第一話:不器用な始まりの庭
朝の陽光がリサイアン宮殿の壮麗な大理石の廊下を照らし、その眩さは壁そのものが歌い出しそうに見えるほどだった。
庭園の中心には、豪華な丸い木製のテーブルが立てられ、金髪のセレスティア王女がそこの椅子で足を組み替えながら座っている。彼女はピンクのシルクのドレスに身を包み、その華やかな姿はまるで絵画から飛び出してきたようだった。
だが、その美しい顔はしかめっ面をし、時折に脚の位置を変えながら小さな靴で石畳をいらだたしげに叩いていた。
「遅いわよ!」彼女が鋭い声で叫んだ。
庭師や使用人たちの間では、新しい旅人の話で持ち切りだった。その男は遠く離れたナイアラという国からやってきたらしい。しかし、セレスティア王女にとってそんな話はどうでもよかった。重要なのは、その男が彼女のすべての願いを聞き届け、それを洗練されたやり方で実行することだけだった。
彼女は金髪の三つ編みを引っ張りながら、その苛立ちを抑えきれない様子だった。
その時、庭の門がきしむ音が聞こえた。そこには、門の前でためらいがちに立っている大柄な男の姿があった。広い肩と静かな強さを持つその男――俺、タエ・アマディは、緊張を隠せず、庭全体を警戒するように視線を走らせた。
燦々と降り注ぐ太陽の下で俺の黒い肌が輝くが、この場にいることに対する居心地の悪さはぬぐえなかった。
「なんて場所だ……全てが明るすぎる。」
俺は心の中でそう呟きながら、足を踏み入れた。
「ようやく来たわね!」
明らかに裕福そうな家系の金髪少女が振り向き、鋭い声を上げた。その声に、俺は反射的に背筋を伸ばす。王様から聞いたセレスティア王女だな。
王女の青い瞳が、まるで凍てつくような視線で俺を射抜く。俺はライオンに囲まれたことも、荒波の海を生き延びたこともあったが、今目の前にいる小柄な金髪の少女が、俺の喉を乾かすほどの威圧感を放っていた。
「あんたがお父様の言う、 タエという男なの?」
「あ、はい。えっと…、遅くなって申し訳ありません、王女殿下」
俺はなんとか声を絞り出して、またも言葉をつづける、
「道順が……少し分かりにくくて。」
彼女は俺を上から下までじっくりと眺める。その仕草はまるで珍しい品物を品定めする商人のようだった。
「そう。...まあ、外国出身って聞いたから、そして初めて我が国、私達の城にやってきたから、道に迷っても仕方ないわよね。それにしても、思ってたよりも背が高いわね。それに……肌が黒い。」
その一言に、俺は心の中で身構えたが、顔には出さないよう努めた。
「ええ、まあ。それは……その通りです。」
「どうしてそうなってるの?」
「僕の国では陽射しが強いので、一々外出する度に酷く日焼けしないために黒い肌である方が皮膚を守りやすいから」
「へえー。陽射しの強いところってそんなに自由自在で肌色を変えられるの?」
「いいえ、生まれる前の段階で、身体の細胞が気候に合わせた肌色にしてくれたので」
「...そう。それならいいわ。難しい科学の話をしなくても」
「はい」
なんか不機嫌になってないか、王女様?
「......」
「なぜそんなに遠くに立っているの?」
彼女が怪訝そうに首を傾げたが、俺だってこうしたくてした訳ではない。
本能的に怖いんだ。
『白人の上流階級』が。
「私が怖いの?」
「...はい」
と思わず口を滑らせてしまった。
「な!な、何ですって!?」
彼女は驚いたように目を見開く。
「私が怖いってどういうことなの!? 私、まだ11歳よ!」
「だからこそです!」
俺は思わず声を張り上げた。
「小さいお嬢様は……特にお金持ちの方々は、恐ろしいんです!」
本当の理由を言いたくなかったので、咄嗟に思いついた言い訳だったが、その場が静まり返り俺は自分の言葉の愚かさに気づいた。彼女もまた、困惑の表情を浮かべていた。
「あんた……変な人ね。」
やがて彼女も口を開く。
「でも、嫌いじゃないわ。変わってる人、好きかも。でも、私に仕える気があるなら、その恐れを克服することね。」
「仕える?」
俺は眉を上げた。
「話が違いますよ。僕が雇われたのは一度の任務っきりの案内役と護衛としてだけです」
「護衛?」
彼女は芝居がかった驚きの声を上げる。
「私が? 何から守るというの?」
俺は庭を一瞥し、あまりにも手入れされすぎた景色に小さく笑みを浮かべた。
「王様からお聞きではなかったでしょうか? 今月末に王都で記念祭が催されると聞きましたので、その際に王女殿下が町中を歩き回り、各要所の店舗を祝福する神聖魔法をかけて頂く
ための護衛として僕が雇われましたから」
彼女は目を細めたが、その端に微かな笑みを見せた。
「...えっと、確かにお父様からはそんな話も聞いたことあったかも?私がその祝祭の日に参加してる間、護衛かなにかが私の側にって。...なら、それは面白いわね。いいわ、だったらその日になったら護衛してちょうだい。ただし、覚えておいて。私は待たされたり、子供扱いされるのが嫌いなのよ?」
「大丈夫です。王女殿下のお気に入りになれるよう、頑張って勤めていくつもりなのですから」
「そうしてちょうだい」
王女がきっぱりそう命令したのだけれど、
「それと、もう一つ覚えておいてください。」
俺は少しだけ自信を持って言った。
「王女の身分であろうと、僕はあなたを甘やかすためにここにいるわけではありません。一緒にやっていくなら、お互いを信頼する必要があります。そうすることでしか貴女を完璧に守れる気がしませんから」
彼女は腕を組み、じっと俺を見つめた。
「信頼、ね。わかったわ。あなたが私からそれを得られるか、見てみましょう」
その瞬間、俺たちの間の緊張はわずかに和らいだが、これから始まるであろう奇妙で不器用な冒険の予感は、確かにその場に漂っていた。




