第8章 赤蜥蜴と赤羽根、巨人の里へ エピローグ
エピローグ
「本当にここで良いんですかメープルさん?」
不安そうにメープルに対してそう言ったフリルフレア。そんな自身を心配してくれるフリルフレアにメープルはにこりと微笑んだ。
「はい。それに心配には及びませんよフリルフレアさん、もう帝都ゲオルシュバルツは目と鼻の先ですから」
「それは………まあ、そうですけど……」
まだ心配そうなフリルフレア。だが、心配しているのはフリルフレアだけではない。ローゼリットとスミーシャも若干不安そうな顔をしているし、いつもは無表情なフェルフェルさえもどこか落ち着かない様子だった。もっとも、アレイスローはどこか上の空で考え事をしていたし、ドレイクに至ってはさっきから何も言わずにただ正面をジッと見ているだけだった。
その、ドレイクの見つめる正面に………帝都ゲオルシュバルツへと繋がる正門が聳え立っていた。そう、それほどまでに帝都の正門は巨大だったのだ。
ドレイク達が馬車に乗って帝都ゲオルシュバルツの正門が見える位置まで来た時、メープルが「ここで下ろしてください」とそう言ったのだ。突然のメープルの申し出に驚くフリルフレアだったが、ヒューマン至上主義を掲げるゲオルシュバッハ帝国の帝都であるゲオルシュバルツはこれまで立ち寄ったどの街よりもヒューマン以外の人種への風当たりが強いとのことだった。そのため、ヒューマンが一人もいないパーティーであるドレイク達は当然帝都では歓迎されない。それどころか皇帝直属の帝国軍により拘束、場合によってはそのまま処刑などと言うこともありうるとのことだった。
「そ、それはさすがに言いすぎなんじゃ……」
思わずそう呟くフリルフレアに対し、メープルは首を横に振った。メープルいわくこの言葉は脅しでも何でもなく、起こりうる事実だという事だった。それほどまでにヒューマン以外の人種にとってこの帝都ゲオルシュバルツと言う都市は危険な場所だったのだ。
それゆえにメープルはドレイク達に帝都に入る前に自分を馬車から降ろしてほしいと言ったのだった。もちろんドレイクは相手が帝国軍だろうが何だろうが自分が負けるつもりはないと言い放ったし、フリルフレアも第一皇女であるメープルが一緒なら大丈夫なのでは?と考えたのだが、それでもメープルは首を横に振った。もちろんメープルにとってもドレイクやフリルフレアの申し出は嬉しかった。だが、それでも自分の為にドレイクやフリルフレア達に迷惑をかけられないと考えたメープルはこの場で馬車を降りることを決断したのだった。
正直、今回の一件はある意味メープル殺害を企てる者たちが仕組んだ事件であり、それは帝国内の貴族たちによるものであることから国内においてメープルの味方と言える人物がどれほどいるのか?非常に気にかかるところである。だが、メープルいわく、例え味方がいないとしても、帝都に入った以上は第一皇女である自分に直接危害を加えることが出来る者はそう居ないという事だった。ただ、皇帝ギルガストの絶対的支配圏内である帝都においてメープルの権限など無きに等しいとのことではあったのだが……。
「正直なところ、帝都に入った後の方が心配ではあるんだが……」
「こればっかりはあたし達じゃどうしようもないからね…」
不安そうに言葉を口にするローゼリットとスミーシャ。帝都に入った後、メープルがどういう扱いを受けるのか不安があるのだ。なにせ、今回メープルがローバスヘイムを訪れた理由は帝国から……つまり自分の父であり、帝国の皇帝であるギルガスト・メギド・ゲオルシュバッハの野望からハイ・ジャイアント達を守るためでもあったのだ。当然その行いは皇帝ギルガストの意に反するものである。ギルガストと言う人物の評価を考えれば娘であり、第一皇女であるメープルであっても処罰は免れないかもしれない。しかしそれはドレイク達がついて行ったところでどうこう出来る問題では無かった。それどころか、ヒューマン以外の種族と友好関係を築いたことによりより一層不利な立場に追い込まれる可能性すらあった。それゆえ何も出来ないことがローゼリットやスミーシャには歯痒かったのだ。
「それでは皆さん、今までありがとうございました。この帝都より、皆さんの旅の御無事を祈っております」
「……へい……メープル…も…気を……付けて……ね…」
「メープルさんもどうかお気をつけて」
メープルの言葉にそう応えたフェルフェルとフリルフレア。ドレイクも腕を組んで無言で頷いていた。ローゼリットとスミーシャも「元気でな」とか「またね」と手を振っている。
それを見届けたメープルは一人帝都ゲオルシュバルツの正門へと向かっていった。
そして、そんなメープルの後ろ姿を見届けながら、アレイスローは一昨日の野営の準備中に起きたことを思い出していた。
その日、帝都まではまだ1日以上馬車を走らせなければ到着しない辺りの場所で、そろそろ辺りが暗くなりかけて来たので、その場で野営の準備を始めた。
例によってドレイクは薪を集めに行き、ローゼリットとスミーシャで野営の為のテントや焚火と竈の設置をしていた。そんな中、アレイスローが水を汲みに行くことを志願したのだ。普段水に関してはフリルフレアの精霊魔法で創り出せるのでわざわざ汲みに行くことは少ない。しかし今日はあえてアレイスローはフェルフェルと一緒に水を汲みに行くと言い出したのだ。
必要はないとはいえ、精霊魔法を使えば魔力は消耗するのでフリルフレア的には断る理由もなく、二人に水汲みを頼んだのだった。
そして、アレイスローとフェルフェルが水を汲みに小川のあった場所へ向かっていったとき、もう一人その場を離れる者がいた。
「あれ?どちらへ行かれるんですか?」
フリルフレアの問いにその者は微笑みながら「すみません、ちょっとお花を摘みに…」と言っていた。ドレイクがいたら「こんな時に花を摘みに行く必要ねえだろ」とか言いそうだが、勿論のそのままの意味ではない。すぐに用を足しに行くのだと察したフリルフレアは微笑みながら「あまり離れすぎないでくださいね」とだけ言って見送った。そしてその者も微笑み返しながら「ありがとうございます」と応えてその場を後にしたのだった。
そんな中、水を汲みに行っていたアレイスローとフェルフェル。もちろん本当に水を汲みに行っていた訳では無い。ただ、アレイスローはもう一度だけフェルフェルと二人っきりになれるチャンスを窺っていたのだ。
「すみませんフェル、どうしてももう一度ちゃんと話をしておきたくて……」
アレイスローの言葉に無言で頷くフェルフェル。
「フェル、あなたはあの時、自分が帝国のスパイであることを認めましたね」
「…ウェ~イ……うん…フェル…認めた…よ…」
「それで……あの時の私の言葉、帝国のスパイをやめるという話は考えてもらえましたか?」
「………………」
アレイスローの言葉に黙るフェルフェル。そして一度目を閉じると静かに首を横に振った。
「…無理…フェルは……陛下を……裏切れ…ない…」
フェルフェルのその言葉に、アレイスローは思わず彼女の腕をつかんだ。
「どうしてですかフェル!皇帝の……ギルガストの事がそれほど大事なのですか⁉おのれの覇道の為に他種族どころか自国民すら犠牲にするような男を!」
思わず激高したように叫ぶアレイスロー。しかしフェルフェルはその言葉にも首を横に振った。
「……違うの…アレイ…」
「何が違うのですか⁉………ま、まさか家族を人質に⁉」
思わず最悪の想像をするアレイスロー。確かにそれならば裏切ることなど出来ないだろう。だが、フェルフェルの答えはアレイスローの考えていたものとは全く違っていた。
「……違うよ…そもそも………フェルの…陛下は…ギルガスト…じゃ……ない…」
「え⁉」
フェルフェルの言葉に思わず思考が停止するアレイスロー。「陛下」と言う言葉は本来皇帝や国王につける敬称だ。それなのにギルガストの事でないとなると……。
その時、アレイスローの中で一つの可能性が閃いた。
フェルフェルととある人物との間のちょっとだけ感じた違和感。その人物を呼ぶときフェルフェルが「……へい…」と言っていたこと。それはつまり……「陛下」と思わず言おうとしてしまったのではないか?つまりはその人物の事を日常的に「陛下」と呼んでいるということで……。
「……フェルの…陛下…は………フェルの…本当の…主は……」
そう言うとフェルフェルは少し横にどき、その後ろに来ていた人物に道を開けた。
その人物を見た時、アレイスローは全て合点がいった。フェルフェルにとって大切な「陛下」とはこの人物の事だったのだ。
「……陛下は…フェルの……本当の…主で……フェルの…一番の…親友で……フェルの…最も……大切な…人…」
そう言うとフェルフェルはその人物の手を取って握りしめた。その時のフェルフェルの笑顔はアレイスローが今まで見たフェルフェルの笑顔の中で一番のモノだった。それを見ただけでフェルフェルにとってその人物がどれだけ大切か、それが分かった。
「なるほど、そういう事でしたか」
納得したアレイスロー。つまり、フェルフェルの本当の目的はギルガストの為に彼の覇道の脅威となる存在を探し出し場合によっては排除する、と言う事では無かったのだ。本当の目的はむしろその逆、つまり……。
「あなたの目的は皇帝ギルガストを止めること。そしてフェルの本当の目的は……そのための力になってくれる仲間を探すこと、そういう事でしたか…」
アレイスローの言葉にフェルフェルのその人物も頷いた。
「……フェルに…とって…真の…主で……同時に…未来の……女帝……だから…フェルは…陛下って…あだ名を…つけた…の…」
「あ、その『陛下』ってあだ名だったんですか…」
さすがに「陛下」という敬称があだ名だったとは思わず若干呆れるアレイスロー。そして、そんなアレイスローに対してその人物は頭を下げてきた。
「フェルの見込んだあなたならわたくしに異存などありません。アレイスローさん、どうかわたくしたちに力を貸してください」
その言葉に驚くアレイスロー。自分がフェルフェルを帝国から引き抜こうとしていたら、逆に帝国側につけと言われてしまったようなものだ。しかも、そのつく側は、帝国の最大勢力であるギルガストの派閥ではなく……。
「……フェル、私で良いのですか?」
「……勿…論……その…うち…フリル…達も…誘う…つもり…だけど……あの子と…赤…蜥蜴……は…記憶…を……探す…って…いう…目…的…が……ある…から…」
フェルフェルの言葉で、納得したアレイスロー。フェルフェルはアレイスローは勿論、フリルフレアもドレイクも、もちろんローゼリットとスミーシャも仲間に引き入れるつもりだったのだ。しかし、ドレイクとフリルフレアには記憶を探すと言う旅の目的があるし、ローゼリットとスミーシャはフリルフレアに対してかなり肩入れしている。そんな中で帝国のごたごたに巻き込むのは気が引ける上に迷惑をかけてしまうと考えたのだろう。だから、まずはアレイスローを仲間に入れ、ドレイク達に関してはせめてある程度でも記憶に関して手がかりだけでも見つけてから仲間に引き込むつもりだったのだ。
妙なところで気を使うフェルフェルに思わず苦笑いするアレイスロー。そしてアレイスローはフェルフェルとその人物に対して手を差し出した。
「分かりました。そういう事でしたら、このアレイスロー・ストランティス、力になりましょう。皇帝ギルガストの野望を共に打ち砕きましょう!」
アレイスローの言葉を受け、フェルフェルとその人物は笑顔をほころばせながらアレイスローの手を取ったのだった。
アレイスローは一昨日の事を……自分がした決断を……その意味を、改めて考えていた。
ドレイク達に対して隠し事を作ってしまったのは事実だ。だが、フェルフェルと共に暴君たる皇帝ギルガストの野望を阻止したい気持ちは確かにあった。だから……。
「メープルさんもどうかお気をつけて!」
「……またね…へい……メープル…」
アレイスローとフェルフェルの言葉に笑顔で手を振って正門の中へと消えていったメープル。一昨日の話で、まずはドレイクとフリルフレアの記憶を取り戻し、そのうえで仲間になってもらえるように話をすることにしたのだ。本来ならばすぐにでも仲間に引き入れたかったが、ドレイクとフリルフレアには記憶を探すという目的がある。その目的よりも自分たちの都合を優先させようとするのは違うと考えたのだった。だから、アレイスローとフェルフェルはまずはドレイクとフリルフレアにまだ付いて行くことにしたのだった。
「さてと、あの姫さんも行ったことだし、オレらはノーパンヘルスに行って、とりあえず報酬の武具を貰ってくるとするか」
「そうだね!……………って、ノーパンヘルスって何⁉ローバスヘイムでしょ⁉」
ドレイクとフリルフレアが笑顔でそんなことを言っている……というか、フリルフレアはその直後に思わず盛大にツッコミを入れていた。そして、皆思い思いに馬車に乗り込むと、手綱を握ったドレイクはそのまま馬車を走らせたのだった。
「ついに私にも魔法の武具か~!」
「お前、魔法のエプロンつけてるじゃんか」
「でも武器は持ってないもん!どんな武器を作ってくれてるんだろう!楽しみー!」
ランドルフが作ってくれているという報酬の魔法の武具に思いをはせるフリルフレアはドレイクの横に座って思わずニマニマとにやけ顔が止まらない様子だった。
赤蜥蜴と赤羽根、巨人の里へ 完




