第93話 収穫祭1(賭け闘技試合)
中途半端になってしまったので、夜も更新します。
晴れ渡った秋空。
高いところに刷毛で引いたような筋雲が数本。
朝の大気は涼しく、頬や体を引き締める。
村の通りは朝から賑やかだった。
今日だけは畑仕事と建築をすべて休み、村を練り歩いた。
近隣の村や、王都からも見物客がやってくる。
旅館を建てたので繁盛していた。
王都からは食べ物の屋台が呼ばれ、行商人が露店を出す。
串焼き、揚げパン、海産物のフィード焼き。果実ジュースやお酒。おもちゃのような指輪やアクセサリ、くじ引きの店などもあった。
行商人は生活品や、ちょっと高い陶器や金属器を売った。こちらは物々交換でも交渉可能だった。
屋台は小銀貨1~2枚(1枚100円)ぐらいだったが、村人はあまり現金を持たないため、事前に模様を押した木の板を10枚配られた。10枚分、ただで屋台が楽しめる。クーポン券みたいなもの。
中には旅人に券を半額で売って、現金を手に入れる村人もいたが、それは個人の裁量ということで黙認されていた。
村人たちはいつものぼろぼろの作業服と違って、きらびやかに装飾された衣装をきているものが多かった。はぎれやくず糸を寄り集め、手作りで作ったらしい。
とにかくいつもと違って華やかだった。
俺は、セリカとミーニャ、それにラピシアを連れて歩いた。
串焼きの屋台で立ち止まる。
「どうだい、旦那! 一本いっとく?」
「貰おうか。セリカ、払ってくれ」
俺は金もクーポン券も全部渡していた。
「はい、ケイカさま……わたくしもいただきますわ」
セリカはおっちゃんに券を2枚渡す。
「はいよ! 焼き立てだから火傷しないようになっ」
「どうも、ありがとうございます」
俺も受け取った。
ミーニャも交換していた。
ラピシアだけは目移りするようで、木の板を握り締めてきょろきょろしていた。
一口食べると、甘いタレと香ばしく焼けた鳥肉の香りが口の中に広がる。
サッパリした肉に、タレの濃厚さがよく絡む。
「うまいな、これ」
「甘辛くて、柔らかい肉とよくあってます――はむっ」
セリカは口元を手で隠しながら上品に食べる。一人だけ場違いな美しい仕草だったので、通り過ぎる人々の目を釘付けにしていた。
本人は気付いていなかったけれど。
ミーニャは口を動かしながら串をじーっと見つめる。
「魚醤とはちみつ、香味野菜2種、あと……お酒?」
「作れそうか?」
「甘いお酒が使われてる。知らない味。これがわかれば作れる」
「みりんのように途中で発酵止めて甘くしたやつかな。このタレはいろいろ応用が利きそうだ」
「わかった、頑張る」
ミーニャは残りをぱくぱくと食べていく。そして味を調べるためかもう一本、買いに行った。
ラピシアも釣られて購入。
2人は食べながら、手を繋いで歩いた。あちこちの露店や屋台を冷やかしている。
自然と俺とセリカは2人だけになって歩く形になった。
俺は酒とフィード焼きを買い、セリカはジュースと揚げパンを買って、祭りを楽しんだ。
食べ終わる頃に、セリカがふと露店の前で足を止めた。
地べたに布を広げて、その上に様々なアクセサリーを広げている。
セリカは目を輝かせて、アクセサリーを眺めている。
店の親父が髭を撫でながら喋った。
「さあさあ、いらっしゃい。どれもこれも一品ばかりだよ! ――どうだい、奥さん、素敵なネックレスでもして旦那の目を釘付けにしては!」
「お、奥さんだなんて……」
セリカは頬を赤らめた。しかし、より熱心に物色を始める。
彼女が営業トークに引っかかるとは珍しい。まあ安いからいいか、祭りだし。
俺は真理眼でざっと品物を見た。
どれもこれも安物ばかり――ん?
1つだけ能力を持った指輪があった。透き通る青い石の指輪。細かい装飾が施されている。
【祈蹟の指輪】神に祈ると精神力を回復し、一時的に能力値を上昇させる。神とともに歩んだ道のりだけ、効果は高まる。
まるでセリカの瞳のような宝石の指輪を見ながら尋ねる。
「親父、この指輪、いくらだ?」
「旦那、お目が高い! そちらは、名のある貴族の家が落ちぶれて手放したもので……」
「能書きはいい。いくらだ?」
「へ、へえ……小金貨2枚となっておりやす」
俺は指輪を手に取りながら言う。
「セリカ、払ってくれ」
「高い気がしますが……わかりました、ケイカさま」
セリカが腰に下げた小袋から金貨を取り出して払った。
親父は金貨をカチカチと鳴らすと、満面の笑みを作った。
「まいどありぃ!」
元気な声をあとに、露店を離れる。
セリカが心配そうに言う。
「よろしかったのでしょうか? こういう露店では値切るのが基本と聞きます」
「かまわない。これは魔法の力が込められているからな。たぶん、激安だ」
「まあ! そうでしたか! ――ちなみに、どのような魔力なのでしょう?」
――そういえば、神の名前は指定されていなかった。
「そうだな……。勇武神である俺を想いながら祈ると、精神力を回復して能力値が増えるらしい」
「……っ! まさか、祈蹟の指輪のような物なのですかっ!? 聖金貨数枚の価値はあるかと……」
「それは掘り出し物だったな――セリカ、手を出せ」
「えっ!?」
「俺がしててもしかたない。セリカが一番いいだろう」
俺とラピシアは腐るほど魔力があるし、ミーニャはあまり必要としない。
「あの……でもっ」
なぜか戸惑うセリカの左手を取ると、強引に指へ通した。小指がいいかと思ったが、ぶかぶかだったので薬指に通した。
「無くさないようにしろよ」
セリカは、顔を真っ赤にしてうつむいた。
「当然です、一生、大切にします……あの、ケイカさま」
「ん?」
「ありがとうございます……ずっと、お傍にいますから」
そう言って、俺に抱きついてきた。柔らかい丸みが押し付けられる。
なぜか彼女は泣きそうな笑顔をしていた。
「あ、ああ……? これからも大切にするからな」
なんだかよくわからないが、ぎゅっと抱き締めた。
すると、彼女は腕の中で「ふみゃっ」と猫が潰れたような声を出した。
その後、俺とセリカはなんとなく手を繋いで、ぶらぶらと祭りの中を歩いた。
セリカはずっと美しい頬を赤くしながら微笑んでいた。繋いだ手は優しく温かかった。
しばらく華やかな雰囲気を楽しんでいると、村長宅の屋根の上で若い男が大声で叫んだ。
「さあ、女神様に畑を見てもらうよ。まずは子供たちからだ!」
「「わぁ~!」」
村の子供たちが村長宅の中庭へと駆けて行く。
ラピシアが俺のところへ駆けてきて言う。
「ケイカ! 行ってきていい?」
「いいぞ、行って来い。ただし、手を添える程度でな。全力は出すなよ」
「うん!」
ラピシアは弾けるような笑顔で頷くと、白いワンピースを翻して細い太ももまで見せつつ、元気に駆けていった。
子供たちが女神像の祭壇を持ち上げて、畑へと出て行く。
「あなたのおかげで私たちの畑がこんなに収穫できました」と大地母神ルペルシアに見ていただく儀式らしい。
ゆっくりとあぜ道を練り歩き、一周終えてラピシアが帰ってくる。
「お母さんの像、とっても綺麗だった!」
「よかったな」
「えへへ~」
頭を撫でてやるととてもニコニコしていた。自分の母親がみんなに慕われていて嬉しいらしい。
それも当然か。
子供たちの儀式が終わると、次は若い男性女性が祭壇を担いだ。みんな体をくっつけあうようにして持ち上げる。
酒の勢いもあってか、きゃあきゃあ言って騒いでいる。
同じイベントに参加して思い出を語りつつ、夜を深めていくのかもしれないな。
大地母神といえば豊穣の神だし。
それが終わる頃に、また村長宅の屋根で男が叫んだ。
「次は、収穫祭&ケイカ村襲名披露イベント! 獣人たちによる決闘がおこなわれます! どっちが勝つか、賭けるべし!」
どうやら、ミーニャ対マハル以外にも、模擬戦がおこなわれるようだった。
ミーニャは薄い胸を逸らし、澄ました顔で言った。
「じゃあ、ケイカお兄ちゃん……行ってくる」
「頑張れよ――宣伝も忘れずに」
「わかった」
ミーニャは尻尾をぴんと伸ばして、しなやかな動作で歩いていった。
「楽しみだな」
俺が言うと、セリカが心配そうに形の良い眉を寄せた。
「でも、ミーニャちゃん、大丈夫でしょうか……長く生きたマハルさんは、戦闘には一日の長があります」
「俺はミーニャを信じる。絶対勝つ」
「……そうですね。信じないといけませんね」
「そんなに心配するな。ミーニャも期間は短いが、なかなかできない戦闘を間近で見てきたんだから――だから、ミーニャに限度額いっぱいまで賭けるぞ」
「ええっ!? ……わかりました。わたくしも信じます」
ジャラッと音をさせて、セリカはお金を入れた袋を握り締めた。
村の北側に特設会場が作られていた。
四角い舞台の周りには、人々が集まっている。
みんな屋台出買ったものを持ち込みつつ、飲食していた。
声のよく通る女性が司会に立つ。
「お集まりいただいた皆様。今日は収穫のお祝いと勇者ケイカ村の改名を祝して、闘技試合を行います! みなさん、どちらが勝つか賭けましたか!? あなたの思いを乗せて、いざ勝負! ――1回戦は狐獣人チャンド対猫獣人アニーラ!」
18歳の青年であるチャンドは顔色が悪く、ガリガリに痩せていた。
一方、アニーラは、走り込みによって鍛え上げられた体が健康的だった。
チャンド6対アニーラ3の掛け率。
多くの人間がアニーラの勝利に賭けたようだった。
掛け金の上限は決まっていた。
俺はセリカに尋ねる。
「チャンドに賭けたか?」
「はい、言われたとおりに。……ですが、アニーラさんのほうが強そうです」
「人の強さは見た目では決まらないもんだ」
真理眼で見たからこその賭け。
チャンドは、ティルトと同じ上級職の魔闘家だった。
カァン!
開始の鐘が響き渡る。
うぉぉぉ! と人々は叫んだ。
まず動いたのはアニーラ。
健脚を生かして突進する。風が後れを取る速さ。
「にゃあ!」
鋭い呼気とともに、腕が振るわれる。日差しを浴びて爪が輝く。
しかしチャンドは、ひょいっと仰け反ってかわす。
だが、アニーラの蹴り上げる追撃。
ミーニャが持つスキルと同じ【瞬脚力】瞬間的に脚力を上昇させ、速度と跳躍力を上げる。複数回攻撃。
鋭い爪と足蹴りの連撃がチャンドを襲う。
しかしチャンドはひらりひらりと紙一重で避ける。
続いてチャンドが攻撃に移る。
無造作に握った拳をアニーラの顔に伸ばす。
「もらったにゃ!」
彼女は手を掴むと、掴んだ拳を基点に1回転。
大きな弧を描きながら、足蹴りを青褪めた顔へ繰り出す――。
しかし、チャンドは腕を上げつつ、身を屈めた。
アニーラのすらりとした足が空を切る。
チャンドはそのまま後方へアニーラを投げた。
「にゃ!?」
空中で戸惑うアニーラに、チャンドは始めて魔法を使った。
「烈風拳」
一瞬にして間合いを詰め、風をまとう拳を繰り出す。
アニーラは両腕を交差して受ける。
ミシッと鈍い音が響いた。
「くぅっ!」
痛みにアニーラが顔を歪める。
さらにチャンドの足が分身しながら舞う。
「風舞脚」
空中にいるアニーラにはかわしきれない。
手で必死に捌くものの、チャンドのかかとがアニーラのみぞおちに突き刺さる。
「ぐふっ! ――にゃあぁぁ!」
ズドンッと地面に叩きつけられ、動かなくなるアニーラ。
司会が大きな声で宣言する。
「勝者チャンド! ――いや~、アニーラさんも頑張りましたが、惜しくも届かず。素晴らしい試合でした。みなさん、拍手~」
パチパチと鳴る拍手の合間に、「やったー!」や「うわぁぁ、今月の儲けがぁ!」という悲鳴が聞こえた。
チャンドが一礼をして舞台から去り、アニーラが担架に乗せられて運ばれていった。
ちなみにチャンドは狐族長マハルの息子だった。
しばらく時間を置いてから、司会が言った。
「続きまして、牛獣人スジャータ対狐獣人サラ。女性同士の対決! さあ、皆さん、賭けましたか? 賭け終わりましたか?」
全身がむちむちとして柔らかそうなスジャータと、細身ながらもしなやかな体躯のサラ。尻尾が筆のようにふさふさだった。釣りあがった目は不敵に光っている。
スジャータ4対サラ2。
1試合目に狐獣人が勝ったことでサラが人気になったようだった。
「セリカ。スジャータに賭けたな?」
「はい、もちろんです」
木の札を持ち、ジャラッと金貨の入った小袋を鳴らす。
司会が叫ぶ。
「泣いても笑っても勝負は一度だけ! いざ尋常に――始め!」
カァン! と開始の合図が鳴り、二人は舞台上をゆっくりと歩いた。
スジャータは豊満な胸をゆさゆさと揺らし、サラは筆のように尻尾を左右に揺らして隙をうかがう。
先に動いたのはスジャータ。
短い角の出ている頭から、相手へと突っ込んでいく。
サラは軽く避けつつ拳を繰り出す。スジャータの背中を狙う。
が、スジャータは突然向きを変えて胸で挟んだ。
「なっ!」
拳は引き抜けなかった。離れられない状態で蹴りを繰り出すが決定打にならない。
スジャータはそのまま豊満な体全体でサラに圧し掛かる。
「わぁぁ!」
サラはスジャータの下で暴れたが1分ほどで静かになった。
あっけなく勝利。
どよめく群集の中、司会が気を取り直して叫ぶ。
「なんということでしょう! 手も足も出ずにサラ氏は負けてしまいました! 勝者スジャータ!」
わぁぁ! とみんながざわめく。
「当たった!」「おっぱい、さいこう!」「うわぁ! 家族の食費がぁ!」
何か生活が破綻しそうな奴がいる。
「スジャータは想像以上に強かったな」
「あれは、どうして離れなくなったのでしょう」
「肉体吸着という技らしい。吸い付くような肌触りで相手を包み込んで骨抜きにする。男性はいちころらしい……セリカも学べばできそうだぞ」
セリカの大きな胸を見ながら言うと、彼女は頬を染めて手で隠した。
「け、ケイカさまが望むなら……習ってみましょうか」
「否定しないのか」
サラが担架で運ばれると、司会が叫ぶ。
「さあ、本日のメインイベント! 狐人族の族長マハル対勇者ケイカさまのパーティーメンバーであるミーニャ! 大人の男対少女といった見た目ですが、はたしてどちらが勝つでしょうか! みなさん、賭けましたか!?」
司会が煽ると、わああ! と人々が興奮して叫んだ。
ミーニャの戦いが始まろうとしていた。




