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『ルナ、おきて、めをさまして』
『ルナ、ルナ、ルナ! 』
囁く幼子の様な声が優しく私の名前を連呼する。微睡む私の目に、小さき者たちがふわふわと映り込む。
カーテンから朝陽が漏れて、部屋を明るくしている。
妖精。しばらく見ていなかったのは、私が血の力を使わず拒否し続けていたから。久方振りに力を使ってしまい、妖精たちが共鳴して集まっている。力を覚醒させてしまうとしばらくはこの状態になってしまう。
見えない振りをして身体を起こすと、妖精たちがむくれ始める。
『ルナ、さびしかった』
『ルナ、あいたかった』
すぐそばに居ながら声を掛けても聴こえなかった私に妖精たちは恨みながら、頬ずりやらキスを繰り返してひっついてくる。
『ルナ、もどってきたね』
『ルナ、わたしたちうれしい』
小さな声もこう忙しく話し掛けてくると煩わしい。妖精たちに愛されているというのも、時には辛い。私は人間なのだから。妖精たちを裏切り続けて10年、まだ私を求めるなんてどうかしてる。執拗な上に気が長いのは、妖精たちの厄介な習性。
着替えようとする私の頭に妖精たちが群がり、髪を解き結い始める。待ってましたと言わんばかりに、私の髪を奪い合うが、どんどん整えられていく。
「もう、勘弁して! 」
『だめよ、はりこしごとてつだわせるつもりだったくせに~~プンスカ! 』
「プンスカ……って、口に出す音じゃないんだけど。自分でやるつもりだったわよ。はぁーー」
誰もいない客室と、妖精たちが私が脱ぎ捨てた寝間着を宙に浮かべて修復していく。
「ちょっと待って! あなた達、調子に乗り過ぎ! 」
過去、今まで私が何を求めようが何をしようが口先だけだった妖精たちが暴走している。こんなに妖精たちが思うままに動き回るのはなぜ? こんなに力があったのか?
私の周りを妖精たちが旋回する。懐かしさに気持ちまで幼い頃に戻りそうになる。
『ルナね、げんきになったでしょ』
「……元気? 」
『ルナがげんきだとわたしたちもげんきになるよ』
衰えて死ぬまで生き長らえるだけと暮らすつもり。元気に? 私が? 身体は元々割と丈夫よ? 戸惑いながら、私は着替え終わり、部屋の壁に掛けられた鏡で自分の姿を見る。
何がどうと変わってもいない。昨日の殴られた傷はすっかり消えていた。その記憶を辿ると、私の顔は見る見る赤くなっていく。
フィンリー様にキスをされた
耳の先から湯気が出るのではないかと思うほど動揺する。本当なら、とっくに昨日の朝には人妻になっていたはずの私が、長い片想いに揺り返されている。
『フィンリー、ラブラブ~~』
『ルナ、キスした~~』
妖精たちが大はしゃぎする。どんどん妖精たちが話を展開させるので、やめて欲しい。幼い頃、妖精たちに告げられた事を素直に話して、どれだけ人々に白い目で見られてきたか!
「ちょっと待って、違うの! あれは、私に同情して、慰めてくれただけなの! 不幸中のちょっとしたラッキーなだけだから! もう、忘れて! 」
私が妖精たちの盛り上がりを諌めようと声を張り上げると、ノックと同時にドアが開いた。
「……忘れられちゃうのか」
開いたドアから姿を見せたのは、フィンリー様だった。
「誰と話してる? 」
いつから聞いていらしたの?
腕組みをして首を傾げるフィンリー様に、私は顔が青くなったり赤くなったりを繰り返した。