第260話 ハネムーン イン ザ ムーン(その1)
春の日のケイカ村。
裸のセリカと一緒にベッドでゴロゴロ寝ていた。
なんとなく抱き合って髪を撫でたり、他愛ないことを話し合ったり。
窓から入る温かな日差しが心地よい。
のんびりしすぎて、起きたばかりなのに眠くなる。
ぼんやりと夢見心地で、白い裸体の曲線を撫でていた。
すべすべした肌が指先に心地よい。
セリカは腕の中で華奢な肢体を震わせる。
「もう、ケイカさまったら。くすぐったいですわ」
くすっと笑って、身をよじる。金髪が腕にさらさらとかかる。
――と。
ふとおかしさに気付いて尋ねた。
「今日はエーデルシュタインで仕事しなくていいのか?」
「はい、今日から3日間、お休みをいただきました。ずっと働きづめだったので」
「ほー。ようやく目処が付いたってわけか」
「ええ、国家制度の変更、国民の生活の立て直し。そして外国との各種条約の締結。……何度か許可を取らずにケイカさまのお名前を使わせていただきました。申し訳ありません」
上目遣いで謝る彼女は可愛い。
「好きに使って脅す材料にすればいい。セリカなら許す」
華奢な彼女の上に伸しかかりながら耳たぶを優しく噛んだ。
びくっと体の下で裸体を震わせる。大きな胸と金髪が波打つように揺れた。
あぁ、と頬を染め、甘い声で喘ぐ。
「はうぅ……っ! あ、ありがとうございます、ケイカさま、あっ、ああっ!」
指先の動きに合わせてセリカの声が次第に高まり、激しく体をくねらせる。
俺は唇を重ねて声を封じると彼女は「んんぅ――っ」とくぐもった声で苦しそうに眉を寄せた。
◇ ◇ ◇
昼前になってベッドから出た。
和服にさっさと腕を通す。
セリカは服を着ながら、染めた頬を餅のように膨らませていた。
ブツブツ文句を言っている。
「いくら休みですからって、朝からこんなに激しいのはダメですわ……ケイカさまったら、もうっ」
彼女的には、もっとゆるい朝がよかったらしい。
「じゃあ明日はまったり朝になるようにしようか。保証はしないが」
「うう……っ。お願いしますぅ」
唇を噛んで見上げてきた。
俺は腰に太刀を差すと言った。
「で、暇なんだったら、二人っきりで旅行に行こう」
「旅ですか? それは嬉しいですが……いきなりどうされました?」
「結婚してから忙しくてほとんどどこにも行けてないだろう? ――ああ、こっちの習慣にあるのかわからないが、俺の住んでたところでは新婚旅行と言って、二人だけで楽しい旅をするもんなんだ」
セリカが頬を染めて美しく微笑む。
「それは、素敵な習慣ですわ……。よろしくお願いいたします」
服を着終えた彼女が頭を下げた。
「とはいえ世界中、冒険して回ったからな。二人で行ってないあそこへ行こう」
「あそこ、とは?」
俺は天上を指差して言った。
「月だ」
「まあっ。楽しみですわ」
セリカは金髪を揺らして喜んだ。
俺の腕に胸を押し付けるように腕を絡めてくる。
二人並んで歩きつつ、部屋のドアへと向かった。
「弁当を作ってもらって、持って行こう」
「はいっ、ケイカさま」
――が。
廊下に出たとたん、うっと息を飲んだ。
屋敷の廊下は東西に長く続いていたが、廊下の薄暗がりに白いワンピースを聞いた少女が、ぼうっと突っ立っていた。
「ラピシアか。――軽くホラーだからやめろ」
「ええ、少し驚きましたわ」
すると、てててっと軽快に走ってきて言った。
「ラピシアも行く!」
「ダメって言ったら?」
「いーきーたーいー!」
その場でくるくる回りながら飛び跳ねた。斬新な駄々のこね方だ。
セリカが腕をギュッと掴みつつ、苦笑する。
「ラピシアちゃんがこういうんじゃ、しかたありませんわね」
「……いや、そうでもないだろう。――ラピシア、おみやげを拾ってくるからと言ったら、我慢できるか?」
「むっ! むむむっ!」
鼻の頭にしわを寄せて考え込むラピシア。
「お前の欲しいものはわかってるから。大丈夫だ」
「むーん。……わかった」
不承不承といった感じで、顔をしかめながらも頷いた。
「偉いぞ」
頭を撫でてやると、気持ち良さそうに目を細める。
「おみやげ、絶対!」
「もちろんだ。さあ、村の子たちと遊んで来い」
「うんっ!」
元気に両手を振って屋敷を飛び出していった。
セリカが心配そうに眉尻を下げる。
「よろしかったのでしょうか?」
「当然だ。今回ばかりは駄々こねた理由がすぐわかったからな」
「さすがケイカさまですわ」
そして元宮廷料理長のクラリッサおばさんに弁当を作ってもらった。
セリカと手をつないで、月へと向かう。
もちろん水と風の魔法を唱えて、体の表面にバリアを張った。
◇ ◇ ◇
妖精の扉を抜けると黄色く輝く月面に出た。
真っ暗な夜空には瞬かない星が無数に散らばり、丸い水平線の向こうには青く輝く惑星が見える。
手をつなぎっぱなしのセリカが、青い瞳を丸くして、口も開けていた。
「はあ……。なんという美しくて寂しい景色でしょう……。想像してた以上ですわ。荒涼とした星々の世界。これが月……」
「離れると声が伝わらなくなるから注意するんだ」
「触れ合っていないとダメなのですね。わかりました。もうケイカさまを手放したりしません」
健気に微笑み、組んでくる腕に力を込めた。むにゅっと大きな胸のつぶれる感触がした。
重力の軽い月面を、砂を煙のように舞わせながら、ゆっくりと歩いていく。
後ろには二人並んだ小さな足跡が点々と残っていた。
静かな月世界。
セリカは青い瞳を星のようにキラキラさせて、少女のように微笑んでいた。
――連れて来てよかった。
見てる俺まで頬が緩んだ。
そして月面の花畑へとやってきた。
惑星重力下では育たない、か弱い花が一面咲いている。
綿毛のような月虫が花から花へと飛び交う。
雪が下から上へと降るかのよう。
「わぁ……」
セリカが赤い唇を可愛く開けて放心していた。
しばらく眺めるままにした。
――と。
畑の向こうから虫取り網を抱えた美しい女性――人形が三人やってきた。
『あら。勇者さま。お久しぶりです』
『こんにちは』『こんばんは』
『久しぶりだな。ちょっと妻を連れて観光に来た。しばらく見させてもらう』
『『『はい』』』
セリカが心配そうにぎゅっと腕を組む。
「あちらのかたは……」
「月虫を取って糸を作ってる人形たちだ――俺たちは昼食にしようか」
「はい、ケイカさまっ」
畑を見下ろす丘の上で、弁当を広げて並んで座った。
肉やサラダを挟んだサンドイッチ。
空の向こうには、惑星が青々と輝いている。
セリカが惑星を見ながらサンドイッチを食べる。
「わたくしたちは、青い宝石に住んでいたのですね……なんて綺麗なんでしょう――はむっ」
なだらかな横顔。青い瞳には惑星が映りこんで、ますます青く光っていた。
「セリカのほうが綺麗だけどな」
「ケイカさまぁ……ありがとうございます」
横へ静かに倒れて、ポフッと肩に頭を乗せてきた。
彼女の腰に手を回して、優しく抱く。
しばらくの間、あまり喋らずに食事をした。
でも心は満ち足りていた。
――これが幸せって奴なのかもしれないな。
そう思ったら口にしていた。
「ありがとうな、セリカ」
「……はいっ」
頬を染めて俯いた。ますます華奢な身を預けてくる。
それだけでお互いの心が通じ合うようだった。
食事を終えて弁当箱を片付ける。
セリカが呟くように言った。
「でも、二番目なのですね。……ラピシアちゃんとリヴィアさまが少しだけ羨ましいですわ」
「……じゃあ、月世界で初めてのことをセリカにしよう」
「ふぇ?」
彼女を立たせて引き寄せる。金髪がふわりと広がる。
腕にピッタリと収まる柔らかさ。
「セリカ」
顔を近づけると、彼女の頬が火照ったように赤くなる。
恥ずかしそうに視線をそらした。
「あぅ……に、人形さんが見てますわ……」
顎に指を当てて上を向かせる。
「嫌か?」
「……ケイカさまが一番にしてくれるというのなら――んっ」
セリカの赤い唇をふさいだ。滑らかな舌が絡み合う。
青い星を背に長いこと抱き合っていた。
◇ ◇ ◇
それから人形たちの住む洞窟に行った。
月光糸を見せようかと思って。
洞窟の中では6人の人形たちにもてなされた。
お茶をいただきつつ、他愛ない話をする。
魔王を倒したお礼のことや、ハーヤのところの妹人形の話。
セリカがお茶を飲み干してカップを置いた。
「おいしかったですわ。ありがとうございます」
「いえ、どういたしまして――こちらが月虫から取れた月光糸です」
銀色にキラキラと光る糸の束。
セリカが手に取り、目を丸くする。
「まあ、なんてしなやかで頑丈なのでしょう」
「少しもらって帰ってもいいんじゃないか?」
俺の言葉に、金髪を揺らして首を振る。
「人形さんに悪いですわ」
「魔王を倒していただきましたから急ぐ必要はありません。どうぞお持ちになってください」
人形のファスティナが美しい微笑を浮かべた。
「そうですか。それではありがたくいただきますわ」
それでも1束はもらわず、作りかけの半分ほどの束を貰った。
俺は本題を切り出す。
「ところで。月面で何か落下物はなかったか?」
6人の人形たちがざわざわと騒ぎ出す。
「揺れました」「静かに揺れました」「ぷかぷか揺れました」「くらむぼんでした」
「どこに落ちたかわかるか? 今から案内して欲しい」
「はい、ご案内します」
ファスティナが白いローブのような服を揺らして歩き出す。
俺とセリカもあとに続き、そして洞窟を出た。
俺たち三人は静かに月面を歩いて行った。
長くなったので分割です。
次話は今日中に。




