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第二十一譜 翳り

 なんてことない、平然としたその質問で〈英雄候補〉たちの意識が一瞬で引き締まる。

 【隷獣】に声帯は存在しない。口がある【隷獣】だが、それは見かけだけの武器だ。個体としての機能としてなにかしらの『音』は発せられるだろうが、明確な意志を載せた『声』を出すことは構造的にあり得ないとされている。

 数以上に、進化しているような異常個体と思われる【隷獣】の発生に、薄寒いモノを感じずにはいられなかった。


「……少なくとも、『声』を出す【隷獣】に(わたくし)は出会ったことがありません。数の件も含め、上に報告と調査を依頼しましょう。出会い、生き延びた貴方がたの幸運と実力に感謝します」


 謝意を述べ、マリエラは〈グロウズ〉全体を見るように視線を合わせる。

 討伐数の戦果報告が再開され、やがて最後の一人が終わった。


「よろしい。今日も無事、生き延びられたようでなによりです。本日の実戦演習はこれにて終了。怪我をした者は必ず〈浄火院〉にて治療を受けるように」

「あぁ、それからみんな。明日は一年半ぶりの〈開拓祭〉だ。今から明日まで、完全休日にするから思う存分楽しんでくるといい」


 おおっと嬉しそうに沸き立つ〈グロウズ〉。

 〈開拓祭〉は、〈外界〉における〈戦線区域〉が拡大された時に都市全体で祝われるお祭りだ。

 そして一年半ぶりに〈戦線区域〉を第五十五区画から一つ進めたのが、一週間前のこと。現在の英雄〈道導〉が切り拓いた、希望の誕生だ。報告を聞いてから市民達はずっと湧きっぱなしで、祭りの準備に勤しんでいる。

 決してそこに住めるようになるというわけではないが、人類を絶滅させんとする【隷獣】が跳梁跋扈する〈外界〉にて、それらを押し退けて人の足で大地を踏み締めることは大きな希望となっていた。

 とりわけ、〈道導〉同じ役職に就こうとする〈グロウズ〉たちの感動はひとしおだった。


「休む時は休むのも、良き〈執火官〉の務めです。人類を救う立場になるのですから、心身は整えられる時には万全に整えておくように。いいですね」

「はい!!」


 浮かれながらも自分を律しながらも、どこか浮ついた声色で返事する〈グロウズ〉。

 それをマリエラが優しい笑みを浮かべて返し、実戦演習が完全に終了。先生たちが踵を返して〈外界門〉に近づき、浮かれた〈グロウズ〉が後に続く。

 街に戻った時、居住区から遠く離れたこの〈外界門〉前でも聞こえてくる賑やかしに、ハスタ達も笑みを溢さざるを得なかった。

 そんな中、全く浮かれず表情を険しくしているのがセヴァドスとキッカ。彼らは、去り際にちっとも笑みを浮かべていないヨハンの顔を思い出していた。


「セヴァ様、講師ヨハンのあの態度は……」

「あぁ。基本的に人懐っこい笑顔を浮かべる彼がそれを失っているとなれば、なにかあるという考えるのが妥当であろう。父上からの知らせはまだないが、色々と覚悟の準備は必要かもしれぬな――」


 そうして、帰ろうとしていた〈英雄候補〉たちをセヴァドスは呼び止める。


「そこの〈英雄候補〉、それからエトナとアッシュ。立ったままで良いが、今だけ私を王族として見て話を聞け」

「「「――――」」」


 セヴァドスが王族としての威を放ち、意識を無理やりこちらへと向けさせる。普段は対等の立場を望んでいるセヴァドスがそれを自ら破ったのだ。エトナ達は『ただごとじゃない』と表情を固くする。

 いち早く、それに慣れているオッフェンデレ家のハスタが口を開く。


「なんでしょうか、セヴァドス様」

「言いたいことは一つだけ。まだ確証も何もないが、あまり浮かれてばかりいるな。祭りの時でも常に気を張っておけ。これは、私セヴァドス・メーテリウスとしての『命令』だ」


 重く鋭い声色で放たれた命令に、浮ついていた気持ちが一瞬で消え去り、両の手を組んで礼をするハスタとミィシャ。それにエトナ達も続く。

 正しく命令を受け取ってくれたと認識したセヴァドスが軽く力を抜き、誰よりも先に去っていく。

 道中、見上げる空。〈アルカ〉の遥か上空では、弾けた【邪気】が紫色の光を迸らせていた――



 見守る〈グロウズ〉たちがいなくなり、ヨハンとマリエラが二人きりで賑やかな街を歩く。

 しかし、そこに明るさはない。

 実戦演習が終わって――あるいは、戦果報告を聞いてからずっと暗い表情のままのヨハンをマリエラが嗜める。


「しっかりしなさいヨハン。いつまでそうしているつもりですか? セヴァドス様に気取られてしまったではありませんか」

「ごめん……気を付けてたつもりなんだけど、やっぱり隠せないや……。反省しないと……」

「はぁ……。生徒を思いやる貴方の温かな心には好意しかありませんが、それでも今は弁えなければなりませんよ。なにせ、あれは()()なのですから」

「分かってる……、分かってるけど……。受け入れたくない気持ちも分かっておくれよ」


 今にも大声を出したい喉を必死に押し殺し、胸に溜まった『泥』を潰すように胸元を握りしめるヨハン。

 血管が浮き出るほどに強く握られたその手を、マリエラがそっと包み込む。


「貴方の心配は私も受け止めます。どうか一人で考え込まないように」

「マリュー……」

「それに、きっと大丈夫ですよ。〈英雄候補〉の実力なら必ず成し遂げるでしょう」


 柔らかな笑みでヨハンの心が溶かされる。けれど、こわばった表情は完全には戻らない。


「うん、確かにハスタ達なら問題なく突破できると思う。けど、僕が一番心配しているのはそこじゃないんだ」

「エトナとアッシュ、ですね」

「あぁ。まさか、たった一ヶ月で追いつくなんて思わないじゃないか……」


 見違えるほど楽しそうにイキイキとしているエトナを思い、二人の顔に翳りが映ってしまう。

 驚異的に実力を上げた二人とはいえ、教師であるヨハンにとっては未だに庇護の対象に近い。試験の条件変更を認めたマリエラでも、それがないとは限らない。手のかかる子ほど可愛いと思う。子供のいない二人は、エトナ達をそう認識していた。


「あんな指令が無ければ、まだ()には出したりしなかったのに――」 


 一週間前。ヨハンの脳裏には、伝えられた『指令』へのやるせない怒りが強制的に思い出されていた。

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