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第30話 最初の一文を書き換える

「これより、アキト・アオキに関する神殿査問会を開く」


老神官の声が、大講堂に重く響いた。


白い石造りの円形講堂。


高い天井。

金色の聖印。

三つの査問官席。

左右には神官と学園関係者、そして数人の貴族らしき見届け人。


その全ての視線が、俺――アキト・アオキに向けられている。


足が重い。


喉が乾く。


逃げたい、と思った。


一瞬だけ。


けれど、俺は逃げなかった。


腰には黒い魔導記録板――【タイムライン】。


手首にはトーヤがくれた革紐。

懐にはミラの鳴らない鈴。

ポケットにはノルンの治癒符とセリアの火除け石。

胸元にはリュミエルの星形護符。


一人じゃない。


そう確認してから、俺は査問席の中央に立った。


隣にはフィン先生。

少し後ろにリュミエル。

証人席にはノルン、セリア、ミラ、トーヤ。

別の席にはレオン・グランベルがいる。


白銀の勇者候補。


右腕には包帯。

顔色はまだ悪い。

けれど、その目は逃げていなかった。


俺と視線が合う。


レオンは何も言わない。


俺も何も言わない。


それでいい。


今日は仲直りの場ではない。


真実を、神殿の台本に飲み込ませないための場だ。


中央の老神官が、手元の書面を開いた。


「対象者、アキト・アオキ。職業、編集者。所属、王立アルカディア魔導学園特異職科仮所属」


声は淡々としている。


だが、その言葉一つ一つが、刃のように並べられていく。


「容疑は以下の通り。禁忌職に類する能力の無許可使用。勇者候補レオン・グランベルへの不正干渉。神殿式補強術式の損傷疑惑。記録媒体への不明な記述改変。ならびに、神殿査察への非協力」


非協力。


そう来るか。


神殿の言い方では、正式手続きを求めただけでも非協力になるらしい。


俺の視界に、薄く表示が浮かんだ。


【対話ログ整理】


神殿側の冒頭定義を検出。


使用語:

禁忌職

無許可使用

不正干渉

損傷疑惑

非協力


隠された構成:

対象者を初手から危険人物として位置づける。

以後の証言を防御側に固定する狙い。


推奨:

冒頭陳述で自己定義を提示。

「危険性は認めるが、救命処置である」と枠を変更。


来た。


練習通りだ。


神殿は、最初の一文で俺を危険人物にした。


なら、俺はその一文を書き換える。


老神官が顔を上げる。


「アキト・アオキ。あなたには冒頭陳述の機会を与える。発言しますか」


「はい」


俺は一歩前に出た。


声が震えそうになる。


その瞬間、胸元の星形護符がほんの少し温かくなった。


リュミエルが近くにいる。


俺は息を吸った。


そして、口を開く。


「俺は、アキト・アオキ。職業は編集者です」


講堂が静かになる。


「俺の能力【編集操作】は、対象の状態を読み取り、不要な変化を取り除き、必要な場所へ再配置する補助能力です」


老神官の眉がわずかに動いた。


補助能力。


その言葉を、あえて最初に置く。


「この力には危険があります。対象を誤れば、相手を傷つける可能性がある。理解しないまま使えば、能力や身体や記録を壊す可能性もある」


ざわり、と周囲が小さく揺れた。


危険性を自分で認めたからだろう。


けれど、ここは隠してはいけない。


「だから俺は、人を対象にする編集には制限を設けています。本人の同意と安全確保を原則とし、命に関わる緊急時のみ、救命目的で最小限の処置を行います。その場合も、使用後に記録を残し、第三者による検証を受けます」


視線が刺さる。


神官たちは俺を値踏みしている。

貴族たちは面白い見世物を見るような顔をしている。

学園関係者は、固唾を呑んでいる。


俺は続けた。


「レオン・グランベルへの処置は、勇者候補の力を壊すためではありません。彼の魔力回路を守るために行いました」


レオンの表情がわずかに動いた。


「俺は、神殿を敵にしたいわけではありません。ただ、勇者候補を守るためにも、補強術式の安全性は検証されるべきだと考えています」


その瞬間、査察官の視線が鋭くなった。


補強術式。


その言葉に反応した。


俺は最後の一文を、ゆっくりと言った。


「俺は、誰かが勝手に貼った役割で、人が壊されるのを見たくありません」


講堂が、完全に静まり返った。


「外れ職だから不要だとか、勇者候補だから退けないとか、そういう言葉で人そのものが見えなくなるのは、間違っていると思います」


言い切った。


心臓がうるさい。


言いすぎたかもしれない。


でも、これが俺の言葉だ。


俺の初稿だ。


老神官は、しばらく俺を見ていた。


やがて、低く言う。


「立派な言葉です」


嫌な予感がした。


「ですが、言葉は事実を覆いません」


来る。


「あなたは、勇者候補レオン・グランベルの加護に、本人の許可なく干渉した。これは認めますか」


一問目から、核心。


練習通り。


いや、練習より圧がある。


講堂全体の視線が、俺を押し潰そうとしてくる。


俺は一拍置いた。


怒りに喋らせるな。


怖さも、怒りも、ちゃんと持って立て。


「はい。本人の同意を取れなかったことは認めます」


ざわめき。


神官の一人が、すぐに書き留める。


俺は続けた。


「ただし、俺が行ったのは加護全体への破壊ではありません。レオン・グランベルの魔力回路を損傷させかけていた過剰稼働部分の一時除去です」


老神官の隣に座る細身の査問官が口を開いた。


「それを証明できますか」


「はい」


俺はタイムラインに手を置く。


「訓練迷宮の記録、治癒記録、魔術行使記録、複数の証言があります」


細身の査問官は目を細めた。


「その記録は、あなたの能力によって編集されたものではありませんか」


来た。


証拠そのものへの攻撃。


フィン先生が言っていた通りだ。


俺の視界に表示が走る。


【論点固定 Lv.1】


論点ずれを検出。


相手の主張:

証拠が編集された可能性


本来の論点:

レオンの魔力回路に過負荷が存在したか。

アキトの処置が救命目的だったか。


推奨:

証拠の複数系統性を提示。

本人以外の証人と記録媒体を組み合わせる。


俺は答える。


「俺のタイムラインにはコピー記録がありますが、元記録は別に存在します。訓練迷宮の管理記録、ノルン・エルシアの治癒副記録、セリア・フレイムロードの魔術行使記録。それぞれ別系統の記録です」


細身の査問官が言う。


「では、その治癒師を呼びなさい」


ノルンが小さく肩を震わせた。


でも、すぐに立ち上がった。


白い神官服。

胸元の聖印。

両手は少し震えている。


けれど、彼女は前へ進んだ。


「神聖科所属、ノルン・エルシアです」


老神官が問う。


「あなたは、レオン・グランベルを治癒しましたね」


「はい」


「その際、アキト・アオキの干渉による損傷を確認しましたか」


嫌な聞き方だ。


干渉による損傷。


最初から、俺が壊した前提になっている。


ノルンの顔が少し青くなる。


でも、彼女は息を吸った。


「いいえ」


声は小さい。


だが、はっきりしていた。


「私が確認したのは、魔力回路への過負荷です。外部からの過剰な魔力流入によって、右腕の魔力回路が損傷寸前でした」


講堂がざわめく。


老神官が眉をひそめる。


「外部からの過剰な魔力流入、とは?」


ノルンは聖印を握りしめながら答えた。


「治癒所見として、本人の魔力量や回路許容量を超えた力が流れていました。アキトくん……いえ、アキト・アオキの処置後、その過負荷は低下しています」


細身の査問官がすかさず問う。


「あなたは、アキト・アオキと親しいのですか」


ノルンが固まる。


人格攻撃だ。


証言の内容ではなく、証人の信用を揺さぶる。


俺の中で怒りが動いた。


だが、俺が口を開く前に、フィン先生が低く言った。


「査問官殿。証言内容への質問をお願いします」


老神官がフィン先生を見る。


「立会人は発言を慎むように」


フィン先生は肩をすくめる。


「証人への不当な誘導を避けるためです」


カサンドラ副院長が学園側席から静かに口を開いた。


「神殿査問規則上、証人の人間関係を問う場合は、証言内容との関連性を明示する必要があります」


副院長。


頼もしい。


怖いけど、今は頼もしい。


細身の査問官は少し不満そうに口を閉じた。


老神官が言う。


「よろしい。ノルン・エルシア。あなたは治癒所見として、アキト・アオキの処置により過負荷が低下したと証言するのですね」


「はい」


ノルンは震えながらも頷いた。


「治癒所見として確認しました」


練習通り。


よく言えた。


ノルンが席へ戻る。


すれ違う時、俺は小さく頷いた。


彼女も、ほんの少しだけ頷き返した。


次に、セリアが呼ばれた。


赤いローブ。

勝気な目。

だが、今日はいつもより表情が硬い。


「セリア・フレイムロード。あなたは演習中、魔術行使に異常を感じたのですか」


「はい」


「それは、あなた自身の未熟による暴走では?」


セリアの眉が跳ねた。


まずい。


彼女の怒りに火がつきかけた。


だが、セリアは懐の火除け石に触れた。


一拍置く。


「私の出力判断に焦りがあったことは認めます」


おお。


ちゃんと抑えた。


「ですが、記録上、私本人の魔力量を超える燃焼効率が確認されています。外部指揮系統による増幅反応も残っています」


査問官が問う。


「外部指揮系統とは?」


セリアは一瞬、レオンを見る。


レオンは無表情で座っている。


「レオン・グランベルの指揮系スキルによる影響と考えられます」


ざわり。


今度のざわめきは大きかった。


勇者候補のスキルが、仲間の魔法出力に影響した。


それは聞きようによっては、危険な話だ。


老神官が低く言う。


「勇者候補の指揮能力は、仲間を鼓舞する神聖な力です」


セリアは、まっすぐ答えた。


「鼓舞と強制は違います」


講堂が凍った。


言った。


セリア、言った。


フィン先生が片手で額を押さえた。


俺も少しだけ冷や汗が出た。


だが、セリアは続けた。


「私は、あの時、自分の判断で火力を調整できませんでした。撃たなければならない、下がってはいけない、そう感じました。結果、私の魔術は制御を超えかけました」


その声には怒りがあった。


けれど、振り回されてはいなかった。


火は燃えている。


でも、ちゃんと炉の中にある。


「私の魔法を、私の意思ではない形で使わせる力があるなら、それは検証されるべきです」


セリアが席へ戻る。


彼女は俺の横を通る時、小さく言った。


「燃やしてないわよ」


「よく抑えた」


「当然でしょ」


少しだけ、口元が緩んでいた。


次に、リュミエルが呼ばれた。


講堂の空気が変わる。


魔導科の天才。

エルフの少女。

学園でも有名な存在。


彼女は静かに前へ進んだ。


「リュミエル・アークレイン。あなたは、アキト・アオキの能力を危険だと考えますか」


予想通りの質問。


リュミエルは淡々と答える。


「はい。危険性はあります」


神官たちの空気が少し動いた。


利用できる答えだと思ったのかもしれない。


だが、リュミエルは続けた。


「ただし、危険性があることと、神殿による拘束が必要であることは同義ではありません」


老神官の目が細くなる。


「では、誰が彼を止めるのですか」


リュミエルは一瞬も迷わなかった。


「私が止めます」


胸が小さく鳴った。


「本人との合意があります。アキト・アオキが、本人の同意なく心・記憶・人格への深層編集を行おうとした場合、私は彼を止める役割を引き受けています」


老神官が問う。


「あなたに、それができると?」


「できます、ではなく、します」


リュミエルの声は静かだった。


でも、講堂の奥まで届いた。


「彼は、自分の能力の危険性を認めています。記録と検証を受け入れています。止める者を自分で定めています。少なくとも、力の危険性を隠す者よりは、監督可能です」


査察官の視線が、俺に刺さる。


力の危険性を隠す者。


それは誰のことか。


言わなくても分かる。


リュミエルが戻ってくる。


俺の横を通る時、彼女は小さく言った。


「呼吸」


「あ」


気づけば、息を止めていた。


俺は静かに息を吸った。


ありがとう、と言いそうになって飲み込む。


今はまだ、勝っていない。


査問会は進む。


こちらの証人は、想定以上に踏ん張ってくれた。


だが、神殿側も簡単には崩れない。


中央の老神官が手を上げる。


「証人レオン・グランベルを呼びなさい」


講堂の空気が、一段重くなった。


レオンが立ち上がる。


白銀の勇者候補。


俺を追放した男。


神殿式補強を受けていたかもしれない少年。


そして、今日の最重要証人。


彼はゆっくりと中央へ進んだ。


右腕には包帯。

だが、背筋は伸びている。


老神官が問う。


「レオン・グランベル。あなたはアキト・アオキにより、不正な能力干渉を受けましたか」


来た。


神殿が用意した台詞。


レオンは黙っている。


喉元に、薄く金色の文字が浮かんだ。


証言誘導印の残滓。


完全には切れていない。


俺の心臓が跳ねる。


レオンの口が開く。


「俺は……」


金色の文字が、かすかに締まる。


レオンの表情が歪んだ。


講堂の誰もが、彼の言葉を待っている。


神殿は、彼に言わせたいはずだ。


アキトに不正干渉された、と。


レオンは拳を握った。


そして、苦しげに、それでもはっきりと言った。


「俺は、アキト・アオキに助けられた」


講堂が、爆発したようにざわめいた。


老神官の目が見開かれる。


査察官の仮面の奥が、鋭く光る。


俺は、レオンを見た。


レオンは俺を見ていなかった。


まっすぐ神殿の査問官を見ていた。


「俺は、あの時、自分の体が自分のものではないように感じた」


金色の証言誘導印が、彼の喉元で震える。


だが、レオンは止まらない。


「退けなかった。止まれなかった。勝てと、進めと、何かが俺の中で叫んでいた」


老神官が声を上げる。


「レオン・グランベル。慎重に発言しなさい」


「慎重に発言しています」


レオンは即答した。


「俺は勇者候補です。だからこそ、自分の力が何なのかを知る権利がある」


その瞬間、証言誘導印が強く光った。


レオンが激しく咳き込む。


「レオン!」


ノルンが立ち上がりかける。


俺も反射的に動きそうになった。


だが、リュミエルの手が俺の袖を掴んだ。


「待って」


そうだ。


ここで俺が勝手に編集すれば、全てが崩れる。


レオンが自分で言葉を掴もうとしている。


俺が奪うな。


レオンは膝をつきかけながらも、踏みとどまった。


「俺の力には……神殿式の何かがある」


講堂が凍る。


「それが何なのか、俺は知らされていない」


老神官の顔から、初めて余裕が消えた。


その時。


査察官が立ち上がった。


「証人の状態が不安定です。この証言は無効とすべきです」


来た。


レオンの証言を潰しに来た。


フィン先生が即座に立ち上がる。


「無効ではない。神殿式の証言誘導印が反応している可能性がある」


「証言誘導印など存在しない」


査察官が言った。


その瞬間。


俺のタイムラインが強く光った。


【論点固定 Lv.1】


重要論点を検出。


神殿側発言:

「証言誘導印など存在しない」


反証可能記録:

【証言誘導印の一部解除記録】

【神殿式自動通報線カット記録】

【レオン本人同意ログ】


使用可能です。


俺は息を吸った。


ここだ。


切り札の一つ。


俺は一歩前へ出る。


「証言誘導印は存在します」


査察官が俺を見る。


「黙っていろ、対象者」


「証拠があります」


講堂が静まる。


俺はタイムラインを掲げた。


「昨夜、レオン・グランベル本人の同意のもと、証言誘導印の一部解除を行いました。その際の記録があります」


ざわめき。


老神官が鋭く言う。


「それは、査問会前夜に勇者候補へ再び干渉したという自白ですか」


罠。


だが、もう恐れない。


「本人の同意があります」


俺は答えた。


「そして目的は、俺に有利な証言をさせることではありません。神殿式の誘導によらず、本人の言葉を取り戻すことです」


「詭弁だ」


査察官が吐き捨てる。


「なら、記録を確認してください」


俺はタイムラインを開く。


黒い石板から、青白い記録が浮かび上がる。


レオンが言った言葉。


――俺の言葉を、神殿のものにはしたくない。


その音声と魔力記録が、講堂に再生された。


レオンの顔がわずかに歪む。


だが、彼は否定しなかった。


老神官たちが、動揺したように互いを見る。


査察官だけが、冷たく言った。


「その記録も、編集された可能性がある」


来た。


ついに言った。


証拠そのものを疑う言葉。


フィン先生が俺を見た。


リュミエルも、静かに頷く。


今だ。


昨日の夜、神殿式偽装記録を貼られた証拠を出す時。


俺はタイムラインの別記録を開いた。


「記録の信頼性について問うのであれば、こちらも提示します」


黒い石板から、白い偽装ログの写しが浮かび上がる。


講堂の空気が変わった。


「昨夜、俺のタイムラインに外部から偽装記録が貼り付けられようとしました。内容は、俺が学園結界と旧記録保管庫の封印反応を不正編集したというものです」


神官たちがざわめく。


「未承認貼付線、自壊処理、送信元隠蔽術式。すべて証拠固定済みです。立会人として、フィン先生、リュミエル、ミラ、トーヤが現場を確認しています」


査察官の仮面の奥が、初めて明確に揺れた。


俺は続ける。


「誰がやったかは断定しません。ただし、神殿式の術式でした」


講堂が重い沈黙に包まれる。


俺は査問官たちを見た。


「だからこそ、証拠は正式な場で、複数人の立会いのもと確認すべきです。夜の廊下で任意提出を求められても応じなかったのは、そのためです」


昨日の査察官とのやり取りも、ここへ繋がる。


言葉の順番。

証拠の順番。

全部が一本の線になっていく。


これが、編集だ。


老神官の顔は険しい。


「……休憩を挟む」


突然だった。


「本査問会は、一時中断する。証拠媒体の確認を行う」


神官たちがざわつく。


査察官は立ったまま、俺を見ていた。


その視線は冷たい。


だが、最初とは違う。


俺をただの外れ職として見てはいない。


危険物としてだけでもない。


台本を乱す存在として、見ている。


休憩宣言と同時に、講堂の空気が緩む。


俺はようやく、膝から力が抜けそうになった。


リュミエルがすぐに横へ来る。


「立って」


「立ってる」


「半分崩れているわ」


「ばれてたか」


「ええ」


彼女の星形護符が、胸元で温かい。


フィン先生も近づいてきた。


「よくやった」


「まだ終わってません」


「だから座るな。気を抜くな」


「褒めてから落とすのやめてください」


「教師だからな」


意味が分からない。


その時、レオンが俺の近くを通った。


彼は足を止める。


「アキト」


「何だ」


「俺は、お前を許したわけじゃない」


「知ってる」


「だが、今の記録」


彼は言葉を探すように、少しだけ眉を寄せた。


「俺の言葉を、消さずに残したことだけは認める」


俺は少しだけ笑った。


「それで十分だ」


レオンは何も言わずに歩いていった。


まだ遠い。


俺たちは仲間ではない。


でも、同じ台本から抜け出そうとしている。


それだけは、確かだった。


俺はタイムラインを見る。


証拠は出した。

証人も立った。

神殿の台本には、確かに裂け目が入った。


だが、その時。


講堂の奥の聖印が、突然淡く光った。


金色ではない。


白でもない。


もっと深い、見たことのない蒼い光。


会場にいた全員が、聖印を見る。


老神官が顔色を変えた。


「まさか……」


査察官が膝をつく。


神官たちも、一斉に頭を垂れた。


講堂の空気が、まるで別のものに変わる。


重い。


冷たい。


けれど、美しい。


圧倒的な何かが、聖印の向こうから降りてくる。


俺の視界が、青く染まった。


【システム表示】


上位記述存在の干渉を検出しました。


対象:

神殿査問会場


識別不能。


警告:

現在の【編集操作】では解析不能。


蒼い光の中から、声が響いた。


男とも女ともつかない声。


遠いのに、耳元で囁かれているような声。


『編集者よ』


俺の背筋が凍る。


その声は、俺だけを見ていた。


いや。


俺の魂の奥にある、前世の名前まで見ている気がした。


『青木明登』


講堂の誰もが、息を呑んだ。


俺の日本名。


この世界で、誰にも話していないはずの名前。


神殿の聖印の奥から、その名が呼ばれた。


『お前は、まだ台本の外にいるつもりか』


俺は、声を失った。


神。


たぶん、それは神だった。


そして神は、俺の存在を知っていた。

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