを強要された。銃器の類は取り上げられ、代わりに網かごを持たされた。

 業務命令にかこつけたセクハラだ、と燐は涙した。

 白い頭巾を被り、臙脂のスカートに前掛けをして網かごを腕にかけたその装いは、ヨーロッパの街角でマッチでも売ってそうな勢いである。


 オフィス街を外れて、公園の前を通りかかると、サラリーマン風の三人組が出てきた。ヴァンパイアだ。


「お嬢ちゃん。こんな夜中に一人歩きなんて感心しませんよ」


「そうだよ。最近は物騒だし、お兄さんたち、心配になっちゃうな」


「駅まで送ってあげるから、お兄さんたちについておいで」


 そう言って三人組は笑顔で近づいてきた。


「誰がお嬢ちゃんだっ!」


 燐が勢いよく頭巾を脱ぎ捨てた。燐の坊主頭が露わになった。坊主頭のお嬢ちゃんだ。


「男!?」


「うるさいっ!全部、お前らのせいだっ!」


 燐がワイヤーを放った。ワイヤーの先端には六角錐の錘がついている。錘がヴァンパイアの顔面をぶち抜いた。ヴァンパイアは糸が切れたように崩れ落ちた。


「ひいっ!」


 仲間のヴァンパイアが逃げ出した。


「逃がすかっ!」


 ワイヤーが逃げ出したヴァンパイアに巻きついた。燐はヴァンパイアを大きく振り回し、電柱に叩きつけた。


「ぐえっ」


 燐はさらにヴァンパイアを大きく頭上に振り上げ、道路に叩き落した。


「ぐげっ」


 それでも燐の怒りは収まらず、ヴァンパイアを振り回し、街路樹や鉄柵、コンクリート壁など目につくものすべてに手当たり次第に叩きつけた。それでも網かごは落とさないようにしっかり抱えているところが、燐の生真面目さを物語っている。


「……う…………わ……」


 そのあまりな光景に、立ち尽くしていたヴァンパイアが後ずさった。


 ヴァンパイアの背後に黒ずくめの隊員がぬっと現れた。

 隊員は背後からナイフでヴァンパイアの喉をかき切った。


「げっ……ふっ…………」


 ヴァンパイアは血が溢れる喉を押さえてよろよろと前に出た。

 別の隊員が現れて、正面からヴァンパイアの心臓を一突きした。

 ヴァンパイアは膝をついて、前のめりに倒れた。


「燐小隊長、荒ぶってますねえ」


「俺でも荒れるわ。何かの罰ゲームにしか見えない」


 ヴァンパイアを始末した隊員達が、同情した目を燐に向けた。


 燐のワイヤーからヴァンパイアがすっぽ抜けた。

 ヴァンパイアは砲弾のように飛び、道路をゴロゴロと転がった。体中の骨が折れ、手足が明後日の方向を向いている。

 すかさず控えていた隊員が駆け寄り、ヴァンパイアにトドメをさした。



「意外に釣れるもんだな」


 物陰で様子を見ていた咲と中村が感心した様子で出てきた。


「ありっちゃあ、ありかもしれませんね。燐は顔だちも可愛いし、体つきも華奢ですからね。遠目には女の子に見えます」


「よし、燐も囮に回そう。ペースを上げるぞ」


「そんな……」



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 うららかな春の日差しを浴びて、燃え尽きたマッチのような燐がカフェに腰かけていた。膝に載せた編みかごを大事そうに抱えている。顔を上げてはいたが、その目は何も映してはおらず、口を半開きにしていた。魂が抜けたかのようである。天からおばあさんが降りてきそうだ。


 その前でナース姿の咲と中村が相談をしていた。


「あんまり釣れなくなってきたな。燐とわたしで一日かけてようやく一体だぞ」


「効率が悪くなってきましたねえ。囮を使って狩りまくりましたから、警戒されたのかもしれませんね。ただ、下火になってきてるとはいえ、ヴァンパイアが起こす事件はなくなってはいません」


「事件が起こってからから出動しても、間に合わない場合が多いからなあ。どうしたものか……」


 試しに鳴海を酔っ払いに見せかけて繁華街を歩かせてみたが、無反応だった。


「やはり、おっさんはダメか……」


「ひでぇな」


 鳴海はぶうたれた。


 それならばと、今度はマッチョな隊員にランニングシャツに短パンという姿で、噂のある夜の公園を走らせてみた。こちらも無反応だった。


「マッチョもダメか……」


「釣れたら釣れたで嫌ですが……」


 走り終えて座り込む隊員に仲間のマッチョが駆け寄った。


「えらいぞ!よくがんばった!」


「オレ、こんなに怖い思いしたの初めてだ。色々な意味で」


 マッチョは涙を滲ませた。



「何だあいつら、マッチョのくせにだらしない」


 マッチョ達の様子を見た咲があきれた声を出した。


「マッチョといっても、所詮はただの人間ですから」


 咲は驚いた顔をした。


「何を言っているんだ、中村!マッチョだぞ!マッチョがただの人間なわけがないじゃないか!」


「……あのー、中隊長。マッチョに対して偏見を持っていませんか?」


「うーん、これ以上、囮を使っても意味がなさそうだな……。よし、囮作戦もここまでだ。丑蜜(うしみつ)が来るまで……」


 言いかけた咲の顔色が突然変わった。


「どうしました?」


 咲の異変に中村が声を潜めた。


「少し、離れる。お前はここにいてくれ」


 咲は中村を残して公園を出ると、酒場の裏手にある路地裏に入った。


「久しぶりだな。赤巫女」


 瓶ビールのケースが積まれた一角にヴァンパイアがいた。

ここまで読んでいただきありがとうございます。


次回は3/12(火)投稿予定です。


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