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3

 深夜、客室に招かざる客人が訪れる。客人ではなく、この屋敷で三番目の身分の者。締めていたドアの鍵穴から金属が打ち合う音がして私は目を覚ます。


 慌てて身を起こして、ランプに火を点けると、ドアを開けたクラミーがドアを閉めてこちらに向かってくる。


「起きたのか、勘がいいな」


 ニヤリと笑うクラミーがランプの光に照らされて顔が浮き上がり、私は身の毛がよだつのを感じる。


「何を……」


 シーツを強く掴んで、ベッドから降りようとすると、クラミーがシーツに膝を乗り上げて、迫ってくる。


「お前が結婚を破棄された理由を確かめに来た」


 ゾッとする。私が文字が読める事を知る者はこの屋敷では、執事以上の者しか知らない。あの手紙には、私が処女では無かったとでっち上げられ、結婚を無効にするという内容だった。


 掴んでいたシーツを強引に引っ張られ、不安定になった私の両腕をクラミーがキツく握り、私が怯むと同時に、頬に強烈な衝撃が走った。


 思いっきり頬を殴られて、頭がぐらつき目に火花が飛んで見えるほどの激痛。身体から力が抜けていく。


「相変わらずお前はどんなに痛い目にあっても声を上げないな」


 サディストな声が耳元で聞こえると、寝間着を襟元から引き裂かれた。


「兄さん、何をしている」


 抵抗を諦めた私に、もう一人の声が聞こえた。フィンリー様の声。


「なんだ、フィンリー」


 眉をしかめるクラミーに、フィンリー様が語気を強める。


「この棟に向かっている兄さんの姿が見えたからね。婦女を殴って言いなりにしようとした事は、父上に報告します」


「ちっ!厄介な時に戻って来やがって」


 打ち棄てる様に言葉を吐くと、クラミーは客室のドアを乱暴に開けて出て行った。


 私は、破れた寝間着を隠す様にシーツを寄せると、不甲斐なくガタガタと震えが止まらない。


 次期公爵になるはずのクラミーは次々と不祥事を起こし明るみになる度に、家長から警告を受けているが素行が治まる気配がなく、修学の休みを取ってフィンリー様が戻られていた。


「ルナ、悪かったね。……だいぶ、酷くやられている」


 殴られた頬は、頬の骨が割れるのかと思うほどの衝撃を受けて腫れ始めている。明かりを当てれば、鬱血しているのが見えるだろう……震える手を頬に、殴られたところを隠す。フィンリー様に見せたくはない。


 頬を抑えた手に、フィンリー様の手が重なる。恐怖で震えていた身体に、甘く心臓が高鳴り、どっちで動揺しているのか混乱する。


「だ、大丈夫です」


「大丈夫じゃないだろう。冷やすものを用意するから待っててくれ」


 これ以上、フィンリー様に関わらせてはいけないと、私は決心する。


「フィンリー様、心配には及びません……ご覧ください……」


 私は腫れ上がろうとしている頬をフィンリー様に見せるようにして、古い血を滾らせる。私の手とフィンリー様の手が重なったまま、私の頬の傷みが消えていく。


「ルナ、これは? 」


「私の……血です。大昔の者程の力はありませんが、自分の体を治癒するぐらいなら……」


 わずかに残された妖精の力だが、それは誰かを救えるような力を持たず、絶えていこうとする古い血。この異端の血筋は、絶えてしまった方が良い。フィンリー様を忘れ、身に余る夢を見たのを後悔している。住み慣れた町に戻ろうとしたのも情けない。機会があれば遠くからお姿を見ることも出来るかと、未練が強かった。


「お判りいただけましたか? 私のような異能の者は、神の道に進む者を誑かす悪でしかありません。フィンリー様の、これ以上の情けは要りません」


 傷みが消えたはずの頬に涙が伝う。傷は癒えても心は治らない。納得した様な振りをして、フィンリー様が微笑むと、私の頬の涙を拭って、ゆっくりと顔を近づける。


「おやすみ」


 と、そういうと、頑なな私の唇に優しく唇を重ねた。目を合わせると、フィンリー様は静かに客室から立ち去った。


 呆然とする私は、引き裂かれた寝間着のまま、シーツごと身体を丸め、心が混乱する。思考が停止してしまうと、朝まで眠りにつくのだった。


 私は久々の熟睡を得るのだった。

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