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第257話 浮遊大陸の蝉(狐の訪問その3)

 稲荷の狐あんずを連れて異世界を案内していた。

 次に来たのは浮遊大陸。

 ちょうど雲は晴れているらしく、春の眩しい日差しが眼下の海を青く輝かせる。


 巫女服を着たあんずは、目を輝かせながら言った。

「ラピュタは本当にあったのでございますねっ!」


「お前は俺か」

 ――言いたくなる気持ちもわかるが。

 この言葉を言える場面なんて生きててまずないものな。


 あんずと並んで歩きながら、苦笑せずにはいられなかった。



 時間が止まったような古代の遺跡。

「古い町ですね……何か厳かな気配を感じます。神の息吹でしょうか」

「まあ、相当古い町だからな。神やその眷属が住んでたこともあるらしい」


「ははぁ、さようでございますか。……でも、他の場所と違って懐かしくもありますね」

「お前もわかるのか? ――って、五穀豊穣の使いだからか。種明かしすると、この浮遊大陸は地球と同じだ。幻の古代文明アトランティスなんだよ」


「ふぉぉぉぉ! 異世界に来て幻の古代文明を散策できるとは、あんずは驚きでございます! 今まで諦めず生きてて良かったと思えるぐらい、嬉しゅうございます!」


「よかったな」

 大げさに喜ぶあんずを見ていると、こっちまで楽しくなってくる。

 でも、なにか心に引っかかるものがあった。

 それは何かわからなかった。



 ――と。

 変な鳴き声が聞こえてきた。廃墟の静かな大気が鳴動している。

 あんずが不安げに形の良い眉を寄せる。

「何の音でございましょう……?」

「さあ? ゴーレムしかいないはずだがな」


 不思議に思ったので行ってみた。

 すると、大通りに面した四階建ての建物の壁に、巨大な蝉が張り付いていた。

「きゅあ、きゅあ、きゅあ」

 と鳴いている。


 夏の風物詩にはまだ早いと思ったが、よく見たらラピシアだった。



 あんずが俺の後ろに隠れながら言う。

「あ、あれはなんでございましょう……? あんずと親しい力を感じますが。異世界には不思議がいっぱいなのです」


「怖がることはない。あれはラピシア、大地母神の娘だ。一緒に旅した仲間の一人で、今は建物を直してもらってる」


「あの子が大地母神でしたか……むう。確かに強い豊穣の力を感じるでございます」

 さすが五穀豊穣商売繁盛の神の使いだけあって、そういうことはすぐに見抜いたらしい。



 辺りを見ると、魔王との戦いによって崩れた古代の町並みは半分ほど直っていた。

 ラピシアの張り付く建物も、ひび割れが直り、欠けた柱や割れたガラス窓も直っていく。

 すべて終わると鳴くのをやめて、するすると手足を動かし、虫のように降りてきた。


「頑張ってるな、ラピシア。だいぶ町並みが直ったじゃないか」

「ケイカ!」

 てててっと青いツインテールをなびかせて傍まで来る。


「偉いぞ」

 頭を撫でて褒めてやると、えへへっと可愛く微笑んだ。



「ケイカ、なにしにきたの?」

「古い知り合いが尋ねてきたんで、こっちの世界を案内してるところだ」


 ラピシアが体ごと横に傾げてあんずを見た。青いツインテールが地面に着く。

「きつね?」

「はい、さようでございます」


 おもちゃを見つけた子供のように、金色の瞳をキラキラさせて俺を見る。

「ケイカ、飼っていい?」

「だめ」


 ラピシアは頬を膨らませてぶーたれた。

「ぶふー! ペット飼いたい! 欲しいの! おて、おすわり! ほーしーいー!」

 ――大地母神として、田畑を守るきつねが欲しくなったのだろう。



「眷属を移譲するなんて、手続きが死ぬほどややこしいことになるから、だめ。というか、宇迦之御魂大神うかのみたまのおおかみは手広くやりすぎてて人手が足りないから、まず無理だ」


「……はい、残念ではございますが。あんずの奉公期間は終わっておりませんゆえ、難しゅうございます。あんずもそうなればと願いますが、申し訳ございません……」

 あんずがすまなそうに頭を下げた。太い尻尾がしゅんと垂れる。

 小さな背中がとても悲しそうに見えた。



「ぶふ~。わからないけど、わかった」

 ラピシアは白く柔らかい頬を餅のように膨らませながらも頷いた。でも、全然納得していない様子だった。

 ――ラピシアがここまで駄々こねるなんて珍しいな。


 俺は少女の青い髪を撫でつつ言った。

「じゃあ、建物の修復頼んだぞ」

「がんばる!」



 人のいない静かな街角に爽やかな風が吹き抜ける。

 俺の黒髪やあんずの巫女服を揺らしていった。


 突然、ラピシアが叫んだ。

「あ! さっき、へんなの見つけた!」


「へんなの?」

「うん! こっち!」

 手を引っ張られて裏通りのほうへと連れて行かれた。



 石で舗装された小路。

 建物の影に小さな壷が置いてあった。

 ラピシアが指差して言う。

「何か言ってる! でもわからない!」


「残存思念があるようだな……これは遺言か?」

 手にとって壷の表面に書かれた文字を読む。

 古代語だった。線文字Aに近い。



 あんずが横から覗き込んでくる。

「遺骨をあの海へ撒いて欲しい、とありますね」

「地球へ帰りたいのか……あんず、頼めるか?」


 あんずは悲しげな顔をして壷を受け取ると、ぎゅっと小さな胸に抱いた。

「お引き受けいたします。この命引き換えにしてでも、必ずや緑に輝く美しい大西洋に撒いて差し上げましょう」


 壷が震えたように感じた。

 あんずが思念に共鳴して、悲しんで震えたのかもしれなかった。


 大げさなまでの決意を口にする彼女。

 その小さな体で大役を受け止めるあんずがとても可愛らしく思えて、彼女の頭を優しく撫でた。

 太い尻尾が気持ち良さそうに揺れていた。


       ◇  ◇  ◇


 その後、辺境村を訪ねたり、ファスラナフト山を見たりした。


 昼前には霜巨人フロストールの国ブリザリアにも行った。

 巨人たちの行き交う王都グラチェスは、まだ冬のように弱い日差しで春を遠く感じる。



 店も通りもすべて巨人サイズの大きな街に、あんずは目を丸くして驚いていた。

「すごいのです! あんずが小さくなったと勘違いしてしまいそうでございます!」


「お前、元々小さいけどな」

「これでも成長はしたのでございますよっ!」

 無理矢理胸を寄せてあげた。巫女服の襟元から小さな谷間がのぞいた。



 すると、買い物籠を下げた霜巨人のおばさん、ティッキーと会った。

「あら、勇者さま。ごきげんよう」

「久しぶりだな、ティッキー。今日は知り合いを連れて観光中だ。こいつが、あんず」


「あんずと申します。よろしくお願いいたします」

 体格の違いに怯えながらも、ぺこっと頭を下げた。尻尾が垂れている。


「あらあら、可愛い子供ね……きつねかしら。でも観光って、何も見るところはないわよ?」

「知らないものから見れば、この国は目を見張るものばかりだ」


「そう。きっと育った場所が違えば、当たり前が当たり前でなくなるのね――じゃあ、いろいろ案内しましょうか」

 ティッキーは微笑みを浮かべて、先に立って歩き出した。



「買物の途中みたいだがいいのか?」

「ええ、大丈夫よ。欲しいものは全部買い終わったから」

 そう言って、買い物籠を開けてみせた。

 中には凍った野菜や、氷漬けの魚が入っていた。


 あんずが籠を覗き込んで、興奮した声を上げた。

「全部凍ってます! まさに異世界、でございます!」

「そういや氷魚を食べてないな。うまいのか?」


 ティッキーは広い肩をすくめた。

「そのままボリボリ食べてもおいしいんだけど、あなたたち向きじゃないわね」

「わ、ワイルドでございます……さすが巨人さんなのですっ」

 太い尻尾をパタパタ振って喜んでいた。



 そして氷竜の厩舎へと着いた。

 広い庭では子供の竜たちが駆け回って遊んでいる。


 あんずが、ふぉぉぉ~と感嘆の声を漏らした。

「青くて綺麗な小さなドラゴンさんがいっぱいいます! 冷え冷えとして可愛らしゅうございます!」


「霜巨人と共生関係を結んでるんだ」

 氷竜と霜巨人、またこの国について教えてやった。

 あんずは耳をピコピコさせて喜んだ。



 ティッキーが厩舎横の小屋から出てきて言った。

「あらあら。うちの子たちを褒めてくれてありがとうね――さあ、お昼食べて行きなさいな」

「わぁ、ありがとうございます!」



 ――と。

 ズシズシっと地面が揺れた。

「ひゃふっ! 地震でござりましょうか!? 震度2で震源地は……近付いています!?」


 そして震源地が厩舎の庭へ入ってきた。

「おばちゃん、こんにちはー。あ! ケイカさまだ!」


「フレイヤか。久しぶりだな」

 巨人幼女のフレイヤ。身長は3メートルぐらいある。見上げるほど大きい。



 あんずは恐れをなして俺の背中に隠れている。太い尻尾がぶるぶる震えていた。

「お、お知り合いでしょうか?」

「霜巨人のお姫様フレイヤだ。こいつは、あんず。俺の昔の知り合いだ」


「かわいー。きつねの獣人さんかな?」

 フレイヤがしゃがみこんで手を出した。



 あんずはおずおずと近付いて握手する。

「よろしくお願い申し上げます……あの、触ってもよろしいでしょうか?」


「ほえ? いいけど」

「では、失礼いたします」

 あんずはぺたぺたと小さな手のひらでフレイヤの足を触った。

 それからぽっくりを脱いで巨体をよじ登り、全身をくまなくぺたぺた触っていく。


 フレイヤが幼い巨体をよじった。

「く、くすぐったいよ!」

「はわわ! 動かないでくださいまし!」

 服にしがみつきながら、脇腹、背中、肩へとぺたぺた触っていった。



 終わると降りてきてぽっくりを履いた。

 額を小さな手の甲で拭う。なぜか遠い目をして言った。

「ふうっ。大きいので触り甲斐がございました――心残りはございません」


「変な子。――あ、ごはん! 一緒に食べよ!」

 フレイヤが地響きを立てて厩舎へ走っていく。



「よし、俺たちもいただこうか」

「はい、ケイカさま!」


 それからティッキーの用意した昼食を、フレイヤと一緒に食べた。

 蒸かした芋にハム、氷魚のサラダ。保存が効く食べ物ばかり。


 氷魚は解凍途中を使用していて、シャーベットのようなシャリシャリ感が新感覚だった。凍っているため魚特有の臭みもない。

「うん。これはこれでありだな」

「不思議なお味でございます! 異世界です! 一生に一度味わえるかどうかの素敵な食事を振舞っていただき、本当にありがとうございます!」


「あらそう? 遠慮せずにもっと食べなさいね」

 ティッキーは嬉しそうに微笑んで料理をよそる。


 俺は逆に苦笑した。

 ――あんずの言葉が、いつにも増して大げさだなと思わざるを得ない。



 話を変えて巨大幼女フレイヤに話しかける。

「それにしても、ティッキーのところへよく来るのか? 城で食べなくていいのか?」

「このあと氷竜ちゃんたちと、やきう、して遊ぶの! 広いグラウンドここしかないから!」

「なるほど」


 あんずが茶髪を揺らして小首を傾げる。

「やきう? とは、なんでございましょう?」


「野球だな。こっちの世界で広めてみた」

「ほほぉ~。さすがケイカさまでございます!」



 フレイヤが楽しそうに言う。

「そうなの! ケイカさま、とってもすごいの! カキーンって隕石ホームランしたの!」

「え!? そんな危険な遊びをされてるのであられますか!? さ、さすがは異世界なのです……」 


 その後、勘違いを解くため、フレイヤが俺の活躍を語って聞かせた。

 あんずは我がことのように喜んで、尻尾をぱたぱた振っていた。

 ちなみに場外ホームランのことを、ケイカ級とかケイカってるとか、と言うらしい。



 それから、霜巨人たちのやきうを少し見学して、ブリザリアをあとにした。

 あんずが雪道にぽっくりの後をつけながら歩く。

「ケイカさまは、本当に人々を救われたのですね……それを最後に知ることができて、あんずは、嬉しゅうございます」


「大げさだな。そういや氷竜に驚いてたが、もっとでかいのいるぞ?」

「ほ、本当でございますか!? 見てみとうございます!」

「じゃあ、次はあそこだな」


 俺は、あんずを連れてグリーン山へ連れて行った。

 話が長くなってまいりました。

 次話で完結予定。更新は3日後になります。

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