第1話 ローズマリー視点
こちらは以前投稿した「乙女ゲームが始まらないのはなぜでしょう」を大幅加筆、修正したものです。
それぞれの視点に加筆+新たなエピソードを追加しています!
よろしくお願いします。
「我が家の天使ローズマリー。来週、お前の14歳の誕生日にカイン殿下が我が家にいらっしゃるよ。安心しなさい、お父様が一緒だから緊張しなくても大丈夫さ」
お父様がそう言ってわたくしの金色の髪をやさしく撫でてくださいました。
わたくしの名前はローズマリー・サファイア、キャンデリア王国の名門サファイア公爵家の一人娘でございます。
2年前、お母様がドールゴ病という不治の病に倒れられた時からお父様の溺愛に拍車が掛かりちょっと重い今日このごろでございます。
我が国では学園入学前の14歳に婚約者を決めることが一般的となっております。しかし、わたくしの場合はお母様の親友である王妃様の「臥せっているマリエッタを少しでも安心させてあげましょう」と言う鶴の一声で、王妃様のお生みになった第一王子であるカイン殿下と2年前の12歳に婚約の運びとなりました。
わたくしとカイン殿下は婚約者とはなったものの形だけの婚約関係で直接お会いすることはありませんでした。まだ後継者教育、淑女教育途中のわたくしたちに余計な感情を抱かせないためだったと聞いております。
そしてお互いの後継者教育・淑女教育の基本が終了いたしました。わたくしの王太子妃教育が始まる前の14歳になった今日ようやくカイン殿下とお会いすることとなったのです。
カイン殿下は王妃様譲りの銀髪、王家にのみ受け継がれる碧眼でとても見目麗しいお姿だと聞いております。そしてお若いながら個人資産を築き、その資金で孤児院の運営にも力を入れ、気さくに孤児院を訪れ子どもたちにも好かれているという素晴らしいお方なのです。
わたくしは腰まで伸びた金色の髪を侍女に編み込んでもらい、お父様から誕生日プレゼントにいただいたうす紫色のドレスに着替えカイン殿下が訪れるのを待ちました。
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「カイン殿下、我が公爵家へようこそお越しくださいました」
お父様がそう言ってエントランスでカイン殿下をにこやかに迎えておりました。
お父様の後ろでわたくしは頭を下げ緊張しながらその時を待ちました。
「殿下、こちらが愛娘のローズマリーです。さあ、ローズマリーご挨拶を」
お父様がわたくしをカイン殿下に紹介しました。
私が口を開くより先にカイン殿下が話し始めました。
「はじめましてローズマリー嬢。僕の名前はカイン・キャンデリアだよ。婚約者である君にずっと逢いたかったんだよ。可愛らしいその顔を見せて?」
カイン殿下は思っていた以上に優しいお声でわたくしに話しかけてくださいました。
「カイン・キャンデリア殿下、初めて御拝謁いたします。キース・サファイア公爵が娘、ローズマリーでございます。どうぞよろしくお願いいたします」
公爵令嬢として恥ずかしくないカーテシーから顔をあげてカイン殿下と視線が重なり合いました。
銀髪碧眼のお美しいご尊顔……あれ、どこかで見たことのあるお顔ですわ。
あれ、あれあれ?
なにかに頭を打ち付けたような衝撃と共に「恋はピンクマーガレットと共に」という言葉が頭に浮かび、以前わたくしが黒髪黒目の平凡な顔立ちの女の子であった時の記憶が頭に浮かんでまいりました。
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その後のことはよく覚えていないけど、私はカイン殿下との挨拶の際に倒れてエントランスの大理石に頭を打ち付けてしまったらしい。顔合わせは中止となり、カイン殿下は心配そうに何度も振り返りながら王宮へ帰って行ったそうだ。
私は自室の天蓋のついたベッドに運ばれ公爵家お抱えの医師の手当を受け、今まで眠っていたということをお父様に聞いた。頭の方は小さなたんこぶができた程度でたいしたことはないようだ。
お父様は私が目を覚ましたことをワンワン泣きながら喜んでくれた。エントランスの大理石を磨いた掃除婦を首にすると息巻いていたので、滑って転んだわけではないことを説明し掃除婦を首にしないようお願いした。そういう愛情はいりません。
お父様が部屋から出ていくと物理的にも精神的にも頭が痛くなった。ここ数時間で前世と思われる記憶を思い出したのだ。もちろん、今までのローズマリーとしての記憶もしっかりあるのでお父様とも普通に話すことができた。
前世での平民のような言葉遣いを思い出したら、なんだか馴染んでしまったので人前でうっかり口に出さないように気をつけなければならない。
前世でのすべての記憶を思い出した訳ではないけれど、その中でも重要なことはこの世界は私が前世でやっていた乙女ゲーム「恋はピンクマーガレットと共に」の世界そのものではないかということ。
キャンデリア王国、カイン殿下にサファイア公爵家……そして、見覚えの有りすぎるこのローズマリーの顔は間違いないと思う!
「恋はピンクマーガレットと共に」は、ヒロインである男爵令嬢リリー・ファンドルが学園に入学し第一王子、第二王子、伯爵令息、騎士団長の息子、幼なじみの子爵令息といった攻略対象と紆余曲折を経て恋に落ちるという乙女ゲームだ。
ヒロインことリリーは元は平民で母親と花屋で生計を立てていた。ある日貴族の落し胤ということがわかり学園に入学するところからゲームはスタートする。花の知識を生かして学園で起こる事件を解決したり、花を使って攻略対象の好感度を上げていた。
エンディングでは最も好感度の高い攻略対象からの告白に、リリーが「私の心を貴方に」と言ってピンクマーガレット〈花言葉は真実の愛〉を渡すスチルが綺麗だった。
第一王子であるカイン殿下の婚約者としてヒロインの邪魔をするのがローズマリー・サファイア公爵令嬢だ。
ちなみにローズマリーはどのルートでも出てくる。婚約者以外に黒幕やスポンサー、従兄妹や親友の協力者という理由でも出てくる。
そして最後には罪の重さは違えど断罪される運命なのだ。
カイン殿下ルートでは、次期王妃の肩書きばかり見ているローズマリーにカイン殿下はうんざりしていた。そんなとき学園で王子としてではなく一人の人間として見てくれるヒロインに出会い心惹かれていく。そんなカイン殿下に気がついたローズマリーは権力を振りかざしヒロインを学園から追いやろうと画策していく。
なぜそんな詳しいのかって?前世の私は「恋はピンクマーガレットと共に」略して「恋ピンク」を全ルートコンプ+隠しルートまで攻略本や攻略サイトを駆使してやり尽くした。そのぐらい大好きなゲームだったのだ。
……そんな今の私は悪役令嬢ローズマリーだ。
悪役令嬢だけあって整った顔立ちに意志の強そうなちょっとだけつり上がった大きな目。間違いなく将来は美人の部類に入ること間違いなしだ。
「恋ピンク」では母親が亡くなり父親の重い愛情と期待に応えようとするローズマリーは王妃の座に固執していた。それ故に王妃の座を揺るがすような輩には容赦なかったのだ。またローズマリーは正義感が強く、婚約者のいる攻略対象に手を出すヒロインも許せなかったのだ。
……ん?お母様亡くなってないよね。
いつ亡くなる設定だっただろうか?思い出せない。
不治の病で亡くなったはずだが、それ以前にお母様は今年になり全快してる。
今年の始め、カイン殿下が出資されている薬学研究所がドールゴ病の特効薬を発見したのだ。
特効薬のおかげでお母様は元の元気なお姿に戻られ、なんと今は懐妊中である。
どうしたものだろうか。私の知る限りローズマリーには破滅する未来しかなかったのだが。