表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生消防士と、世界を焼く選別の王  作者: もしものべりすと


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
15/24

第十五章「王都へ」

王都は火の色をしていた。


大陸の中央。すべての地下の筋が、集まる場所。だが、その都に緑は、なかった。石造りの巨大な城壁が、赤黒い空を、突き上げていた。城壁の内側から、細い煙がいくつも、立ちのぼっていた。焔の教えの祭壇の煙だ。


俺たちは、巡礼の民に紛れて、王都の門をくぐった。


門をくぐった瞬間、俺の目にあの空白が、迫ってきた。台帳のまっ黒な一点。この都の地の底。すべての水が、そこへ、集まっている。なのに、視えない。掌をかざしても、何も、返ってこない。ただ、深い乾いた無。


「近づいたのに、余計、視えなくなった」俺は、つぶやいた。「まるで分厚い蓋の下に水が、あるみたいだ」


「水の道は、この都の真下だ」ガランが声をひそめた。「入り口を、探そう。地の底へ、降りる道を」


俺たちは都の中を歩いた。


王都は、異様だった。


人々はみなうつむいて足早に歩いていた。誰も目を合わせない。誰も口をきかない。乾いた沈黙が、都じゅうを覆っていた。


水を売る商都より、ずっと乾いていた。ここでは水だけでなく、言葉さえ奪われているようだった。人の顔から、表情が消えていた。誰もが、隣の誰かを、いつ切り捨てられる相手として見ている。そんな目だった。


ネルが、俺の袖を、そっと握った。この都の乾きが、あの子には、こたえているらしかった。俺は、その手を、握り返した。この乾いた都でこそ、手を離してはいけない。俺は、そう思った。


広場に大きな告知の板が、立っていた。焔の教えの印の下にこう、記されていた。


浄化の日、近し。


「浄化の日」ネルがその字を読んだ。「なに、これ」


その字の下に小さく、選ばれし者の名が、彫られていた。強き者。富める者。灰王に、忠を誓った者。それ以外の名は、どこにもなかった。


ネルがその板を見上げた。自分の名が、そこにないことを、確かめるように。焼け残りの名など、選ばれる側に、あるはずがなかった。


「あたしたちは、焼かれる側だね」ネルは、静かに言った。恐れは、なかった。ただ、事実を、確かめる声だった。


「焼かせない」俺は、言った。「一人も、だ」


ネルは、俺を見て、小さくうなずいた。その目に乾いた都の中で、ひとつだけ、湿った光があった。


近くにいた痩せた老人が、震える声で、教えてくれた。


「三日後だ。三日後に、灰王様が、浄化の日を行う。大陸ぜんぶを、いっぺんに清める、大いなる火の儀式だ。その日、選ばれし強き者だけが、王都に招かれ火を免れる。それ以外は……大陸ごと、焼かれる」


俺の背筋が、凍った。


大陸ぜんぶを、いっぺんに。これまでの灰禍は、町を一つずつ呑んでいた。だが浄化の日は、その比ではない。


灰王は、何十年もかけて育てた絶望の火を、一気に解き放つつもりなのだ。大陸ぜんぶの切り捨てを、たった一日で。


俺は、蒲生の狙いが、ようやく見えた気がした。あの男は、ただ世界を焼きたいのではない。全部は救えないという、あの絶望をこの世界から、消し去りたいのだ。弱き者がいなければ、救えずに苦しむこともない。だから、弱き者を、根こそぎ焼く。それが、あの男なりの傷の治し方だった。


歪んでいた。だが、その歪みの根は、俺の胸にも生えていた。だからこそ、俺には、分かってしまった。


「三日……」俺は拳を握った。「三日で、水の道を、開けなきゃならない」


タイムリミットが、切られた。


俺たちは、急いだ。


地の底へ降りる道を探して、都の裏路地を巡った。俺は、水を視ようとした。分厚い蓋のわずかな隙間。ほんの細い水の気配。それをたどれば、入り口に着けるはずだった。


だが、王都の地下は、深く封じられていた。


普通の井戸すら、視えにくかった。何か大きな力が、この都の水を、丸ごと隠している。掌をかざすたびに、指先が冷えるのではなく、逆に乾いた。まるで、俺の力を、吸い取る蓋だった。


「無理を、するな」ガランが、俺の背を支えた。「ここで乾いて倒れたら、元も子もない」


俺は、うなずいた。一人で全部を視ようとするのを、やめた。ネルとガランに、路地の見張りを頼み、俺は水の気配だけに集中した。三人で、手分けをした。一人では届かないものが、三人なら、届いた。


やがて、都の奥。灰王の宮殿の真下。そこに、かすかな水の気配があった。分厚い蓋のただ一箇所。針の穴ほどの隙間から、冷たい気配が、もれていた。


都のいちばん奥。灰王の宮殿の真下。そこにかすかな水の気配が、あった。


「あそこだ」俺は宮殿を指した。「入り口は、あの宮殿の地下にある。水の道の封印もたぶん、そこだ」


「宮殿の地下か」ガランが、唸った。「兵のいちばん厚いところだな」


そのときだった。


背後で声がした。


「――そこの三人。止まれ」


振り返ると、黒い衣の男が、立っていた。あの伝道師だった。第七の町でネルを、焼け残り狩りに、かけようとしたあの男。都の兵を、数人、引き連れていた。


「やはり、来たか。水の男」伝道師は薄く笑った。「灰王様は、お見通しだ。お前が水の道を、開けに、この都へ来ることを。ずっと、待っておられた」


兵が槍を構えた。俺たちを、囲む。


罠だった。


灰王は、俺が来ることを知っていた。いや、俺を、この都へ誘い込んだのだ。


考えてみれば、当然だった。あの隠れ里で、蒲生は、俺を殺せたはずだ。兵は、いくらでもいた。なのに、あの男は見逃した。お前が乾いて割れる日を待つ、と言って。


あれは、待っていたのではない。誘っていたのだ。俺が自分の足で、水の道の封印まで、来るように。俺を、浄化の日の口火にするために。俺の掬う力ごと、俺を、火にくべるために。


背筋が、冷たくなった。だが、足は、止めなかった。ここで引き返せば、大陸ぜんぶが、三日後に焼ける。ネルもガランも、隠れ里の焼け残りたちも、手渡しを覚えた町の子どもたちも。一人残らず。


「ネル、ガラン。下がれ」


言いかけて、俺は口を、つぐんだ。もう、下がれとは、言わない。約束した。俺は木の椀を、握り水を、視た。都の乾いた石畳のその下に細い水の筋が、走っていた。


「――手を、貸してくれ。二人とも」


ネルと、ガランが、うなずいた。


俺は、掌を地面にかざした。乾いた石畳が割れ、水が噴き上がった。


兵がたじろぐ。その水が、槍を持つ手を、濡らした。石畳が、鏡のように、兵の松明を映した。


「今だ。走れ」


俺たちは、路地を駆けた。宮殿の地下へ。水の道の封印へ。ネルが先を走り、ガランが殿を務めた。俺は走りながら、行く手の水の筋を視て、追っ手のいない道を選んだ。水は、いつも、いちばん通りやすい道を知っている。その道を俺たちもたどった。


角を曲がるたび、兵の怒号が、遠くなった。だが、都は、灰王の庭だ。逃げ切れる保証は、どこにもなかった。


背後で伝道師が叫んだ。


「逃がすな。だが、殺すな。灰王様はあの男を、浄化の日の最初の火に、くべると仰せだ」


浄化の日の最初の火。


俺を大陸ぜんぶを焼く、その口火に、するつもりか。


俺は、走りながら、思った。


三日。三日で、水の道を開ける。あの白髪の王の絶望の火を鎮めるために。


その火は、蒲生一人の火ではない。全部は救えないと諦めた、この世界じゅうの人々の絶望が集まった火だ。水を奪われ切り捨てられ、乾いた無数の心が、その薪だ。


だから、俺一人では、消せない。水の道を開けても、それだけでは足りない。開けた水を大陸のすみずみへ、手渡していく、無数の手が要る。あの隠れ里の手渡しの列を、大陸ぜんぶに広げなければ。


まだ、その手は、足りていなかった。


宮殿の影が、俺たちの行く手に、大きく迫っていた。


その地の底で水の道が、封じられたまま、静かに眠っていた。


いつか目を覚ますときを、じっと待つように。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ