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フィンリーは、町の人混みに馬車の動きが遅くなると、御者に言い伝えて馬車を降りる。
冷えた土ぼこりが舞う人波に紛れながら、ルナを探す。
「急に寒くなった、これでは凍えてしまう。さっきまで季節に合わない程暖かかったのに」
息が白い。ろくな外套も着ずに歩いているはずのルナを心配する。
「あの子はいつもこうだ……」
ルナは何かに苛まれて探せば、災難に遭っているがいつもギリギリで運が良い様な気がするが、決して恵まれているとは思えない。昨夜も窓の外の木々が風も無いのに騒ついて目が覚め、窓から中庭を覗くと客室に向かう兄が目に入った。
「俺が居ない間に縁談が決まって、式まで上げてしまうとは思わなかった。連れて帰れば、今度は……」
間に合わない事もあると知ってゾッとする。屋敷の者たちに冷遇されている事にも気が付かなかった。そして、兄があんなに狼藉者だと思い知らさせるとは。
フィンリーは町中を、ルナが行きそうな場所、過去に見かけた場所を歩く。
初めて屋敷に連れられて来たルナを思い出す。痩せて煤けた服を着た小さなルナが、靴だけは真新しく連れて来られていた。
人売りに囚われていたのを保護された流れで、屋敷がメイド見習いとして引き取ったのだ。
ルナには古い血を受け継いでいるという印が、その目に表れているという。昼と夜で目の色が変わり、妖精の血が流れている一族の末裔ではと。
大人たちが迷信めいた話をコソコソと話している足元で、履かされた新しい靴を珍しそうに眺めてしゃがみこむルナ。隠れて話を聞いていた自分と目が合った。
その目の色がどうのとではなく、芯の強そうなキレイな瞳がとても印象的だった。ふいにいたずらっぽい笑顔を返してくる。
しばらくは一緒に遊ぶのを許されたが、メイド見習いとしての仕事が始まると、口を聞けるのは屋敷の外でばかりとなった。次第次第に遠慮がちに距離を置かれてしまうようになり、声を掛けられる隙も与えてくれなくなっていた。
「あの兄の弟だと警戒されていたとしたら、ルナには絶望的に嫌われているかもしれない。いや、そんなはずは……」
雪がチラチラと舞い落ちてきた。風が舞う方に目をやると、中央広場に植えられた街路樹の下にルナがたたずんでいた。何やらコソコソと独り言を言っている。
『ルナがここにかえるまで、ゆきのようせいに、ゆきをふらせないでいてもらったのよ』
「だめよ、そんなことしちゃ」
『じゃぁ、あのみちでとうししたかったの? 』
「死にたく……は、無かったわよ」
『だから、わたしたちをよんでほしかったのに。そしたらけっこんなんてさいしょっからぶっつぶしてあげたのに』
「だからって、今、このタイミング? 」
『そうよ、かえってこれたじゃない』
「でも、結局、あなた達が雪を降らせたら台無しじゃない! 凍えて足留めくらっちゃったわ! まさか、雪を降らせる歌だったなんて知らなかったわよ! どうするのよ! 」
『ルナ、だいじょうぶよ、ほら』
妖精たちが団子のようになってウインクして、ルナの後ろを指差して消える。ルナは、恐る恐る後ろを振り返る。
「それで、ルナはどうする? 」
と、聞こえる声だけを立ち聞きしていたフィンリーがルナの背後に立っていた。
「フィンリー様、いつからそこに……聞いていらっしゃったの? 話をどこまで? 」
今朝から二度も妖精たちとの会話を聞かれて、隠しようがない。妖精が再び歌を歌い始めると、町中は吹雪き始めた。
「妖精と話してたのか? このままじゃ凍えそうなんだ。外套を買いに行きたいんだが、付き合ってもらえるか? 父上と、御者の分も買いたい。もちろん、ルナの分も」
妖精の話をすっかり慣れた調子のフィンリーに再び捕まって、緊急事態と言われれば断りようもなく、ルナはフィンリーに連れられて町の服屋に飛び込んだ。