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宿の部屋から外を望むと、さっきまでの吹雪が、しんしんと穏やかな雪に変わり、空の雲は明るくなっている。
まだ日の半分が過ぎたぐらいばかり。一命を取り留めた公爵は、すっかり傷が癒えているが、ベッドに押し込められて退屈そうにしている。
フィンリーは、従者たちと別室で話をしている。
公爵様は助かったけど、一体どうして襲われたのかしら?
『ルナ、だれがはんにんかきになる?』
『まちのようせいたちにきいてもいいよぉ~』
妖精たちは契約が嬉しくて仕方ないのか、あれこれと提案してくる。その度に首を振って断るが、煩わしくて仕方がない。
妖精たちは加減を知らないのよ。私を介するとその力は際限が分からない。昔はこんなにだったかしら? 思い出せない。
窓の外に目を向けて、この時間をやり過ごしたら辻馬車で隣町まで移動しようと心に決める。
妖精たちの契約、私が屋敷に戻らなければ、妖精たちが不履行で一番安全な契約ね。
「うん!」と、小さく拳を握って頷くと、公爵様から声を掛けられた。
「ルナ、少し話をしよう。こちらに来なさい」
かしこまりましたと、お辞儀をして、ベッドに寝かされている公爵のそばに、椅子に座らせてもらう。
「ルナ、お前には済まない事をした。外聞は気にすることはない。こちらで何とかしよう。血筋だけだと思っていたが、まさか妖精の血に助けられるとは。ありがとう」
「いえ、済まないと旦那様がおっしゃる事では御座いません」
人売りに奴隷として売られるところだった。想像以上に酷い目に遭っていたかも知れない。それを思うと、全てがマシだと思って暮らしてきた。
「外聞の事はもう良いのです。私はこのまま、他の暮らしを探す機会と考えておりますので、お暇させていただきたいのです……」
そういうと、旦那様は顎に手をやり何やら考え事を始め、私の話に反する事を言い出す。
「うむ。お前のその古い血だが、その昔、王族がお前の先祖を追放して以来国が傾き、妖精の血は絶えたと言い伝えられている。お前がエッガー家を去ったら、この領地は衰退していくかも知れんな……そんな事も気がつかず、それがこのざまだ」
公爵は強盗に襲われたという腹部の傷を大げさに見せる様に、両手を大きく広げて笑った。高齢に負けない覇気がある。
……悪戯っぽくお笑いになる。そういう時は、フィンリー様と似ていらして、本当に親子なのだと思わされるわ。……クラミー様はこの方のどこが似ているのか思いつくところが無い。ご気性も見かけも何もかもが違うわ。
「お前が今、エッガー家を出て行くと困る。また襲われるといかんでな。事情を知った者に仕えてもらわねば適わぬ」
命を楯に、公爵がルナの願いを却下すると、ルナはもう従うしかない。せっかくの決意が一瞬で崩されてしまった。
去れば災厄、残れど災厄。
「呪われた血」と言っても過言ではないかも知れない。私が屋敷に戻れば、どれだけ悲惨な目に遭う者が現れるか知れたものでは無いのに……
フィンリー様ったら、なんだってあんな契約を思いついたのか、底意地が悪いような気がする。お優しいのか、何なのか。妖精と似たような気性の方なのかしら。