表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/39

第34話 特異職科の歓迎会は地獄から始まる

翌朝。


俺――アキト・アオキは、特異職科の教室で目を覚ました。


窓の外には、王立アルカディア魔導学園の白い塔。

朝日を受けた尖塔が、まるで物語の始まりを告げる剣みたいに光っている。


普通なら、希望に満ちた朝だ。


だが、俺の体は全然希望に満ちていなかった。


「……全身が痛い」


昨日、神殿査問会で神と問答した。


いや、言葉にすると意味が分からない。


神殿に呼ばれた。

神官に詰められた。

証人たちが立ってくれた。

レオンが自分の言葉を取り戻した。

リュミエルが神の器であることを拒んだ。

俺は神託編集官になることを断った。


そして最終的に、俺は職業封印されず、神殿に拘束されず、学園の特異職科に正式所属となった。


結果だけ見れば、生還。


だが、精神的には完全に一度焼かれている。


「おはよ、新人くん」


窓枠からミラ・クロウの声がした。


彼女は猫みたいに丸くなっていた体を伸ばし、尻尾をゆらゆら揺らしている。


「正式所属になったんだから、もう新人じゃなくないか?」


「特異職科では三ヶ月未満は新人」


「妙に現実的なルールだな」


「ちなみに三ヶ月生き残ったら半人前」


「生存前提が物騒すぎる」


俺が体を起こすと、机の上に黒い石板――タイムラインが置かれていた。


昨日と同じように見える。


けれど、どこか違う。


表面の黒が、少し深くなった気がした。


まるで、神託試問の蒼い光を吸い込んだみたいに。


俺はそっと触れる。


すぐに、視界へステータス表示が浮かび上がった。


【ステータス】


名前:アキト・アオキ

日本名:青木明登


レベル:3


職業:

編集者


所属:

王立アルカディア魔導学園

特異職科 正式所属


スキル:

【編集操作 Lv.2】

【解析眼 Lv.1】

【保存 Lv.1】

【タイムライン解析 Lv.1】

【コピー Lv.1】

【対話ログ整理 Lv.1】

【論点固定 Lv.1】

【マルチトラック解析 Lv.1/一時安定】


称号:

【世界から見捨てられた者】

【外れ職を覆した者】

【台本に注釈を入れた者】


警告:

神託干渉の残滓あり。

過度な編集操作は精神負荷を増大させます。


「日本名、表示されてる……」


思わず呟いた。


昨日、神は俺の前世の名を呼んだ。


青木明登。


この世界で隠していたはずの名前。


それがステータスに追加されている。


隠していたものが暴かれたのか。

それとも、俺自身が認めたから記録されたのか。


分からない。


ただ、その文字を見ても、昨日ほど怖くはなかった。


俺はアキト・アオキだ。


でも、青木明登だったことも消えない。


どちらか一つだけが真実じゃない。


マルチトラック。


複数の線を並べて見る。


たぶん、それが今の俺に必要な力だ。


「起きたか」


教卓の方からフィン先生の声がした。


先生はいつもの黒すぎる茶を飲んでいる。


昨日、神の前であれだけのことがあったのに、朝から黒い茶を飲んでいる。


人間としての安定感が変な方向に強い。


「おはようございます」


「体調は?」


「全身筋肉痛みたいな精神痛です」


「意味は分からんが、だいたい分かる」


「分かるんですね」


「神託試問を受けた翌朝に元気なやつの方が怖い」


先生は淡々と言いながら、黒板に大きく文字を書いた。


【正式所属初日】


その下に、さらに書く。


【歓迎訓練】


嫌な予感しかしなかった。


「先生」


「何だ」


「歓迎会ではなく?」


「歓迎訓練だ」


「普通、歓迎会ってお菓子とか飲み物とか出るものじゃないですか」


「欲しければ訓練後に出してやる」


「先にください」


「甘えるな」


この世界は、祝い方が荒い。


その時、扉が開いた。


リュミエル・アークレインが入ってくる。


白と青のローブ。

銀に近い髪。

翡翠色の瞳。


いつも通り静かな表情だ。


だが、右手首には包帯が巻かれていた。


昨日、神約の呪印が反応した場所だ。


俺は思わず立ち上がる。


「リュミエル、手は大丈夫か?」


「大丈夫ではないわ」


即答。


心臓に悪い。


「でも、悪化はしていない。ノルンが処置してくれた」


「そっか」


「それより、あなたは?」


「俺も大丈夫ではない」


「でしょうね」


「でも、悪化はしてない」


「なら、よかった」


短い会話。


それだけで、少し安心した。


リュミエルは俺のタイムラインを見る。


「ステータスは確認した?」


「ああ。日本名が出てた」


「……そう」


「隠しきれなくなったのかもな」


「隠す必要がなくなった、という見方もあるわ」


その言葉に、俺は少しだけ考えた。


隠す必要がなくなった。


まだ全員に言えるわけじゃない。

異世界から来たなんて、普通に考えれば危険すぎる情報だ。


でも、少なくともここにいる人たちは、昨日聞いてしまった。


それでも俺をここに置いてくれている。


特異職科。


世界から少し外れた人たちの教室。


今の俺には、この場所がちょうどいいのかもしれない。


フィン先生が手を叩いた。


「感傷はあとにしろ。訓練場へ行くぞ」


「本当にやるんですね」


「当然だ。神に喧嘩を売った翌日ほど、基礎訓練が大事だ」


「その理論、初めて聞きました」


「今作った」


「作らないでください」


だが、逃げられなかった。


特異職科の裏手には、小さな訓練場があった。


剣術科の立派な訓練場とは違う。


地面は少し荒れている。

魔法防壁も古い。

端には壊れた魔道具や木箱が積まれている。


だが、よく見ると罠の練習用床、簡易結界柱、魔力反応板、古い訓練人形などが並んでいた。


まとまりはない。


けれど、何でも試せる場所という感じがした。


ミラは身軽に柵へ飛び乗る。


トーヤも巨大な盾を持ってやって来た。


ノルンは治癒鞄を抱えている。


そして、少し遅れてセリアも来た。


「なんでセリアまで?」


俺が聞くと、セリアは腕を組んだ。


「悪い?」


「いや、剣術科に戻ったんじゃ」


「戻ったわよ。でも、フィン先生に呼ばれたの」


フィン先生が平然と言う。


「アキトの弱点を見るには、火力担当が必要だからな」


「火力担当って雑ですね」


セリアが眉をひそめる。


「私は高等火属性魔術師よ」


「今日は火力担当だ」


「雑!」


ミラが笑う。


「火の人、便利だねえ」


「その呼び方やめて」


昨日、神の前であれだけのことがあったのに、こうして言い合いができる。


それだけで、不思議と呼吸が楽になった。


フィン先生は訓練場の中央に立ち、俺を見る。


「アキト。お前の問題点は三つある」


「いきなりですか」


「一つ、基礎身体能力が低い」


「はい」


「二つ、編集操作の発動に集中しすぎる」


「はい」


「三つ、対象に感情移入すると判断が遅れる」


痛いところを正確に刺してくる。


「全部、反論できません」


「よし。自覚があるなら鍛える」


先生は訓練人形を三体並べた。


一体目には赤い札。

二体目には青い札。

三体目には黒い札。


「今日やるのは、編集操作の基礎制御だ」


「基礎制御?」


「お前はこれまで、危機の中で能力を使ってきた。毒を切る、罠を切る、暴走を切る、証言誘導を切る。全部、緊急対応だ」


「確かに」


「だが、それではいつか事故る。能力は、追い詰められた時だけ使うものじゃない。平常時に制御できて初めて武器になる」


言われてみれば、その通りだ。


俺の能力は、いつもギリギリの場面で伸びてきた。


でも、毎回ギリギリでは身が持たない。


「訓練内容は単純だ」


フィン先生は赤い札の人形を指差す。


「赤から【熱】を切る。青へ貼る。黒には触れない」


「それだけですか?」


「それだけだ」


簡単そうに聞こえる。


だが、先生の顔を見る限り、絶対に簡単ではない。


俺はタイムラインを構えた。


「編集操作」


視界が青く染まる。


赤い札の人形には、確かに微弱な【熱】が付与されている。


青い札の人形は冷たい。

黒い札の人形には、別の魔力が仕込まれていた。


たぶん罠だ。


俺は赤い札の【熱】だけを見る。


「カット」


淡い赤い光が抜ける。


成功。


次に青へ貼る。


「ペースト」


青い札の人形がほんのり温かく光った。


【システム表示】


訓練成功。

編集精度:七十二パーセント

余剰干渉:軽微


「できました」


俺が言うと、フィン先生は頷いた。


「では次。百回」


「百回?」


「百回だ」


「歓迎訓練、地味に地獄ですね」


「派手な地獄より安全だ」


それはそうかもしれない。


だが、地味な地獄も普通にしんどい。


俺は赤から熱を切り、青へ貼る。


赤から切り、青へ貼る。


赤、青。

赤、青。

赤、青。


十回目くらいで、集中力が揺れた。


黒い札の人形に、ほんの少し視線が引っ張られる。


そこには、何か嫌な魔力がある。


見てはいけないのに、気になる。


「黒を見るな」


フィン先生の声が飛ぶ。


「はい」


「見たな」


「見ました」


「好奇心で罠を踏むな」


「すみません」


ミラが柵の上で笑う。


「新人くん、見ちゃダメって言われると見たくなるタイプ?」


「否定できない」


「猫っぽいね」


「ミラに言われると複雑だな」


リュミエルが淡々と言う。


「集中して。あなたは情報が多いほど拾いすぎる癖がある」


「拾いすぎる?」


「ええ。必要なものだけを見る訓練が必要」


それは、前世でも言われたことがある。


番組制作でも、素材を全部活かそうとすると散らかる。


大事なのは、必要な素材を選ぶこと。


切るだけじゃない。


見ないものを決めることも編集だ。


俺は深く息を吸った。


赤の熱。

青の受け皿。

黒は見ない。


視界の中で、黒い札への線を意識的に薄くする。


【論点固定 Lv.1】に似た感覚だ。


今の論点は赤と青。

黒は関係ない。


「カット」


「ペースト」


少しずつ精度が上がる。


七十二。

七十五。

七十八。


三十回を超えた頃、手が熱くなってきた。


魔力ではない。


精神力が削られている感じだ。


ノルンが心配そうに言う。


「無理しすぎないで」


「大丈夫」


リュミエルの視線が刺さる。


「大丈夫ではある」


「言い直したわね」


「学習した」


セリアが赤い水晶を手に言った。


「でも、前より安定してるわ。火属性の残り香に引っ張られてない」


「火属性の残り香?」


「熱を切る時、普通なら炎の方へ意識が寄るの。でも、今は熱だけを取れてる」


「なるほど」


少し嬉しかった。


こういう地味な訓練で褒められると、妙に効く。


五十回目。


タイムラインが淡く光った。


【システム表示】


反復訓練により、編集精度が上昇。


【編集操作 Lv.2】の制御補正が微増。


新規補助:

【選択範囲指定】が強化されました。


効果:

複数情報が重なった対象から、特定要素のみを選択しやすくなります。


「お」


俺は思わず声を出した。


「何か出た?」


ミラが聞く。


「選択範囲指定が強化された」


フィン先生が頷く。


「いい傾向だ。地味な訓練は裏切らない」


「先生、急にまともなこと言いますね」


「俺はいつもまともだ」


教室の全員が沈黙した。


いや、訓練場の全員が沈黙した。


フィン先生は咳払いした。


「続けろ」


「はい」


百回を終える頃には、俺の腕は震えていた。


最後の一回。


赤から熱を切り、青へ貼る。


黒には触れない。


成功。


【訓練結果】


編集回数:百回

失敗:三回

黒札干渉:一回未満

平均精度:八十一パーセント


制御訓練を完了しました。


俺はその場に座り込んだ。


「地味にきつい……」


ミラが笑う。


「おつかれ、新人くん」


「正式所属なのに新人なのか」


「三ヶ月未満だから」


「そのルール強いな」


トーヤが水筒を渡してくれる。


「飲め」


「ありがとう」


水がうまい。


異世界に来てから、こんなに水がありがたいと思ったのは毒スライム以来かもしれない。


リュミエルが隣にしゃがむ。


「よくやったわ」


「珍しく素直に褒めたな」


「訓練の成果は認めるわ」


「ありがとう」


「勝ってからではなくていいわ。今のは訓練だから」


少しだけ笑いそうになった。


俺たちの間の変な決まりも、少しずつ形を変えている。


その時。


訓練場の入口に、ひとりの生徒が現れた。


剣術科の制服。


金色の髪。


レオン・グランベルだった。


右腕にはまだ包帯が巻かれている。


顔色は昨日よりはいいが、完全ではない。


セリアが驚いたように振り返る。


「レオン?」


レオンは訓練場へ入り、俺の前で足を止めた。


しばらく無言。


そして、低い声で言った。


「アキト」


「何だ」


「俺も、訓練に混ぜろ」


空気が止まった。


ミラが「おお」と小さく呟く。


セリアは目を見開いている。

ノルンは不安そうに立ち上がった。

トーヤは静かにレオンを見ている。

リュミエルは表情を変えないが、目は鋭かった。


俺はレオンを見る。


「剣術科の訓練は?」


「休養扱いだ」


「なら休めよ」


「休んでいる場合じゃない」


「右腕は?」


「動く」


「万全じゃないだろ」


「だから来た」


言葉は相変わらず硬い。


だが、以前のような見下しはなかった。


レオンは、俺ではなくフィン先生を見た。


「フィン先生。俺の神殿式補強を調べてほしい」


講堂よりも静かな声だった。


でも、確かな覚悟があった。


「俺は、自分の力が何なのかを知りたい」


フィン先生は、少しだけ目を細めた。


「覚悟はあるのか?」


「ある」


「自分の強さが、自分だけのものではなかったと知るかもしれんぞ」


レオンの拳が震えた。


だが、彼は逃げなかった。


「それでも知る」


俺は、レオンを見た。


昨日、神の前で彼は言った。


俺は神の剣じゃない。

俺はレオン・グランベルだ。


その言葉を、本当に自分のものにするために、ここへ来たのかもしれない。


許したわけではない。


傷はまだある。


でも、完全には切らないと約束した。


俺は立ち上がった。


「一つ条件がある」


レオンが俺を見る。


「何だ」


「ここでは、俺を道具扱いするな」


レオンの表情がわずかに歪む。


「分かっている」


「俺も、お前を勇者候補としてだけは見ない」


「どういう意味だ」


「レオン・グランベルとして見る」


その言葉に、レオンは少しだけ黙った。


そして、視線を逸らす。


「……好きにしろ」


相変わらず素直じゃない。


でも、それで十分だった。


フィン先生が黒板代わりの訓練板に新しい文字を書いた。


【追加訓練】

対象:レオン・グランベル

目的:勇者候補補強式の安全確認


先生は、にやりと笑った。


「よし。歓迎訓練第二部だ」


俺は思わず声を漏らした。


「まだあるんですか」


ミラが楽しそうに笑う。


「正式所属初日、濃いねえ」


リュミエルが静かに言う。


「無理はしないで」


「誰に?」


「全員に」


たしかに。


俺も、レオンも、リュミエルも、誰一人として万全じゃない。


でも、前に進むしかない。


神の台本を書き換えるなんて、まだ遠い。


けれど、自分の力を知ろうとする勇者候補が、特異職科の訓練場に立っている。


それはきっと、小さな一文の変化だった。


俺はタイムラインを握る。


今日から、本当の訓練が始まる。


そしてたぶん。


俺たちの関係も、ここから少しずつ書き直されていく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ