第41話 七日間の台本
転生者狩りからの脅迫を受けたあと、俺たちは特異職科の教室へ戻った。
北門の焦げ跡。
警備兵の記憶表層欠損。
旧地下聖堂への出頭命令。
そして、仲間たちを順番に“校閲”するという脅し。
全部が頭の中で嫌な音を立てていた。
俺――アキト・アオキは、教室の黒板を見つめる。
フィン先生が、いつもの荒い字で大きく書いた。
【七日以内】
【旧地下聖堂】
【転生者狩り】
【周辺人物への校閲予告】
文字にすると、ますます最悪だった。
ミラ・クロウが窓枠に座り、尻尾を揺らした。
「私、“影の獣”だって。なんかかっこよくない?」
「脅迫文に書かれて喜ぶな」
俺が言うと、ミラは肩をすくめる。
「怖がっても相手の思うツボでしょ」
「それはそうだけど」
「それに、私を校閲しようなんて百年早いよ。誤字脱字まみれで逃げてやる」
強い。
いや、たぶん怖いはずだ。
それでも笑っている。
その軽さに、少し救われる。
トーヤ・ラインハルトは、静かに盾を床へ置いた。
「俺は“盾”と書かれていたな」
「そのままだったな」
「分かりやすい。なら、やることも分かりやすい」
トーヤは俺を見た。
「守る」
短い言葉だった。
でも、それだけで十分だった。
ノルン・エルシアは、胸元の聖印を握っている。
脅迫文にあった“三つ目は、沈黙した治癒師”。
それは、明らかにノルンのことだ。
彼女は青ざめていた。
それでも逃げ出さずに、ここにいる。
「ノルン」
俺が声をかけると、彼女は顔を上げた。
「怖いなら、距離を取ってもいい」
言った瞬間、教室が少し静かになった。
でも、これは言うべきだった。
彼女は神聖科の生徒だ。
本来なら、俺の問題にここまで巻き込まれる必要はない。
俺がそう思った瞬間、ノルンは首を横に振った。
「怖いよ」
声は震えている。
「でも、離れたら、また何も言えなかった私に戻る」
胸が痛くなった。
「私は、沈黙した治癒師って書かれた。たぶん、その通りだったから」
ノルンは唇を噛んだ。
「でも、これからもそうだって決められたくない」
その言葉に、俺は何も言えなくなった。
決められたくない。
それは、俺たち全員の共通点かもしれない。
レオン・グランベルが低く言った。
「俺も同じだ」
彼はまだ右腕に包帯を巻いている。
だが、その顔つきは昨日までより落ち着いていた。
「勇者候補。神殿式適合個体。神の剣。俺はずっと、それを誇りだと思っていた」
レオンは拳を握る。
「だが、今はそれだけで決められたくない」
セリア・フレイムロードが腕を組む。
「私も“燃える魔術師”とか書かれたのよね」
ミラがにやにやする。
「ぴったり」
「黙りなさい」
セリアは睨んだあと、少しだけ息を吐いた。
「でも、燃えるだけの馬鹿だと思われるのは腹が立つわ」
「そこまでは書かれてないだろ」
俺が言うと、セリアは俺を見た。
「そういう意味で書いてるのよ、ああいう手合いは」
妙に説得力があった。
リュミエル・アークレインは、窓際で静かに立っていた。
脅迫文の一つ目。
器。
それは彼女だ。
神に“器”と呼ばれ、神約の呪印を持つ少女。
彼女は右手首の包帯に触れながら言った。
「相手は、私たちを役割で呼んだ」
フィン先生が頷く。
「そうだ。名前では呼んでいない。器、勇者候補、治癒師、魔術師、盾、影の獣」
「人間としてではなく、機能として見ている」
リュミエルの声は冷たかった。
俺は脅迫文を思い出す。
七日以内に旧地下聖堂へ出頭せよ。
拒否した場合、周囲の記述を校閲する。
これは脅しであると同時に、宣言だ。
相手は俺たちを人間として見ていない。
台本から外れたものを直す対象として見ている。
フィン先生は黒板に新しい文字を書いた。
【こちらの方針】
一、単独行動禁止
二、役割名ではなく個人名で管理
三、校閲痕への防御
四、旧地下聖堂の調査
五、ナツキ・シノハラ記録の閲覧申請
六、七日後までに迎撃案を作成
「迎撃案?」
俺は聞き返した。
「旧地下聖堂へ行くのは確定なんですか」
「行くかどうかはまだ決めない」
フィン先生は言った。
「だが、行く場合の準備はする。行かない場合の防御もする。相手の台本は“七日後に一人で出頭”。こちらは、その台本を採用しない」
「こっちの条件で動く」
「そうだ」
リュミエルが続ける。
「まず、相手はあなたを孤立させようとしている。だから、こちらは集団で情報を共有する」
ミラが手を上げる。
「でも、全員で固まると一網打尽じゃない?」
「だから班分けする」
フィン先生が黒板を叩く。
【調査班】
フィン、アキト、リュミエル
【防衛班】
トーヤ、ミラ
【記録照合班】
ノルン、セリア、レオン
「俺が記録照合班か?」
レオンが眉を寄せる。
「不満か」
フィン先生が聞く。
「いや……俺は剣を振る側だと思っていた」
「今のお前に必要なのは、剣を振ることより、自分の補強式を知ることだ」
レオンは黙った。
しばらくして、静かに頷く。
「分かりました」
以前のレオンなら、反発していたかもしれない。
でも今は、自分に必要なことを飲み込もうとしている。
それだけでも大きな変化だった。
セリアが赤い水晶を取り出す。
「レオンの補強式と、私の魔術行使記録を照合するのね」
「そうだ」
フィン先生が言う。
「指揮伝達と指揮威圧の混線。それと、転生者狩りの校閲痕が同じ神殿式の系統か確認する」
ノルンも小さく頷く。
「私は、警備兵さんの記憶表層欠損と、レオンの証言誘導印の治癒所見を比べます」
「頼む」
俺が言うと、ノルンは少しだけ緊張した顔で頷いた。
「うん。やってみる」
ミラは窓枠から飛び降りる。
「私は北門周辺の足跡と匂いを追うよ。校閲とか難しいのは分かんないけど、侵入したなら痕はある」
トーヤが盾を持つ。
「俺はミラの護衛につく」
「トーヤくんが一緒だと隠密には向かないけどね」
「必要なら離れて見守る」
「真面目だなあ」
「真面目に守る」
ミラが少しだけ笑った。
それぞれが、自分の役割を取っていく。
ただし、それは相手に貼られた役割ではない。
自分で選んだ役割だ。
その違いが、大事なのだと思った。
俺はタイムラインを開く。
【七日間行動計画】
一日目:
北門痕跡調査。
契約成立後の保護範囲確認。
転生者狩り脅迫記録の解析。
二日目:
上位記録保管庫閲覧申請。
ナツキ・シノハラ記録の所在確認。
三日目:
レオン補強式と校閲痕の照合。
リュミエル呪印への防護強化。
四日目:
旧地下聖堂の地図・結界構造調査。
五日目:
突入または拒否の分岐案作成。
六日目:
模擬戦および退避訓練。
七日目:
最終判断。
「タイムラインにも計画が出た」
俺が言うと、フィン先生が黒板を見た。
「だいたい合っている。だが、詰め込みすぎだ」
「タイムラインもブラック労働気質なんですかね」
「持ち主に似たんだろ」
「嫌な似方だ」
リュミエルが静かに言う。
「休息も計画に入れて」
「この状況で?」
「この状況だからよ」
彼女の視線は鋭い。
「疲労した状態では、相手の誘導に引っかかる。特にあなたは、罪悪感を突かれると判断が揺れる」
「……分かってる」
「本当に?」
「本当に」
タイムラインに追記する。
【毎日最低六時間の休息】
【単独思考時間は十五分以内】
【不安が強い場合は共有】
ミラが笑った。
「単独思考時間十五分以内って、新人くんの取り扱い説明書みたい」
「俺、だいぶ危険物扱いだな」
フィン先生が真顔で言う。
「危険物だぞ」
「否定してほしかった」
「現実を見ろ」
現実は厳しい。
だが、危険物として隔離されるのではなく、取り扱い方法をみんなで決めている。
それは少しだけ、救いだった。
その時、タイムラインが淡く光った。
【システム表示】
集団行動計画を検出しました。
転生者狩りの孤立誘導に対する対抗策を形成。
新規補助候補:
【アンカー設定】
効果:
指定した仲間との関係性ログを基準点として保存。
精神誘導、孤立感増幅、役割固定への抵抗を微増。
制限:
一度に設定できるアンカーは三名まで。
本人同意が必要。
強制的な精神接続ではありません。
「アンカー設定……」
俺は呟いた。
リュミエルがすぐに反応する。
「どういう効果?」
「仲間との関係性ログを基準点にする。精神誘導や孤立感への抵抗が上がるらしい。ただ、一度に三人まで。本人同意が必要」
ミラがぱっと手を上げる。
「はいはい! 私やる!」
「説明聞いてたか?」
「聞いてたよ。孤立対策でしょ? 私は逃げ道担当だから、アンカー向いてると思うけど」
確かに。
ミラは軽い。
でも、その軽さは沈みそうな時にかなり効く。
トーヤも言った。
「俺も必要ならなる」
「トーヤは物理的にも精神的にもアンカーっぽいな」
「そうか?」
「うん。重いし」
「盾が?」
「存在が」
トーヤは少し考えて、真面目に頷いた。
「なら、役に立てる」
セリアが小さく言う。
「三人までなんでしょ。慎重に選びなさいよ」
ノルンも頷く。
「アキトくんを一番止められる人がいいと思う」
全員の視線が自然とリュミエルに向いた。
リュミエルは少しだけ眉を寄せる。
「……なぜ全員見るの」
「止める役だからな」
俺が言うと、彼女はため息をついた。
「本人同意が必要なのでしょう」
「そう」
「なら、私は同意するわ」
胸元の星形護符が、ほんの少し温かくなった。
一人目は、リュミエル。
これは迷わなかった。
俺が深層編集に踏み込みそうになった時、彼女は止めてくれる。
そして、俺が自分を見失いそうな時も、たぶん一番厳しく現実へ戻してくれる。
「二人目は?」
フィン先生が聞く。
俺はトーヤを見た。
「トーヤ、頼んでいいか」
トーヤはまっすぐ頷いた。
「もちろんだ」
理由は簡単だった。
トーヤは揺れない。
言葉は多くないが、まっすぐ立っている。
盾のように。
相手が俺の罪悪感や恐怖を揺らしてきた時、トーヤのまっすぐさは基準になる気がした。
「三人目は?」
ミラが期待に満ちた顔で自分を指差している。
「私でしょ?」
「その圧やめろ」
でも、俺は少し考えたあと、ミラを見た。
「ミラ、頼む」
「やった」
彼女は軽く笑った。
「理由は?」
リュミエルが聞く。
「逃げ道担当だから」
俺は答えた。
「俺はたぶん、追い詰められると自分で逃げ道を消す。だから、逃げてもいいって思い出させてくれる人が必要だ」
ミラは一瞬だけ、笑顔を止めた。
それから、少しだけ柔らかく笑った。
「任せて。新人くんが変な自己犠牲モードに入ったら、首根っこ掴んで逃がす」
「頼む」
タイムラインが光る。
【アンカー設定】
一人目:
リュミエル・アークレイン
役割:深層編集停止/精神基準
二人目:
トーヤ・ラインハルト
役割:防御基準/行動制止
三人目:
ミラ・クロウ
役割:退避基準/孤立解除
本人同意:
確認
アンカーを設定しますか?
俺は頷いた。
「設定」
青白い光が、俺のタイムラインから三方向へ伸びる。
リュミエルの星形護符。
トーヤの盾。
ミラの鳴らない鈴。
それぞれに淡く触れて、すぐに消えた。
強制的な接続ではない。
糸で縛る感じでもない。
ただ、暗い場所で見失わないための灯りを置いたような感覚だった。
【アンカー設定完了】
効果:
精神誘導、孤立感増幅、役割固定への抵抗が微増。
アンカー対象の危機時、警告精度が上昇。
制限:
過信は禁物。
本人意思を代替するものではありません。
「過信は禁物って書かれてる」
俺が言うと、フィン先生が頷いた。
「いい警告だ。仲間がいることと、仲間に依存することは違う」
「はい」
セリアが少しだけ視線を逸らした。
「私は入ってないけど、必要なら魔力暴走くらいは見るわよ」
「もちろん頼りにしてる」
「ならいいわ」
ノルンも小さく言う。
「私も、治癒師としてできることをするね」
「ありがとう」
レオンはしばらく黙っていた。
そして、低く言った。
「俺はアンカーには向かないだろうな」
「今はな」
俺は正直に答えた。
レオンは少しだけ苦笑した。
「だろうな」
「でも、補強式の調査ではお前が必要だ」
「分かっている」
「それに」
俺は少し迷ってから言った。
「いつか、アンカーにできるくらいの関係になれたらいいとは思う」
レオンが目を見開いた。
セリアも驚いた顔をした。
言った俺自身も、少し驚いた。
でも、嘘ではなかった。
許したわけではない。
信頼しきっているわけでもない。
それでも、完全には切らないと決めた。
なら、未来に可能性くらいは置いておきたい。
レオンは、しばらく黙ったあと、視線を逸らして言った。
「……好きにしろ」
相変わらず不器用だ。
でも、その声は少しだけ柔らかかった。
フィン先生が黒板を叩く。
「よし。感傷はここまでだ。各班、動け」
一気に教室が動き出す。
ミラとトーヤは北門周辺の再調査へ。
ノルン、セリア、レオンは記録照合の準備へ。
俺、リュミエル、フィン先生は転生者狩り脅迫記録の解析へ。
七日間の初日が始まった。
俺はタイムラインを開き、脅迫記録をもう一度表示する。
怖い。
怒りもある。
でも、さっきより一人ではない感じがした。
リュミエルが隣に立つ。
「始めましょう」
「ああ」
「無理はしないで」
「する前に止められるだろ」
「ええ。止めるわ」
トーヤの盾。
ミラの鈴。
リュミエルの星形護符。
三つのアンカーが、心の奥で静かに灯っている。
転生者狩りは、俺を一人にしようとした。
だが、その脅しによって、俺たちは逆に結びつきを確認した。
皮肉な話だ。
相手が台本を書いたつもりなら、こちらは注釈を入れる。
「孤立させるな。逆に繋げ」
俺は小さく呟いた。
リュミエルが聞き返す。
「何?」
「今回の編集方針」
彼女は少しだけ目を細めた。
「悪くないわ」
俺はタイムラインに手を置いた。
七日後、旧地下聖堂で何が待っているのかは分からない。
でも、少なくとも今の俺は、ダンジョンで置き去りにされた時の俺とは違う。
一人で死を待つだけの外れ職ではない。
特異職科正式所属。
台本に注釈を入れた者。
そして、仲間と共に七日間の台本を書き始めた編集者だ。




