第3話 ローズマリーとカイン殿下
顔合わせの翌日の午後のことだった。なんとカイン殿下がサファイア公爵家にお見舞いに訪れたのだ。
私は大した怪我ではなかったので、応接室にご案内しお会いすることになった。
「ローズマリー嬢、体調はどうだろうか?気分は悪くないかい?これはお見舞いに」
そう言って赤いバラの花束をくれた。
「カイン殿下、ありがとうございます。こんなにたくさん嬉しいです。大した怪我ではなかったのでもう大丈夫です。ご心配をおかけしました」
私はカイン殿下に頭を下げた。
「ローズマリーに喜んでもらえて嬉しいよ。怪我も大したことがなくて良かった。愛しい君を失うのではないかと気が気じゃなかったよ。お見舞いのついでと言っては何だがお互い教育は一段落したところだし、これからは婚約者として交流を深めたいと思っていることを伝えたかったんだ。まずは、2人きりの時は名前だけで呼ぶことから始めよう。私のことはカインと。呼びなれたら敬語もやめていこう。これからよろしくね」
カイン殿下に押し切られる形で〈カイン〉〈ロージー〉と呼ぶことになった。「恋ピンク」のカイン殿下はこんなキャラだっただろうか?悪役令嬢をロージーだなんて聞いたことがない。何だか甘い。〈愛しい〉とか聞こえた気がする。それにこんなエピソードはあっただろうか?
なんだかんだとカイン殿下は最低でも週に1回は我が家を訪れた。我が家でお茶をしたり、一緒に街に行くこともあった。もちろんカイン殿下が寄付を続けている孤児院にも行った。孤児院にもマメに顔を出しているらしく、子どもたちにも慕われているようだった。子どもたちに囲まれて微笑む姿を見て私はカイン殿下に恋に落ちた。
半年後には王太子妃教育も始めることになり王宮に行くことも増えた。王太子妃教育は淑女教育とは比べ物にならないくらい大変だったが、王宮を訪れている時は必ずカイン殿下は声をかけに来てくれた。
「ロージー!会いたかった。王太子妃教育は大変なものだと聞いているよ?わからないところは一緒に勉強しよう。もちろん時々は息抜きもね!」
パチンとウインクをしながらカイン殿下は言った。
「カイン、王族の歴史で分かりにくいところがあるから教えてもらいたいの」
最初は遠慮していたけど、カイン殿下は教え方が上手いので素直に甘えるようになっていった。甘えられると喜ぶのでそれもあるけれども。
学園入学前にカイン殿下の婚約者として社交界デビューをした。カイン殿下は社交界デビューに付けるようにと大きなブルーサファイアの付いたネックレスとピアスのセット、カイン殿下の髪の色であるシルバーのレースがふんだんについたドレスを贈ってくれた。
「こんな高価なものいただいていいのかしら?」
「このサファイアは私の資産であるジュエリー山から採れたものなんだ。ぜひロージーに付けてもらいたい。君に贈るために探させたんだよ。全身僕の色味で嬉しいな」
カイン殿下は私にものすごく甘い。甘すぎて幸せな日々が続くのを夢見てしまう。いつかはヒロインが現われてカイン殿下はそちらに行ってしまうのに。
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カイン殿下の婚約者として交流して1年が過ぎ、私たちは15歳となり学園に入学した。
学園は寮生活なので歳の離れたかわいいかわいい弟と離れるのが悲しすぎる。心配していたお母様も今は十数年ぶりの育児を楽しんでいるようだ。お父様の溺愛もお母様と弟と私にちょうどよく分散されていて、あまり重くないのは嬉しい誤算だ。お母様も弟も元気でゲームの強制力とやらはないようでひと安心だ。
そうそう、学園に入学してもピンクのフワフワツインテールのヒロインことリリーは現れない。学生名簿を閲覧して確認したけどリリーと言う名前の令嬢自体入学はしていない。
カイン殿下と街に出かけたときに噴水の前の花屋さんで前世で見たヒロインのスチルにそっくりのカワイイ女の子が働いていた。たぶんヒロインだと思うけど、親の仕事を手伝う普通の平民という印象だった。カイン殿下もヒロイン(仮)の女の子を見ても惹かれている様子もなく、噴水の前を通り過ぎた。
学園では乙女ゲームは一向に始まる気配がなく、攻略対象たちもそれぞれ婚約者との親交を深めている。私とカイン殿下が学生生活を恋人期間のように楽しんでいるのを見て、皆そういうものだと思って真似ているようだ。特に大きな事件も起こらず友人たちと過ごす学園生活は楽しい。
それでも起きてしまう小さなトラブルは、次期王太子妃の看板を振りかざし私が解決することもある。
カイン殿下は会えば甘い言葉を吐くし、プレゼントもたくさんしてくれる。学園でもランチは絶対に一緒だし、私の手に余る問題が起きると何処からともなく現われて解決してくれ頼もしい。夜会にもエスコートは欠かさないし、他国の王族の前でも惚気けるのは困ったものだ。
もしかして私はこのまま幸せになっていいのかな。
今までヒロインの出現に怯えて自分の気持ちをカイン殿下にハッキリとお伝えすることはなかった。ヒロインが現れないのであれば、カイン殿下に素直な気持ちをお伝えしよう。
「私も貴方が大好きです」と。