第261話 ハネムーン イン ザ ムーン(その2)
本日更新2話目。
静かな夜空と白く光る月面。
俺たちは人形たちの洞窟から数時間歩いて、ようやく目的地にたどり着いた。
落下物のあった場所は小さなクレーターになっていた。
中心には半分めり込むように石像が埋まっていた。
セリカが口を押さえて驚く。
「まあ、あれは確か……」
「そうだ。ラピシアの投げた月の女神ルナリスだ。あいつはこれが欲しかったんだろう」
「たいへんなお土産になりそうですね」
口を押さえたまま、くすっと可愛らしく笑った。
ファスティナが言う。
『人形たちで運びましょうか?』
『いや、大丈夫だ。俺が運べる』
クレーターの中心まで行って、石像を掘り出した。
「ん?」
ルナリスの石像は美しい立ち姿だったはずが、眉間に深いしわが寄っていた。目も釣りあがっている。
激怒しているらしい。
――俺は知らないぞ。
肩に担ぎ上げてセリカの元へ戻る。
セリカもルナリスの顔を見て怯えていた。
「大丈夫でしょうか……?」
「このままにしててもしょうがないだろう。持って帰ろう――『じゃあ、世話になったな、ファスティナ』」
『またいつでもお越しください。ここは少し寂しすぎますから』
ファスティナは長い銀髪を揺らして静かに微笑んだ。
それからまた、月の砂漠に二人並んだ足跡をつけながら妖精の扉へ向かった。
途中、セリカが立ち止まる。
「どうした?」
「いえ、なんでもありません、先に行っててくださいませ――えい」
セリカが足で月面に文字を書き始める。
大きな文字を書いているようす。
俺は首を傾げたが、すぐに扉へと歩き出す。
しばらくしてセリカが追いついた。
あいた手のほうに腕を組んでくる。子供のように機嫌がよかった。
「何を書いたんだ?」
「旅の思い出、です」
「そうか」
ゆっくりと二人の時間を歩いて、地上へと戻った。
◇ ◇ ◇
春の夜。
屋敷の一番西側にある、ラピシアの部屋に石像を置いた。
石像は部屋に入ってからますます怖くなった。般若の顔に近い。
ラピシアは、金色の瞳をまん丸に見開いたまま動かない。
蛇に睨まれた蛙のようだ。
「どうした、ラピシア。お前が欲しがってたおみやげだ」
「う……う……こわい」
「お前のせいだろ。よく考えりゃ、俺が呪いだけ解いてから月に放ればよかったんだし。生身で太陽スイングバイさせられたら、そりゃ切れる」
「ううう……」
「どうするんだ? 放置するか? でも、石化解除が遅れたらもっと怒られるぞ」
「ううううう……やるっ」
泣きべそをかきながら、ラピシアは石像に手を当てた。
魔力が込み上げてきて、体が黄色く光っていく。
「きゅあああああ!」
――カッ!
眩しい光が部屋に満ちた。
そして灰色だった石像が、白くなる。
トーガのような白いローブが垂れて、顔や肌に生気が戻る。
腰までの長い髪を揺らして、ゆっくりと目を開けた。
闇夜のように大きく黒い瞳。長い睫毛。
絶世の美女だった。しかもどこか影のある感じが、清純さに色気を加えていた。
同じ女神のリリールやルペルシアよりも美しいと感じる。
しかし、大きな瞳で見回してラピシアを視界に止めるなり、腕を伸ばした。
――ガッ!
ラピシアの顔面を細い指で、アイアンクローする。
「ぎゃー!」
悲鳴を上げて暴れたがびくともしない。
ふっふっふっ、と地の底から湧き上がるような笑い声で言った。
「よくもやってくれたわねぇ~、この回し者っ! 危うく死ぬところだったじゃないの! ――生き延びさせたのが、運のつきかしらぁ~?」
ぎゅぎゅっと変な音が鳴る。
「いーたーいー!」
ラピシアがますます暴れた。
俺は呆れて溜息を吐きながら彼女の肩を叩いた。
「月の神ルナリスだな。まあ、ラピシアなりに一生懸命考えてやったことだ。許してやってくれ」
「いや、絶対! 洗脳されてやったに決まってるわ! お母さまと魔王の手先ね!」
「にゃああああ」
「もう、それぐらいでいいだろ。子供なんだし、ラピシアは敵じゃない」
蛇と蛙ぐらいの力量差があるので、彼女の指を持って一本一本はがしていった。
ドサッとラピシアが地面に落ちた。
大の字に倒れこみ、目を回していた。
ルナリスが目を丸くする。
「んなっ!? 私の力を超えてる!? 何者!?」
「勇者ケイカだ。蛍河比古命とも言う」
「あら、あなたがそうなの……ふぅん――おほほほほ」
俺をじろじろ見た後で、取り繕うように笑い出した。
――変なやつ。
それからルナリスはローブを手で払い、黒髪を撫で付けて身だしなみを整えた。
急にお嬢さまのようにおしとやかな態度を取る。
女神らしい、輝くような微笑みを向けた。
「よくぞ私を復活させてくれました。礼を言います、勇者ケイカよ。私が知る真実を教えましょう――魔王ヴァーヌスは真の名前を隠しています。このままでは倒せません。他の神々も邪魔してくるでしょう――ですから魔王に組する神々は私がすべて抑えます。さあ、勇者よ。真の名前を教えますから、必ずや魔王を倒し、世界を平和に導くので――」
「もう倒した」
長い口上を述べ始めたので様子を見ていたが、何一つ有益な言葉はなかったので途中で遮った。
彼女はとっさに理解できなかったのか、端整な顔を呆けたように緩めていた。
「――はい?」
「いや、だからもう倒した」
ルナリスはしばらく目を見開いて固まっていたが、慌てて何かのスキルを使った。
「え? ――本当だわ! ヴァーヌスの気配がどこにも……っ! え、ええ? てことは、偉大なる月の神にして絶世の美女ルナリスさまの出番は?」
「なかったな。ラピシアの遠投の犠牲になった程度だ。ていうか今、自分で『絶世の美女ルナリスさま』って言ったぞ、こいつ」
「ええええっ! なんで!? なんで私の力なしでヴァーヌスを倒してるの――っ!?」
「理由? 俺が神だから」
俺があっさり答えると、ルナリスは俯いてふるふると小刻みに震え始めた。
ついに天井見上げると噴火するように吠えた。
「なんなのよー! なんのために洗脳された振りしてお母さまに従い、そのまま石化されたと思ってんのよー! 私の青春、返しなさいよー!」
――知らんがな。
としか言いようがない。
そもそも青春と呼べる時間が女神にあるのか。
しばらくの間、ルナリスは美しい黒髪をめちゃくちゃにかき回して暴れていた。
が、力尽きたのか、動きを止めると辺りを見回した。
ベッドと本棚があり、おもちゃが床に散らばる部屋。隅にはメジェド貯金箱。
のろのろとベッドへと歩いていく。
「寝る」
「さっきまで石化してたくせに」
「やってらんない。寝る」
「せっかく復活したんだし、神として活動したらどうだ?」
「月なんかほっといても、勝手にぐるぐる回るでしょ」
「お前、身も蓋もない奴だな」
「もうほっといて。寝る」
そのままベッドに潜り込んでシーツを頭から被ってしまった。
すぐに寝息が聞こえ始める。ロボット猫の主人公○び太並に早い。
なんというか、さすが夜を司る神だけあるな、うん。
厄介な奴が増えた気がするが。
ばたんきゅーと床で寝てるラピシアを抱えると、彼女のシーツの足元に突っ込んだ。
もう、知らん。
◇ ◇ ◇
一気に疲れた気がして、自室に戻った。
寝巻きを着たセリカが心配そうに傍へ来た。
「なにか大声が聞こえましたが、大丈夫でしたでしょうか?」
「ああ、大丈夫だ。石化が解けたらすでに魔王がいなくなってたんで混乱しただけだ」
「敵対者の中、お一人で頑張っていらしたのですね。本当にありがたいことですわ」
「どうだか。――月面はあんなにきれいなのになぁ」
俺は窓へと近付く。丸い月が夜空に浮かぶ。
白く静謐な光が夜を照らす。
セリカがそっと寄り添ってきた。服を通して温かい安らぎを感じる。
――そう言えば、何か書いてたっけな。
千里眼で月を見る。
「えー、なになに。『ケイカさま、好きです。ずっとずっと好きです。もっと一緒にいたいです。愛してます』か」
ぼっと火が付いたような顔で俺を見上げるセリカ。
美しい顔が泣きそうに歪む。
「な、な、なんで知ってるんですかっ!」
「理由? お前が好きだから」
「な――っ!」
はわわっとでも言いた下に慌てるセリカの唇を、さっと奪った。
湿ったキスを重ねあうと、彼女の体から力が抜ける。
ふにゃっと俺の胸にも垂れてきた。
さらに、ぐりぐりと子犬のように頭を押し付けてくる。
なぜかすがるように、祈るようにささやく。
「いつまでも、ずっと、死ぬまでずっと、好きですから」
「ああ、わかってるさ――これからもずっと一緒にいよう。明日は各地の観光地を見て回ろう……豪華な宿に泊まるのもいいな」
「はいっ。どこまでも、並んで歩いていきますわっ――ひゃっ」
健気な彼女が可愛すぎて思わず抱き締めると、腕の中で鳴いた。
セリカは可愛く喘ぎながら、細い腕を回して抱きついてくる。
金髪が月光を浴びてキラッと輝く。
そのまま二人、着ているものを点々と床に散らしつつ、ベッドへ潜り込んだ。
今日はいつになく長い夜になりそうだった。
閑話 ハネムーン イン ザ ムーン 終
本編中でも出ていた新婚月旅行の話でした。
作者的には残すところ後一話、侯爵領の問題ぐらいです。矛盾だらけで全然プロットできないですけど。少し時間ください。
感想でいくつかその後の話を知りたいとあったので考え中。
辺境大陸のその後は書かないといけないかもですね。リオネルとともに。
また読者のみなさんで「あの話どうなった?」「あのキャラ今どうしてる?」と気になるところがあれば、教えてもらえると助かります。
できるだけ閑話で書こうと思います。