第36話 アリアカ国横綱と相撲令嬢の戦いは舌戦から始まる
「ひがああああしい、フローチェェ~~~、フローチェェ~~~、にぃしぃ~~~、エアハルトォォ~~~~、エアハルトォォ~~~~」
アデ吉が呼び出しをかけた。
私は土俵に上がる。
エアハルトも上がって来た、
彼は鎧を着て、二本のナイフを腰に差して、ニヤニヤと笑う。
「武器の持ち込みは良いのだろう」
「かまわないわ」
私は塩を取って土俵に撒いた。
「三番勝負を挑んだのは、君を確実にここで殺すためだ」
「そう」
「今のこの国のかなめはフローチェ、君だ。君さえ殺せば、この国を滅ぼすのはたやすい」
「へえ」
私は四股を踏んだ。
「格闘技なぞ、ナイフに掛かれば一瞬だ。どれほどのデバフが掛かろうとね」
私は返事をしない。
手を広げ、四股を踏む。
エアハルトは舌打ちをした。
「死ぬ事が怖く無いのかっ! 君はっ!」
「勝負の結果なら怖く無いわよ」
「馬鹿なっ! やせ我慢をするなっ! そんな奴が居るわけがないっ」
なに怒ってるのかしらね。
「死んだら終わりだろう、君の将来の幸せも、そこで終わるのだぞっ」
「私が死んでも、誰かが私の思いをついでくれるわよ」
「そんな事をして、何になる、自分の幸せを捨てて、誰かの幸せを祈る人間がいる訳が無い、君は嘘つきだ」
「嘘つきはあなたでしょう? 自分だけの幸せを追求しているように見せてるけど、違うでしょ。お父さんに認められたいだけのくせに」
エアハルトは息をのんで一歩下がった。
「何を言ってる、ち、父は死んだ」
「本物のお父さんの事よ、魔王様ね」
彼は目を見開いてこちらを見た。
ああ、でも、誰かに認められたいというのは、自分の幸せの追求でもあるか。
でも、ヤロミーラの自分だけ良ければ良いというのとは、ちょっと違うかもね。
エアハルトルートのテーマは『高慢』であるのよね。
魔王と人間の間に生まれた彼は高スペックで何でも出来た。
勉強も、戦いも、素晴らしい成果を見せた。
彼は他人を見下していた。
自分が簡単にできる事が他人には出来ない。
そんな経験を経てエアハルトは思い上がった。
心の底に王国への侮りが生まれ、国を落とし、父である魔王に献上しようとしたのだ。
その彼を変えたのが、原作ゲームの聖女ヤロミーラだった。
彼女は、エアハルトに彼が決して勝てない価値観を示した。
それは、愛、だった。
エアハルトは愛には勝てなかった。
ヤロミーラの献身的な行動に魂が縛り付けられ、彼は屈服し、永遠の愛を誓った。
私は愛の力でエアハルトを屈服させる事はできない。
だから、私が使うのは、力、だ。
圧倒的な力で、彼の心を折る!
それが私のやり方だ。
「どこまで知っている、貴様、転生者か」
「そうよ、馬鹿の後始末の為に転生したみたい。でも、たぶん、これが本当の私だわ」
「武器も無く、ただ殺される為に児戯を行う、それが本当のおまえかっ!」
「そうよ、素手で、相撲で、あなたと戦うわ。それが私の誇りよ」
私はエアハルトを指さした。
「今回は相撲に掛かる付与魔法も使わないわ、あなたみたいな弱虫相手には相撲本体で十分よ」
「なん、だと……」
エアハルトの顔が歪んだ。
「私のどこが弱虫だと言うのだっ! 答えろフローチェ!!」
私は片頬で笑った。
「素手の女相手に、甲冑を着て、刃物を二本も使う。その姿が怯懦で無くてなんなの。そこまでしないと、勝てないと解って恐れているのよ」
「貴様あっ……」
怒りの表情をエアハルトは浮かべる。
私はさらに笑う。
「お父様は褒めてくださるわ、魔王は卑怯な事がお好きなのでしょう。素手の娘をナイフで切り刻むような息子をもって誇らしく思う事でしょうね」
「ふ、ふざけるなっ!! 父は、我が父は悪名は高いが、誇り高い方だっ!! そんな事をよろこぶ……、訳が……」
エアハルトは気がついた。
ここで私を倒し、国を献上するとき、誇りを持って魔王の前に立てるかどうかを。
「あなたは嘘ばかり、体面ばかり気にして、裸になる事もできない。幼稚で怯懦な男なのよ」
「だまれ、勝てばよかろうなのだ、負けては、全てが無くなる……」
「負けるのが怖いの? あなたは、魔族とみんなに知られて、排斥されるのが怖いの?」
「俺は、俺は……」
私は声を張り上げた。
「あなたはヤロミーラと同じよ、自分の事ばかり考えて、嘘ばかり、卑劣な行為も自分の為ならやれるわ、そんな誇りを持てない男に、私が負ける訳がないじゃないっ!!」
エアハルトは苦悩している。
脂汗をかいて、呼吸が荒い。
「俺は、あいつとは違う、俺は誇りがある……」
「では、甲冑を脱ぎなさい」
「だが……」
「魔族とばれるのが怖いの? あなたはお母様と魔王の愛が間違っていたと、そう言いたいのっ!!」
「母は間違っていないっ!! 父もだっ!! 母はいつも、俺の養父に殴られていた、不義をののしられていた、でも、それでも俺を愛してくれてっ!!」
「そんなのは知らないわ、自分で勝手に悩みなさいよ、さあ、勝負が始まるわよ」
エアハルトは大きく息を吐いた。
「わかった、俺が間違っていた。すまない。誇りは大事だ。俺は勝負を汚すような真似をした」
そう言うと、彼はナイフを投げ捨て、甲冑を脱いで全裸になった。
均整の取れた美しい肉体だった。
だが。
その右肩から腕の先まで、真っ青な鱗が生えていた。
両足も鱗があり、足先にはとがった爪が生えている。
……。
ああ。
そういえば、イベントで、ヤロミーラに魔族と告白するシーンの為に、エアハルトだけ全裸スチルがあるんだったわ。
だからフォーマルな場所でも服を脱げるのね。
「魔族、魔族だっ、エアハルト近衛騎士団長は魔族だったのだーっ!!」
「なんという嘘つきなんだ、あいつのせいで、ジョナス王子は道を間違ったんだっ!!」
「魔族!! 汚らわしい魔族だあっ!!」
観客席から罵声が飛んだ。
お土産セットに付いているビール缶や冷凍ミカンなどが土俵に投げ込まれた。
「馬鹿もんっ!! 神聖な勝負の場所に何をするかっ!!」
立行司すがたのアルヴィ王の大喝が飛び、観客席の騒ぎは収まった。
アデ吉が投げ込まれた缶やミカンを掃除する。
空中から、黒いマワシがゆっくり降りてきて、エアハルトの手元におさまった。
「ユスチン、クリフトン、廻しを締めるのを手伝ってあげなさい」
「おうっ」
「わかりました、親方」
二人が黙ってエアハルトに廻しを締める。
その間に、懸賞旗をもった呼び出しさんたちが土俵の回りをまわる。
沢山懸賞が付いたわね、五十本はあるわ。
「さあ、相撲を始めましょう」
「解った、なんだか……、迷いが吹っ切れた感じがする」
「がんばってください、エアハルトさん」
「親方は強いから、胸を借りる感じでさ」
激励をしたユスチンとクリフトンを、エアハルトは信じられない物を見る表情で眺めた。
「俺たちは敵同士だぞ……」
「スモウはそういうもんじゃねえよっ」
「すぐ、解りますよ、あなたにも」
二人は笑って土俵を降りた。
立行司の王様が土俵中央に立つ。
「番数も取り進みましたるところ、かたやフローチェ、フローチェ、こなたエアハルト、エアハルト、この相撲一番にて、千秋楽にござりまする~」
王様も良い声ね。
エアハルトと向かい合う。
にらみ合い、お互いの気を高めていく。
呼吸が合わない。
離れて、塩を撒き、屈伸をする。
また、二人でにらみ合う。
「見あって、見あってー」
呼吸が合った。
とんとお互い地面に拳をつける。
「はっきょいっ!!」
アリアカ場所、結びの一番が始まった。




