締めの甚句は王都の空に溶けて行く
後に、歴史家をして、その時代は大相撲時代と呼ばれたのです。
アリアカ国技館は国の象徴として公開され、年に三回本場所が行われ、国民が熱狂する行事となりました。
一万人の新弟子を誇ったフローチェ部屋は解体されました。
そして、リジー王子とファラリスが所属する、フローチェ親方のフローチェ部屋。
技量に優れた力士が多いユスチン部屋。
あまり強くはないがイケメン力士の多いクリフトン部屋。
規律溢れる力士が多いマウリリオ部屋。
に、それぞれ別れ、所属力士が興業で相撲を競い合いました。
力溢れる力士たちの取り組みに王都の民は大興奮し、相撲ブームは瞬く間にアリアカ国をおおい、子供たちの夢は力士、という時代が訪れました。
でも、そんな黄金の時代でも不幸な人はいるものなのです。
北の開拓地を覗いてみましょう。
「もう嫌よ、なんで私が毎日毎日野良仕事をしなければならないの! はっ、これは追放パターン? 無実の罪で王都を追放された聖女の私がスローライフで無双するという、黄金のパターンなのかしらっ」
すっかり金髪もくすんでしまい、手に豆を作ったヤロミーラが、相変わらずの妄言をはきだします。
「ヤロミーラ、夢みたいな事ばかり言っていないで、手を動かすんだ、大豆の選別がまだだよ」
「あなたは悔しくないのっ、ジョナス! 私たちが農場であくせく働いている間、フローチェたちは豪華な宮殿で相撲三昧なのよっ!!」
平民のジョナスは意外にも平穏な笑顔で笑います。
「僕はなぜだか気にならないんだ。誰が王都で贅沢な暮らしをしていると聞いても心は動かない。ねえ、ヤロミーラ、僕は今の生活が意外に好きだよ。大変だけれど、なんだか生きてるなあって実感があるし、そばには愛する君もいるしね」
それを聞いて、ヤロミーラはみるみる赤くなりました。
「も、もうっ! 張り合いのないっ、嫌な人ねっ!!」
そう、悪態をつくヤロミーラをジョナスは微笑んで見つめます。
もちろん、手元では、大豆の選別を止めません。
「わ、私はあきらめないわっ! かならず王都に返り咲いて、奴らをぎゃふんって言わせてやるんだからねっ!!」
「はいはい」
追放された二人は、なんだかんだ言っても、意外に幸せなのかもしれません。
では、東の開拓地を見てみましょう。
ここは北の開拓地よりも地味も良く少しだけ発展しています。
夕暮れの東の開拓地では一人の男が黙々と鉄砲柱にてっぽうを打っています。
隆々とした筋肉に浮かぶ汗も拭かず、魔族の血の証である鱗も隠そうともしていません。
エアハルトです。
昼の農作業のあと、彼は相撲の修行を黙々とこなします。
その甲斐があって開拓地相撲では向かうところ敵がありません。
何時か彼を王都の大相撲に参加させようと、村人たちがお金を寄進しています。
自分のような罪人に、もうしわけ無くもありがたいと、エアハルトは感謝を込めててっぽうを打ちます。
『エアハルトさま』
夕闇の淀みの部分に、奇っ怪な目だけの魔物が現れました。
「ダブンか、何か」
『このたびは国を落とせず残念でございましたな。魔王様が魔王軍にあなたさまを呼べとおっしゃっておりました。何時までも農民の真似事をせずに、軍に来ていただけませんか?』
エアハルトは薄く笑っててっぽうを打ち続けます。
「ダブンよ、世界は広い。そして、人は強い。私はただの無知蒙昧な子供だったよ」
『卑下なさいますな。あなた様は魔王軍の中においても四天王と匹敵するほどのお力です。お父上の魔王様の後を継ぐとて、誰も文句はいいますまい』
「ダブンよ。私はスモウがやりたい」
『あの女力士めを見返したいのでございますか?』
「ちがう、そうではない、いや、そうかもしれない……。私は、フローチェを越え、自由になりたいのかもしれない」
『エアハルトさま……』
エアハルトは鉄砲柱を抱くようにして頬を寄せます。
「解らない、スモウを極めた向こうに、私の欲しい物が眠っているような、そんな感じがするんだ、だから、父の元へ行けない」
『左様ですか……』
ダブンの声は沈みます。
「私は開拓地の人たちからの恩も返さねばならない、そして近衛騎士団から私を慕って追ってきた部下たちにも報わねばならない。十年、私はここで罪を償う」
『……魔王様はがっかりなさいますぞ』
「たぶん、私は十年の後、父の元には行かない、旅に出ると思う。世界を見て、その大きさを知りたいのだ。父にそう伝えてくれないか」
ダブンは静かに涙を流しました。
『エアハルトさま、大きくなられましたな』
「そうだな、私は、少し大人になれたのかもしれない」
そう言って、再びエアハルトは鉄砲柱にてっぽうを打ち始めます。
ダブンはそっと建物の影に隠れ、去りました。
魔王城は魔族の国の中央にそびえ立っています。
その玉座に麗しき魔王は座っています。
「わかった、ダブン、馬鹿息子が悪りいな」
『そんな、魔王様、エアハルトさまは素晴らしいお坊ちゃまでございますぞ』
「ずっと見ていたお前は、あいつに甘いなあ。そうかそうか、十年罪を償って、その後旅にでるか、いいねえ、そうじゃねえとな」
『は?』
「王国を献上したりよ、今回の誘いにほいほい乗るようだったら、俺はあいつを見放して軍の隊長にでもして使い潰すつもりだったのよ」
『なんとっ!!』
「魔族の力を使って自分の居場所をオヤジに献上だあ? 馬鹿じゃねえのか、そんな事で俺が喜ぶとでも思ってたのかね。俺はそういう奴は嫌いだぜ」
『ま、魔王様、た、たしかにあなた様はそういうお方でしたが……』
魔王は血のように赤い蒸留酒を入れたグラスをくるくると回しました。
顔には愉快そうな笑みが浮かんでいます。
「だが、負けたのはいいな、よく馬鹿息子を負かしてくれたよ。あいつも身の程を知っただろう。負けを知って、そこから立ち上がる、そういう奴は強ええよ。いや、楽しみだな」
魔王は声を出して笑います。
「スモウか、面白い武道だ、聖属性の儀式魔法らしいが、魔属性の儀式にも出来るんじゃねえか? 面白え、面白え、魔王軍の腕自慢を集めろっ!」
『ど、どうなさるので?』
「きまってるだろう、魔界ズモウで、オオズモウに殴り込みだっ! へへ、血が騒いできたぜ。人化できる奴をアリアガルドに潜入させて、スモウについて調べさせろ!」
『ははぁっ』
魔国から、剣呑な空気が漂います。
アリアガルドの国技館の庭では、アデラが鼻歌を歌いながら掃き清めています。
「まあ、奇跡的に上手くいったわよね、私、天才、って、まあ異世界の神様のおかげなんだけどね~」
今は午前中で、国技館にも人影は少ないのです。
「色んな文化も入ってきたし、美味しい物も沢山味わえるし、国技館を通じて極楽の物資も輸入できるしで、もう、言うこと無いわね」
アデラは箒を持つ手を合わせて祈ります。
「このまま、平和な大相撲時代が続きますように」
そして、アデラは箒の柄をマイク代わりに相撲甚句を歌い始めます。
「ハァ~~、勧進元や、世話人衆~~、お集まりなる、皆様よ~♪ いろいろお世話に、なりました~~♪ お名残惜しゅうは、候えど~、今日はお別れ、せにゃならぬ~♪」
アデラの綺麗な歌声が国技館の庭に響きわたります。
「我々発ったる、その後も、お家繁盛、町繁盛~~♪ 悪い病の、流行らぬよう~~、陰からお祈り、いたします~~♪」
おや、建物の影から美しい歌声が聞こえたと思ったら、廻しドレス姿のフローチェが現れ、アデラによりそい、甚句を合唱します。
「これから我々、一行も~~、しばらく地方ば、巡業して~~♪ 晴れの場所にて、出世して~~♪ またのご縁が、あったなら~~、再び当地に、参ります~~♪」
綺麗なソプラノの声が混ざりました。
廻し姿も凜々しいリジー王子が笑いながら歌に混ざります。
「その時ゃ~、これに勝りしご贔屓を~~♪ どうか。ひとえに~、ヨーホホホイ~~♪ ハァ~、願います、ヨー~~~♪」
三人の合唱する甚句は空に溶けていきます。
はぁどすこいどすこい。




