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朝、いただいた軽食を半分包んで、荷物の整理をし、私はエッガー家から出ようとしていた。フィンリー様が困った顔をして、町まで送ると強引な態度を取り、屋敷の者たちは訝しい目で私を睨んでいた。
こんな状態では、町でも暮らせないかも知れない。なんて噂が流れるか分からない。噂が流れる前に、私は出来るだけお金を用意して違う町に流れて行かなければならない……。
妖精たちに頼らなければならないかも……
人前では妖精たちは静かに隠れる。
結局、昨日と同じ馬車に乗せられて、フィンリー様と町まで行く事になった。旦那様を迎えに行くついでという事情で。
「旦那様には、どうぞ宜しくお伝えください。私のせいで相手方が男爵家とはいえ、公爵家に泥を塗ってしまいました」
「今から会って話せばいいだろう。私も口添えする」
合わせる顔がないのに……どれだけ迷惑を掛けたか。確かに、ちゃんとお詫びするのが相応でしょうけれど……
濡れ衣の生き恥が増えたのは、手紙を持っていた所為だ。さっさと破り捨てて……この街に戻るなんてしなければ良かった。失踪してしまう方がまだ賢い選択だった。まさか、修学中のフィンリー様が戻って来られるところに出くわすなんて思わなかった。
長いガーデンを過ぎ、屋敷の敷地の外に出て、林道を通り過ぎる。道の先々に公爵家より小さな屋敷をいくつか見れば、その先は間も無く町になる。
「ため息ばかりだな、ルナ」
フィンリー様が話し掛けて、私は身構える。
「申し訳ありません」
気がつかれない様に小さく吐いていたつもりだったが、だいぶ失礼な事をしてしまっていた。
「あのまま屋敷に居させられないなんて、情けなくて申し訳ないのはこっちだよ。男爵家だって、あれで事を済まそうとするとは……」
フィンリー様は、昨晩の異能を見て何とも思わないのか……元々そういう血筋であると言っても、昔は王族に仕えたという記録があるが血が途絶えたとも噂され、伝承レベルでしかない。
「フィンリー様、もう、ここで降ろしていただきたいのですが」
町の入り口のゲートが見える。その手前でお願いすると、フィンリー様はさらに困った顔をして私の顔を覗き込む。そのお顔で見つめられと、本当に辛い。もう何年も会ってなかったお顔立ちは、さらに精悍に整って見ていられない。
仕方ないと馬車を止めて、私はトランクと共に降ろされた。
「ここからは時間の勝負ね……」
不思議と心も気持ちも軽い。
エッガー公爵領の外に出るまでの段取りを考えなければならない。そして、どうやって生きて行こうか? 最悪は妖精たちに助けてもらって占い師でもしてみる? ダークサイドな感じで生きて行くのも、もしかしたら面白いかも知れない。 運が良ければ朗読の仕事でも得られたら……いや、紹介状もないのにそれは無理か。メイド以上の仕事につくのは、今の身分では難しそうだ。
フィンリー様の乗った馬車が先にゲートをくぐり町に消えると、ゆっくりとした足取りで、ゲートに向かう。
見送った後、片想いに改めて別れを告げる。思ったよりも寂しくない。妖精たちがいるからだろうか?
私の気持ちに呼応するかの様に、他の者には見えない妖精たちが私の肩に集まって歌を歌い始める。私も自然にその歌を口ずさむ。それが何の歌なのか、私は知らない。