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第二十二譜 滅亡の危機はすぐそこに

 ――一週間前


「正気ですか、リヒター様! 〈グロウズ〉を〈狩場〉以外の〈戦線区域〉に出すなんて…!」

「正気も正気。こいつらの成績を見れば、出すのが妥当だろうが」


 光沢のある聖鉱石製の白銀の大きな机を挟み、ヨハンは座っている()()()()()()に詰め寄る。

 長い白髪を毛先で結び、皺があるものの老いを感じさせない生気溢れる精悍な顔立ち。ゆったりとした白基調の服を着て、強者の極みと言わんばかりの風格を放つ『リヒター・ドルタス・ウィルヴァント』78歳。


 その隣でニコニコと柔和な笑みを浮かべているのが、リヒターのパートナーである『ネメシア・ドルタス・ウィルヴァント』だ。灰褐色の髪をお団子に纏めた彼女もまた、歳に似合わない肌の張りを持っている。包み込むような雰囲気はそこ知れぬ余裕を感じさせる。

 王より〈典火院〉の学院長を任された歴戦の〈執火官〉。

 そんなリヒターは敵意も隠さないヨハンを見るまでもなく、緑色の〈合力〉の光を纏った腕で書類をめくっていた。


「ヨハン。気持ちはわかりますが、感情で喚くのはやめなさい。リヒター様に失礼ですよ」

「別に、構いやしねぇよ。この程度で一々目くじらを立ててたら、キリがないからな。言いたいことは全部言わせてやるよ。マリエラ、お前だって別に納得したわけじゃないんだろう? 表情、ずっと固いぞ」

「……いつものことです」

「それでちゃんと感情まで隠せていたらな」


 合理の前には心の奥底まで自分の感情を隠すマリエラの本心を見抜くリヒター。黙ってしまうマリエラが、そのまま答えを示している。


「お前たちが懸念していることは尊重してやろう。理解もする。儂だってなるべく実力があるやつは大事に育てたいからな」

「だったら……!」

「分からねぇかな。――それをやっている時間がなくなったって言ってんだよ」


 鋭い声色の吹き飛びそうになるほどの『圧』を出すリヒターが、〈合力〉を消して両腕を突き出す。

 否、見た目で言えば、突き出されたものは何もない。

 ()()()()()()を見て、ヨハンの喉がヒュッとなる。


「【赫醒戦】が近ぇ」

「「――――」」


 今度こそ、ヨハンの声と思考が消滅する。すかさずマリエラがヨハンの袖を引いて意識を切り替えさせるも、動揺は収まらない。


「で、でも【噴火期】の周期には……」

「確かにそうだ。けど、【噴火期】を待たずに発生することくらい26年前に分かってんだろ。【〈神〉】ってのは気まぐれだ。こっちの事情なんてお構いなしに、滅ぼしにかかる。事実、それで一回滅びてるしな」


 ――この世界は、七度引き裂かれている。

 【神】の恩恵を忘れた怠惰な生命種に愛想を尽かした邪神【テュフォネ】と、生命種を諦めなかった善神〈メテウス〉が戦い続けること七日七晩。


 一日目:文明の崩壊。

 二日目:植物環境の崩壊。

 三日目:海の崩壊。

 四日目:大地の崩壊。

 五日目:天の崩壊。

 六日目:時間の崩壊。

 七日目:概念〈魂〉の崩壊。個の意識が消滅し、『無』に向かう。

 終の日:【〈神〉】の崩壊。


 凄絶なる戦いの末に【テュフォネ】は【シギラム山】に封印。〈メテウス〉は時と概念の崩壊を生存可能な最低域まで戻し、微かに残った力を生き残った人類に力を注いで〈気力〉と〈魔力〉の発現を見届け消失。

 やがて人類種によって【ラグナマキア】と名付けられたこの聖戦だが、【テュフォネ】の眷属である【隷獣】が、同じく生き残った人類を滅亡させようとする代理戦争をしているおかげで今もまだ戦いが続けられている。

 そんな中で、封印されている【テュフォネ】が自分を解放せよと言わんばかりに、暴れ出すのが【噴火期】だ。

 【シギラム山】から噴出される超高密度の【邪気】が、【隷獣】を大量発生させる上に力まで与えて人類を滅ぼしにかかる。

 それに伴って行われるのが、【隷獣】との全面戦争である【赫醒戦】だった。


「煌歴150年の【赫醒戦】で一つの都市が消滅してから、50年周期で発生するとされた【噴火期】。それから50年ごとに【第二次赫醒戦】、【第三次赫醒戦】――と戦いを重ね、次が450年と思われていたのが突如その周期を待たずに410年に勃発した【第七次赫醒戦】。あれがどれだけの被害をもたらしたか、お前も身に染みて理解しているだろう?」

「それ……は」

「もし次に同じことを許せば、今度こそ人類は滅亡する。四の五の言ってられないんだよ。使えるもんはなんでも使う。〈道導〉の時と同じだ」

「……」


 【第七次赫醒戦】では、当時確認されていた中での最強格たる【七ツ眼(セプテム)】が大量出現。クネウステラ大陸全土の都市が危機的状況に陥り、その中でも【シギラム山】から遠くにあるからと油断していた〈アルカ〉が壊滅の危機に。

 人口170万人が50万人にまで減少。そうした絶望的状況の中で、駆り出されたのが圧倒的な実力を放っていた14歳の〈道導〉。

 名だたる〈執火官〉を押し退け、【七ツ眼】を蹂躙した〈道導〉が英雄となった瞬間だった。

 マリエラが、入念に報告書を読んでいたネメシアに質問する。


「ネメシア学院長。使えるものは使う方針は分かりましたが、それは確定情報なのですか? 確かに26年前の一件で周期に疑念が芽生えましたが、あれは被害規模を鑑みて【第六期】の噴火が弱かったからその分――というのが研究結果です。第七次で大爆発して『火種』が無くなった以上、周期は元に戻る計算では?」

「そこに付け加えるなら、それはあくまで『仮定』の話。終末論じゃ、26年前の時点で【テュフォネ】の復活が近いと言われてたはずよ。なら、『今』起きてもおかしくはないとは思わない?」

「……」

「それに、これはもう確定情報よ。ほらこれ、観測班からの報告書。あたしも目を疑ったけどね、五十六区画まで拡大させた〈道導〉からの観測情報なら信じるしかないでしょう」

「五十六区画…!?」


 拡大させたことに驚くヨハン達。〈道導〉が開拓している〈戦線区域〉は、【七ツ眼(セプテム)】が平然と生息しているこの世の地獄だ。

 そんな中で区域を拡大させることはまさしく偉業だが、だからこそその絶望的情報に信憑性が生まれてしまう」


「【シギラム山】にはまだ距離があるとはいえ、最も近い場所にいる者からの報告よ。これを信じないと、人類が生き残れないわ」

「情報じゃ、【噴火期】までのリミットは最長一ヶ月。〈道導〉が間に合うかどうかギリギリのとこだ。他の〈執火官〉も出張ってる以上、人手が足らん。〈グロウズ〉は使わなきゃいけないんだ」

「そう、ですね……」


 どうすることも出来ないと、歯を噛み砕かんばかりに噛み締めるヨハン。

 そんなヨハンに肩をすくめながら、リヒターは腕を戻して机にあった『命令書』を渡す。


「ヨハン、そんな顔しても無駄だ。これはもう〈総火府(ソウカフ)〉の命令だからな。人手が足りないから、駆り出す。混乱を避けるために〈総浄府(ソウジョウフ)〉も〈総工府(ソウコウフ)〉も秘密裏に動いている。決定事項だ」


 都市を動かす行政機関が、人類延命のために既に動いている。

 となればもう、無理やりにでも納得せざるを得ない。強張っていたヨハンの体が、諦めで力が抜ける。


「まぁ安心しろ。〈グロウズ〉を駆り出すって言っても、あくまで第二区画まで。大半は〈執火官〉が狩るし、参戦条件もちゃんと出されてある」

「参戦条件?」

「ここ一ヶ月の〈狩場〉での戦闘で平均討伐数が二桁以上の者、だ。これなら、任命式を迎えていないだけで実質実力は〈執火官〉と同じ。このスコア通りに〈英雄候補〉が活躍してるなら、いい実戦経験にはなるだろ」

「ッ…! 〈英雄候補〉とはいえ、16歳組も出すんですか……!?」

「過保護なのも大概にしなヨハン。人手不足の今、年齢は関係ないでしょう? 〈道導〉の時と同じよ。今度あの被害を出したら、人類は生きていけなくなるわ」

「当たり前だが、ちゃんと報酬は用意されている。金銭に加えて討伐スコアも通常の三倍だ。今3桁行ってる奴らなら、これで晴れて〈執火官〉の仲間入りだろうよ」


 突き放すように言い放つ二人の学院長。側から見れば非人間的な合理主義かもしれないが、人類生存のことを考えれば文句は言えないヨハン。

 生徒を想い、厳しく接するマリエラもこの時ばかりは了承する。


「……わかりました。僕も覚悟します。もう人類が取る選択肢は限られていますし、有能な者を腐らせておく余裕は確かにありません」

「ですが、学院長。せめて装備だけは立派なものにしてあげて下さい」

「分かってる。最低でも【伝火級(フェッレ)】が使うレベルのモンを用意するつもりだ。だから、お前たちも〈グロウズ〉たちの討伐数は正しく報告しろ」

「はい――」


 そうして、胸に重苦しいモヤモヤを抱えながら、軽く礼をしてヨハン達は立ち去る。


「それから最後に、〈開拓祭〉はいつも通り行う予定らしい」

「……でしょうね。こんなご時世ですし、彼らには思う存分楽しんでいただきます――」


 祝い事の〈開拓祭〉。

 しかし、今の状況を考えればそれは『死地』へと向かう英雄達を送る餞であり、最期の楽しい思い出なのだろう――

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