神官長の幸福
「ああ、田所さん?」
神官長様はそんなことまでお見通しなのか、とちょっと驚いた。
「そう、そのタドコロさんです。彼と貴女がアカリちゃん、タドコロさんと親し気に呼び合っているのが羨ましいだけなのですよ」
ですから私の我儘です、と恥ずかしそうに言う神官長様。
うそ、まさかのやきもち……?
あの神官長様が!? 信じられない気持ちのすぐ後に、嬉しい、可愛い、尊い、愛しい、たっくさんの神官長様への思いがあふれてくる。これはもうなんとかするしかないじゃない! 他の人なら名前を呼ぶなんて本当になんてことないんだもの。やれば出来る! 出来るよ、アカリ!
自分に言い聞かせつつ決意を込めて神官長様を見上げたら、きょとんとした顔で小首を傾げられた。
可愛いんだよ、ちくしょー!
心の中で雄叫びながら、あたしはお腹に力を込める。
「…………な、」
な、だけですでに息が続かない。もう一回深く息をすって、あたしは喉から声を絞り出した。
「な、な、な、ナフュール、様……!」
言った! 言えたよあたし!
ナフュール様、ナフュール様、って心の中で連呼して、誇らしげにナフュール様を見上げてみれば。
「ふふっ」
ナフュール様は嬉しそうに、楽しそうに笑っていた。
「な、なんで笑うんですか! 頑張ったのに」
「いえ、アカリはこちらの言葉を覚えると同時に『好きです』と毎日臆面もなく告げてくれていましたから。こんなに照れ屋さんだとは意外でした」
あれは心の叫びであり、今思えばアイドルへの声援みたいなものだった。同じ熱量の返しがないと分かっていたからの暴挙だったんだよ。
「愛する人に名前を呼んで貰えるというのは、こんなにも嬉しいことなのですね。ありがとう、アカリ」
「ナフュール、様……!」
反則だ。そんなに嬉しそうに笑われたら、何も言えなくなっちゃうじゃない。ああもう、今夜からめっちゃ頑張って練習して、さらりとナフュール様って言えるようになろう。あたしは密かにそう決意した。
「ちなみに」
「はい」
「ユーリーン姫からなにか宿題が出ているんでしょう?」
「!」
「詳しくは教えて貰えませんでしたが、私が喜ぶこと請け合いだと聞きました」
ユーリーン姫!!! 何を神官長……いや、ナフュール様に吹き込んでるんだよ! もうちょっとそっとしといて。長い目で見てくれたっていいじゃない!
「楽しみに待っていますね」
ナフュール様から邪気のない笑顔を向けられて、あたしはもう、完全降伏するしかなかった。
とりあえず、久しぶりに会った時には出来たんだから、ハグならいけるはずだ。あたしの部屋にどーんと置いてある『人をダメにするクッション』を相手に練習するしかない。
「おや、今日も食事を作って待っていてくれたのですね。これはまた彩りが鮮やかで美味しそうだ。ああ、本当に幸せですねぇ」
あたしの苦悩も知らず、ナフュール様は「毎日こんなに幸せでいいんでしょうか」と蕩けそうな顔で笑う。
今日はこの世界に来てちょうど一週間がたったから、心の記念日としてちらし寿司に茶碗蒸し、お吸い物という和食でせめてみた。確かに彩りは華やかだと思う。




