幸せ過ぎて心臓が死ぬ
そして今、あたしはこれまでと変わらず、おじいちゃんが遺してくれた小さなカフェを営んでいる。
可愛いベルの音が響くカフェの扉から訪れるのは地球の地元の常連さん、奥の四人掛けの席に現れるのは異界からの来訪者たち。そこはなんら変わらない、これまで通りだ。
で、生活スペースの玄関っていうか裏口っていうかを出たら、なんとこれがエリュンヒルダ様が統べる世界、エリュトゥールに出ちゃうんだよね。
あたしと神官長様だけが、どっちの扉からも出られるという不思議仕様。
このお店の中だけは、地球の人達もエリュトゥールの人達も、はては異界の人達も存在できるようになっているらしい。どうなっているのかは詳しくはわからない。
今日もお店を閉める時刻になると、神官長様が裏口のドアを開けて帰ってくる。今ではあたしの居住スペースに、神官長様も一緒に住んでいるのだ。
「ただいま、アカリ」
「あっ、お帰りなさい! 神官長様、大好きです!」
「私も愛していますよ」
「……っ」
思わず言っちゃう「大好きです」に、極上の笑顔で「愛しています」なんて返されると、あたしはいつも真っ赤になって黙ってしまう。もうこの生活に入って一週間が経つのにまったく慣れない。
幸せ過ぎて心臓が死ぬ。
ユーリーン姫からは「神官長はあの通り慈愛は捨てるほどあっても性愛的なものなんかこれっぽっちも無いと思うわ。いいこと、アカリが押して押して押しまくるのよ! なんなら押し倒してしまいなさい!」なんて無茶ブリをされているわけだけど、そんなことできるわけがない。
神官長様に微笑まれるだけで天にも昇る思いなのに、好きだの愛してるだの言われたら、一瞬完全に息が止まる。
ミッションだと言い渡されているお帰りのキスもしくはお帰りのハグですら出来ないのにどうすればいいんだ。あたしは別にピュアでも奥手でもない筈なんだけど、なにしろ神官長様は麗しすぎる上に尊すぎる。ごめんなさいユーリーン姫、当分無理です。
「ところでアカリ、そろそろ名前で呼んでほしいのですが。まだ無理そうですか?」
「……神官長様が大好き過ぎて難しいです」
そう、名前呼びすらできてないんだよ。あたしってこんなにヘタレだったかなぁ。
「残念です」
それでもちょっぴり寂しそうに苦笑されると、途端に申し訳なさがむくむくと湧いて来る。
「ごめんなさい」
「いえ、これは私の我儘ですから」
「そんなことは……」
「あるのです。毎朝このカフェに朝一番にくる男性がいるでしょう?」




