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2

 町に着く頃には、空は紫色から青く暗い夜の色に染まり、冷ややかに瞬く星々が現れ始めていた。町通りの点々と明かりが灯るのを通り過ぎ、馬車はエッガー家の屋敷に到着する。


 待ちわびた執事のジェイスが、フィンリー様を迎える。ジェイスが何やら深刻そうにフィンリー様に耳打ちをした後、私に声を掛ける。


「ルナ、何か預かっていないか」


 一目で事情を察するジェイスが、私が男爵家から今回の騒動の理由を書いた手紙を持っていると判断したのか。私は、都合の悪い虚構の手紙を渡さざるを得なかった。


 フィンリー様を出迎えるエッガー家の面々に、私は嘲笑を抑えた眼差しを向けられ晒される。


 ジェイスの手元にある手紙を見て、読めもしないメイド達から笑い声が上がる。フィンリー様が、私の顔を覗き込んで心配するが、それすらも痛く悲しく、消えてしまいたい。


『だから、この屋敷に戻りたくなかったのに……』


「ジェイス、ルナを客室に案内してやれ。元男爵家御子息の元夫人様だ。丁重にな」


 クラミーが珍しく私に親切な提案をするが、その笑顔には下卑た者をみる蔑みが浮かんでいる。


 私の部屋は、縁談が決まったと同時に失くなった。寝台が床に近い薄く壊れかけた粗末なベッドでも、私の限られた場所だった。今は、もう、新人のメイドに充てがわれている。


 家人達が屋敷のエントランスから消えてしばらくすると、メイド長が私を客室に案内にやってくる。


「みっともないわね、ルナ。今夜だけはクラミー様のご慈悲を受けて、明日に出ていくのでしょう? お前の居場所はもうこの屋敷には無いのよ? 」


 メイド長がせせ笑う。侮蔑な態度は昔から、私はメイド達にはえらく嫌われていた。常に痣が絶えない日常を思い出し、身震いをする。たった数日の解放で、屋敷に戻ってきてしまった。


「ルナ、客室まで持とう」


 居間へと去ったはずのフィンリー様が直ぐ後ろに立っていた。私の手のトランクを強く上に持ち上げて、メイド長に冷たく言い放つ。


「ルナは私が連れ帰った客人だが、メイド長は礼儀を知らないのか? 」


 メイド長はフィンリー様に珍しく厳しい態度を取られて、その顔は青ざめた。敷き詰められた絨毯の床を、長い脚でスタスタとフィンリー様は客室へと向かった。


 私のトランクをメイド長が受け取ろうとするが、体良く断られる。


「この部屋にも軽食を頼む。私と同じものをだ。客人に用意するものが1つでも欠けていたら、降格をジェイスに託けるが、いいか? 」


「はい」


 客室に入るなり、慌てて部屋に明かりを灯すメイド長に、脅しのような声を掛ける。フィンリー様は甚く不機嫌だ。


 客室に寝具などが揃っているのか、軽く見渡すと、ベッドの横にトランクを置いて、フィンリー様はメイド長と私を残し、部屋を去った。メイド長は苦々しい顔を私に向けて睨むと、フィンリー様に追いつこうと部屋を飛び出していった。


「フィンリー様も、人が悪いわ……」


 私はそう呟いた。メイド長は、もう既に年ごろを越えて妙齢だが、フィンリー様に羨望の眼差しで仕えているのは誰もが知っている。私もその一人で、フィンリー様に名前を覚えられているというだけで、メイド達にはどれだけの嫌がらせを受けてきたか。フィンリー様は何もご存じない。


 元メイドの私に贅沢過ぎる客室が充てがわれた。一面のガラス窓、重厚なカーテン、美しい木目の調度品、椅子の高さまであるベッドと清潔なシーツ。何事もなく嫁いでいれば男爵家夫人へと出世を約束され、身分相応な部屋だったかもしれないが、そういう未来はとうに失われてしまった。


 心落ち着かないまま私は身支度を済ませ、眠ることにした。

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