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屋敷に戻ったのは翌日の朝。従者を一人、昨日のうちに屋敷に戻している。執事のジェイスへ報告が伝わっている。
馬車は白く染まった道をゆっくりと走る。防風林が無ければ、どこが道なのかも分からない銀世界。
私は長い髪を小さくまとめ、少年の従者に変装させられている。妖精たちは、やる気満々で楽しそうだ。
「くじのほうこう、あんぜんかくにんよーし! 」
「さんじのほうこう、あんぜんかくにんよーし! 」
「……! 」
「……! 」
屋敷までの道のり、常時この騒ぎで耳と頭がおかしくなる。10年もの間、妖精たちを拒否し続けてきたか分かるような気がする。でも、妖精たちは純粋で可愛い……けれど。
エッガー家の屋敷に着くと、白い息を吐きながらクラミーとジェイスが出迎える。クラミーが積極的に出迎えるなんて珍しい事だ。
「強盗に襲われたんだって? 話を聞いてゾッとしたよ……命に別状がなくて何よりだよ」
クラミーは父親である公爵を介助しようとフィンリーを押し退け、公爵の脇を支える。段差を上がる手助けをしながら公爵の背中と腹部に手を回す様子は、まるで刺し傷を探しているかのよう。
公爵様ったら、痛そうなふりまでして……ルナは思わず、クラミーに支えられる公爵の様子を見送ってぼうっとしてしまう。
「なんだ、そいつは見習いか?」
エントランスまで登り終えると、クラミーは振り返り、男装するルナを眺める。ルナは、深々とお辞儀をして顔を隠した。
「しばらく父上の介助をする為に連れてきた者だ」
フィンリーが応え、付いていく。
「……ふん」
階段の上からルナに一瞥を投げると、クラミーは公爵を支えて屋敷の奥に入って行く。
ルナは妖精たちに一言言わなければならない。妖精たちは、クラミーに激しく反応している。
『あいつ、いやなやつー! 』
『クラミー、ルナをなぐったやつ、ゆるさない~~』
『けいやくりこうする~~! 』
『ぶっとばーす! 』
妖精たちのテンションはダダ上がりしている。
「まだちょっと待って……、いったん過去の事は忘れて、今からのをお願い。私に直接害をなすだけでなく、旦那様をお守りすることも、私を守る事と同じなのよ? 忘れないで、よろしくね」
『わかってるよーまかせてー』
雪を踏みしめながら、妖精たちに言い聞かせ、ルナは遅れながら屋敷に入っていった。
あまり良い思い出が無い屋敷なのに、ほんの数日で懐かしいと思ってしまうなんて、やっぱり気持ち的には嫁いだ気分が抜けてないのかしら。それも良い思い出はないけれど……。
今までと違う緊張感で入る屋敷は、見慣れたはずなのに何もかもが違う景色に見えた。