第二十四譜 私はアッシュのモノ
二人が赴いた場所は、エトナが目を輝かせていた露天商。
ただ道の端に布を敷いているだけの簡素な店構えで、黒いフードを被った店主はただ黙っているだけで、集まっている客の対応も何もしていない。
売る気があるのか無いのか全く分からないが、布の上に置かれている値札のない装身具は見て分かる一級品だった。
「わぁ……」
「これは……、凄いとしか言いようがないね……」
どれだけ言葉を知っていたとしても、その一言しか出せないであろう蠱惑的な品々。
聖鉱石で作られた指輪やネックレスなどは輝くほどの白銀で、【邪気】の浄化は完璧。まるで絡み合う蔦の様に複雑ながらも華美な造形は、王族に献上されてもおかしくない代物だ。
集まっている人も感嘆の声を漏らしており、店主の無対応も気にしていない。
「もっと前で見る?」
「ううん、ここで良い。みんなの楽しみを邪魔はしたくないから。こうやって雰囲気を楽しめるだけで十分。感動に違いはないしね」
人と人の隙間で、小さく首を振るうエトナ。アッシュも夢中だからと言って前に引っ張って行ったりはしない。
こんな祭りの中でも、彼女たちは自分達が悪い意味で目立つことを理解している。さっきのような、みんながはしゃいでいる中での一人なら問題ないが、こういう場で『我』を通せば、簡単に空気が壊れてしまう。
エトナもアッシュも、堂々と街を歩くことが出来るだけで満足。このくらいの理不尽なら、二人にとっては無いも同然だった。
――ところが
「そこのお熱いカップルさん。あんた達、もっと前に来な。あんた達になら、これを渡しても良さそうだ」
「へ?」
「僕たち……?」
「そう。ほら、おいでおいで」
これまで声も発さなかった店主が突然二人に向かって手招きすると、周りにいた人々が一斉に道を開ける。
こうなってしまったからには前に出るしかないと、エトナは辟易としながらアッシュと共に前に出る。そこでようやく人々の意識が二人に集中すると、二人の想像通りに彼らの顔が一瞬で歪んだ。
その意識を感じ取りながらもエトナは無視して、しかしわざわざ呼び出した店主を憎々しげに睨もうとすると――
「いやあ、やっぱり良いねお祭りは。こうやって美しい人に出会えるんだから、店を開いた甲斐もあるってもんだ」
「……へぇ」
「アナタ、『目』が怖くないの?」
二人を真正面から見ても一切変わらぬ態度にアッシュは興味深そうに笑い、エトナはその反応に訝しむ。
初見で何も気にされないと言うのは二人にとっても初体験だった。
「目が怖い? あぁ、その色か。まぁおっかない色ではあるが、別に思うことは何もねぇな。こちとら商売人だからよ。もっとおっそろしい目つきした奴とかはごまんと見てきた。それに比べたら、たかが目の色で一々反応してられるかい」
「ふーん。珍しい人ね。私に出会ってそんな理性的に話す人、初めて見たわ」
「そら、お嬢ちゃん災難だったな。よっぽど出会う人に恵まれなかったと見える。隣の兄ちゃんは別だろうが。――まぁそいつらの、気持ちは分からなくもないが『誰が悪い』のかは分かってるのに、別の奴に八つ当たりするなんてガキみたいなことはしないって嫁に誓ってんだ」
「良い誓いだね」
「だろう?」
初めて言われた言葉に気恥ずかしくなるエトナ。顔をモニョモニョとさせる一方で、共感した店主とアッシュは笑い合っていた。
そんな様子に、バツが悪くなったのか囲っていた客たちがまばらにいなくなる。
気づけば三人だけ。すると店主は徐に頭をかきながら二人に頭を下げた。
「にしても、あーまさか、全員いなくなるたぁな。嬢ちゃん、随分とまぁ世知辛い人生送ってきたんだな」
「別に、慣れてるから」
「こういうのは慣れちゃいけねぇんだが、そこらへんのことは兄ちゃんがなんとかするか。ま、あんた達の事情を無視して俺の欲を優先したのは悪かった」
「欲望?」
「そ。ここにある奴らは全部、嫁が生きてた時に作ったやつでね。あんまり出来が良いもんだから勿体無くてずっとしまっておいたんだが、〈開拓祭〉が始まったとなりゃそいつも勿体無ぇ。だからこうして店を開いたんだが……」
「売るのが惜しくなった?」
値札も貼っておらず、口も一切開いていなかったところを思い出し、店主の胸中を察するエトナ。
言い当てられ、店主は苦笑する。
「そういうこと。だから、俺が受け取って欲しいと思った奴らに、俺たち渾身の品を渡すことにしたんだ。で、そこにあんた達が来てくれたってわけ」
「別に、僕ら何もしてないと思うけど」
「いいや、見れば分かる。これでも人を見る目には定評があってね。まぁ嫁の言葉なんだが」
嬉しそうに言う店主。フードの奥から覗く紺碧の瞳を二人に向け、間違ってなかったという様に何度も頷いている。
「うん、うん。見立て通り、良い〈合力〉だ。こんな祭りの中でも常在戦場の意識がある上に、流れも澱みない。純度の高い光、お互いを強く想い合っている証拠だ。まさか学生でこのレベルを見れるとは思わなかったからな。素直に感動だよ」
まぁ手を繋いでるのは、そうしたいからなんだろうな――と、〈合力〉があくまでついでであることを見抜きながらも、咎めることなく微笑む店主。
そのままエトナの目を指差した。
「で、なにより嬢ちゃんその目。色物だからってわけじゃないぞ。何物にも屈さないであろうその強い意志に俺は一瞬で惹かれたのさ」
「えっと……。どうしようアッシュ。なんて答えたらいいか分からないんだけど……」
今までの人生、アッシュ以外の人間がエトナを一目見て笑顔を向けてくるようなことは一度もなかった。大抵がさっきの人々の様な嫌悪の反応だ。
心を許していない相手からの、心からの好意を受け取る用意が出来ておらず、抱きしめるアッシュの腕に力を込めてしまう。
ただ、アッシュはというと――
「エトナ。この人良い人だ。欲しいやつなんでも言っていいよ。なんでも買うから」
「いや、アッシュ……。そう思ってくれるのは嬉しいんだけど、なんか違うかも」
――一緒に踊っていた時のような、嬉しそうな笑みを浮かべていた。
「ハハッ、面白い兄ちゃんだな! あんた見てると変な感じはするが、愛する人を褒められて嬉しくなるたぁ、良い奴に決まってる。っし、決めた! さっきの詫びも含めて、好きなやつ持っていきな!」
呵呵大笑と言わんばかりに店主も顔を綻ばせ、両腕を大きく広げて商品を差し出す。どれもこれも煌びやかなアクセサリーばかり。持っていればそれだけで自慢になる逸品だ。
それを持っていっていいとは、その豪胆さに欲しい心も忘れてエトナは思わず呆れてしまう。
「どうする、アッシュ……。貰っていいと思う……?」
「いいんじゃない? 向こうから言ってくれてるんだし、せっかくの善意を断るのも後味が悪いでしょ」
「そう、ね。なら――」
――と、そこでエトナがアッシュの首に巻かれていた白銀のチョーカーに気付いた。
「アッシュ、そのチョーカーどうしたの? 演習の時は付けてなかったよね?」
「え? あぁ、これ? 孤児院に帰った時に、オルガ……お婆ちゃんに貰ったんだ」
「へぇ、お婆ちゃんから……」
眉をピクっとさせ、声色を低くしたエトナが呟く。
「ッ! あ、いやごめん! そういうつもりじゃなかったんだけど――」
孤児院・貰い物。アーデンスでの当てつけみたいになってしまったかと、怒らせたと思い、咄嗟にアッシュが謝る。
ただ、どうやらそうじゃないみたいで、エトナはじっとチョーカーを見つめていた。
「エ、エトナ……?」
「分かってる。気、遣ってくれたんだよね。大丈夫、そこに思うことは何もないから。ただ、私が思ったのは――」
チョーカーを見た瞬間、考えてしまったこと。それを恥ずかしいとも思わず、エトナは商品の中にある似たようなチョーカーを指差した。
「お兄さん、このチョーカーちょうだい」
「へ?」
「ハハッ!! 嬢ちゃんも良い感じに愛が重たいな!」
「悪い?」
「全然ッ! 最高だ。いいぞ、持っていきな」
要するに、嫉妬だ。
相手はお婆ちゃん。それもアッシュの大事な人というのは分かっているが、『女性』から贈られた物を身につけていることに我慢出来なかっただけ。
だったら、せめて私も――と刹那に考えたのである。
くつくつと店主は笑い、アッシュが付けている菱形のチョーカーと似たチョーカーを差し出した。
と、それを横からアッシュが取って、代わりに聖鉱製の貨幣が詰まった小袋を手渡した。
「じゃあはい。一万ユピルで良い? こんな綺麗なチョーカーじゃ安すぎると思うけど、あいにく手持ちがこれが精一杯でね。善意につけ込むようで悪いけど、お願い」
「あん? 金はいらねぇって言ったろ?」
「うん、ちゃんと聞こえてたよ。けどね、エトナが『そういうこと』なら話は別だからさ。違う男がプレゼントしちゃうってのは面白くなくてね。少しでもチラついて欲しくないんだよ」
どこまでも真剣な眼差しにポカンとなり、店主は今度こそ大笑い。笑いが辺り一帯に響き渡るが、そんなことはお構いなしだった。
「ははっ! ますます気に入った! ならコイツは貸しにしといてやる。俺の名前は、ラングロッタ。元〈鋳火師〉だ。特別な装備が欲しけりゃ、俺の工房を尋ねてきな。新しいのは作ってやれねぇが、良いもんは残してあるからソイツを渡してやるよ!」
「「ッ!!?」」
【隷獣】の外殻を〈合力:煉火〉によって聖鉱石を作り、加工する者を総称して〈工火師〉と呼ぶが、その中身は三つに分けられている。
まず武器や素材などを量産出来るのが〈煉火師〉。その次が、唯一無二の製品を作り出し、複雑な機構や文明の利器を生み出す〈鋳火師〉。その上が、〈合力〉を通しやすくする指輪を作るような、文明を発展させる英傑〈耀火師〉だ。
ただ、大半が〈煉火師〉で生涯を終えることを考えると、〈鋳火師〉は上澄みも上澄み。
アクセサリーの出来が良すぎるのも納得だった。
思わぬ縁に驚きながらも、二人は礼を返してこの場から去る。
「ラングロッタさんですね、それじゃあ貸し一つということで」
「ありがとう。〈執火官〉になったら、すぐに行くわ」
「楽しみにしてるよ、未来の英雄」
ラングロッタと別れ、人通りがなくなった路地に向かった二人。そこで、言うまでもなくエトナが首を差し出した。
「ん」
「はいはい。ちょっと待ってね」
どこまでも丁寧で、たおやかにエトナの首にチョーカーを巻くアッシュ。優しい想いが首から全身に伝って、エトナの心がいっぱいになる。
そっと、守られた首を触って艶やかにエトナが微笑む。
「これで、私はアッシュのモノって分かるわね。重いかしら?」
「多分ね。でも、心地良いから問題は何もないよ」
「そっ、なら良かった」
弾む心に合わせて足取りも軽くなる。そのまま二人は手を繋ぎながら誰もいない道を歩いていった。
「次、どこに行く? それとももう遅いし、今日は帰る?」
「んー、じゃあ私、ちょっと行きたいところあるんだけど」
「いいよ。どこでも」
「やった! じゃあ――」
繋いでいない方の手も取り、前に立ったエトナがさっきの嫉妬を決しながら告げる。
「――私、アッシュのお婆ちゃんに会ってみたい」




