表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

41/44

第37話 エアハルトは相撲の神髄に触れ、真の姿を現す

 エアハルトと私は激突した。


 ドッカーーン!!


 重心の高かったエアハルトは私に押し出される。


「ぐうっ! まさかっ! これほどっ!」


 押す、押す、押す、更に押す。

 がっしりともろ差しでエアハルトを土俵際に向けてどんどん押していく。


「ぐうっ!」


 エアハルトはたまらず腰を落とし、重心を下げる。

 その瞬間を見逃さず、足を掛ける。


「やったっ! 親方!」

「瞬殺!」


 だが、アリアカ国番付で横綱の男の才能は伊達ではない。

 掛けた足をするりとかわし私の突進を止める。

 なんという粘り腰かっ!


「……正直舐めていた、児戯かと思ったが……」


 動きが巧みだな、さすがは近衛騎士団団長、格闘技も習得している。

 ユスチン氏と似た動きをする。


 エアハルトは私の腕の上から廻しを取る。

 筋力も高い。


 土俵の上でお互いの動きが止まる。


「これは戦いながら覚えさせてもらおう」

「やってみなさい」


 相撲スピリッツを高速回転させる。

 腕力を上げて、エアハルトをじりじりと押していく。


 エアハルトが力を入れて押しを止める。

 その止めた力を使い引いて、回転をかけてエアハルトの体勢を崩す。


「押し、引きっ! かっ!」


 彼の反射は早い、押しを一瞬でやめ、腰を落として力を吸収する。

 引きを止めたなら、押しだ。

 押し込んで行くと、エアハルトは慌てて対応する。


「ぐっくっ!」


 さすがはエアハルト、高速の押し引きも冷静に対処して踏みとどまる。


「のこった、のこった!」


 王様の行司も堂に入ってるわね。

 短時間ですごいわ。


 エアハルトが押してくる。

 私が引いてさばく。

 足を掛けて体勢をくずさんとする。

 これは相撲の技じゃなくて、格闘技ね。

 よくこなれた掛け技だわ。


 すかして、今度は私が彼の体勢を崩し、内股すくいをかける。

 その一瞬でエアハルトが私の廻しを取り、引きつけて技を崩す。


 がっぷり四つの形になったわ。

 やるわね。


「思ったより、はぁはぁ、ずっと高度な駆け引きだ……」

「まだまだよ、新人力士さん」


 がっぷり四つから、右に崩して上手投げをねらう。

 エアハルトの体がくずれるが、彼は土俵際で俵を使って持ちこたえる。


「のこった、のこった!!」


 腰の粘りと下半身のバネが凄いわね。

 ユスチン氏だったら、今投げられていたわ。


 重心を下げ、腰を回し、エアハルトは持ち直した。

 なかなかの強敵ね。

 覚えが凄く早いわ。


「はぁはぁ、これは……、すごく……」


 相撲中に喋るのは悪手よ。

 エアハルトの胸に頭を付ける。

 彼の差し手をかかえこみ、全身を使って、ねじる!


 これが、頭捻ずぶねりよっ!


 ねじりの途中で、これは危ないと踏んだのか、エアハルトは差し手に力をいれてねじれを止めた。

 なんという金剛力か!

 ねじれの力の方向をつかんで、足を差し込んでくる。

 判断力も良い。


 ねじりを解いて離れる。

 すごいわ、さすがはアリアカ国番付横綱ね。


 組合がとけてしまった。


「のこった、のこった」


 エアハルトが組み合おうと手を伸ばしてくる。

 それを手でいなして、すり足で横へ移動する。

 接近して、彼の廻しを取る。

 彼も私の廻しをとって、再びがっぷり四つ。


「昔はね、ダンスパーティで女の子と踊るのが嬉しかった、わくわくした」


 相撲中に何を言い出すのかしら、このチャラ男は。


「今は、君と組み合ってスモウをするのが、あの頃みたいにわくわくするねっ!」

「まあ、嫌な人ね」


 相撲はダンスではないわよ。

 もっともっと、凄い物なのよっ!

 はぁどすこいどすこい!!


 エアハルトは笑顔を浮かべていた。

 土俵に上がる前に見せていたニヤニヤした暗い笑いでは無い。

 全てを吹っ切ったような、そんな良い笑顔だ。


 笑顔はいい。

 相撲は皆を笑顔にする武道だ。

 裸一貫で、武器を持たず、鍛え上げた技と、鍛え抜いた肉体と、磨き上げた精神で戦う神事だ。

 相撲の魂を得た人間は、土俵でもバフを得る。


 エアハルトの力が上がる。

 技が早くなる。

 動きが洗練されていく。


 もの凄い強敵だ。

 だが、それでいい。

 思惑も、悩みも、陰謀も、土俵の上では溶けて消える。

 裸の人間と人間がぶつかり合い、汗を流し死力を尽くして戦いあう。


 それが相撲なのだから。


「いくぞっ! フローチェ!!」

「こいっ! エアハルトッ!!」


 技と技の応酬が始まる。

 エアハルトは覚えた格闘技の技を相撲に翻訳して掛けてくる。

 私は、伝統的に練習した相撲の技の全てをぶつける。


「フローチェ!! フローチェ!!」

「エ、エアハルトさまー!! が、がんばれーっ!!」


 声援が飛ぶ。

 エアハルトへの声援も、最初はおずおずと、そして力を増して掛かっていく。

 みなが食い入るように大一番に燃え上がっている。


「なんという楽しさだ、なんという武道なのだっ」

「相撲は全ての人を笑顔にするわっ!」

「ああ、スモウ、私はなんと人生を損していたのだっ、もっと早くこの武道に出会っていたら」

「人生に手遅れなんか無いわっ! これから相撲道に精進すればいいじゃないっ!!」

「ああ、そうか、ああ、そうなのか、これがスモウの境地か」


 すっかりエアハルトも相撲が気に入ったようね。


「フローチェ、私のすべての力でぶつかるべきだろうか」

「相撲に出し惜しみなぞ無用! 全ての力を使って来なさいっ!! 魔族の力でも、魔王の血でも、なんでも受け止めてあげるわっ!!」


 エアハルトは笑いながら、涙を一粒こぼした。


「ああ、なんという、なんという女なんだ、君は、では、使わせてもらおうっ」


 エアハルトの体がぼこりと膨れた。

 体中に鱗が生えた。

 角が額から伸びた。

 両手に鋭い爪が生える。

 背が二倍近くに伸び、筋肉隆々の悪魔がそこにはいた。

 それは人とは異なる形でありながら、均整が取れて美しいともいえる姿だった。


「悪魔でもなんでも掛かってきなさいっ!! わたしは付与魔法無しであなたを叩きのめすっ!! 上には上が居るって思い知らせてやるわっ!!」

「イクゾ、フローチェ!!」


 悪魔化したエアハルトが突進してきた。

 私も突進した。


 土俵の真ん中で私たちは激突する。


「のこったのこった!!」


 王様の緊迫した声が国技館に響き渡る。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 応援ツイートっ
[良い点] 相撲は父が見てるのを横目でちらっと見ていただけで、技など全然分かりまでんが、ここまで一気に読める楽しさでした。 続きも楽しみにしてます。 [一言] ツイッターから来ました
[一言] 悪魔なら「閣下」と呼ばれる大悪魔が頻繁にお相撲見に来てるし 許容範囲ですね
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ