第252話 現地調査(神さまのおしごと3)
治癒魔法が効かない病気に出会い、この世界で一番進んだ医療技術を持つ侯爵に調査を依頼した。
その次の日。
ケイカ村の屋敷でだらだらしていると、ミーニャが部屋に入ってきた。
「ケイカお兄ちゃん、変なのが来た」
「変なの?」
「うん」
ミーニャが黒髪を揺らして頷く。
俺は首を傾げながらベッドから出た。
ミーニャに案内されて屋敷の玄関へ行くと、セリカが応対していた。
相手は黒いポリ袋を被ったような変な生き物だった。
「お前は?」
「お、おいらは影の精霊、ナイトシェード言いますっ! 伝言がかりやってます!」
「ほう? 何のようだ?」
「あ、はい! 侯爵さまからの伝言を持ってきましたです!」
「侯爵の部下だったのか……聞こうか」
俺は腕組みをして見下ろした。
「えっとですね、原因不明! とです!」
「なにっ!? マジでか……なぜそういう結論になった?」
ナイトシェードは短い手で頭をぐるぐる撫でながら言う。
「寄生虫でも細菌でもなく、それより小さな生物の影響でもなく。骨髄でもなく、血液でも、内臓でもなく。脳でも心臓でもない。だから原因不明とです」
「でも、病気の症状は出てる……しかも他の都市と頻繁に交流するようになった最近になってだ。おかしいぞ?」
「それはもう、侯爵さまでもわからぬです。あとティセとかいう少女を引取りに来てください――では、これにて失礼!」
ナイトシェードは建物の影に溶け込んで消えた。
いや、影の中を伝って屋敷の裏手にある妖精の扉へ入っていった。
見た目は魔物っぽいがちゃんと妖精らしい。
まあ、侯爵が直々に来なかったのは、大見得を切った手前バツが悪いからか。
にしても。
まったく原因がわからない。
梅毒、らい病、象皮病。体が爛れるような病気。
アトピーのようなアレルギー性の病気かと考えたが、それにしては他の地域で起こらないのがおかしい。
――そう。なぜポンバハルだけなのか。
しかも最近になって蔓延した病気。
その原因が本当にわからなかった。
ひょっとしたら呪いのようなものなのだろうか。
魔法の可能性もあるかもしれない。
だが、呪いなら。
呪いがトラウマになってるラピシアが騒ぎ出す。
魔法なら。
魔力の異常な場所があれば、俺が気付く。
あと考えられる可能性としては。
外来生物や植物が繁殖してアレルギーを引き起こしたとか。
もしくは飲み水に鉛や水銀などの鉱物毒が流れ込んだとか。
生活習慣からくる病気かもしれない。
考え込んでいると、セリカがそっと手を触れてきた。
温かく柔らかい指先。
「ケイカさま……あまり思い詰めなさらないように」
「わかっている。ただ、原因がわからないとな――これはもう、現地調査をするしかないか」
「どうされるのです?」
「ポンバハルのあの地域に一緒に住んで、人々の暮らしぶりを調べる」
セリカは真剣な顔で頷いた。金髪がきらめく。
「わかりました。わたくしも、お供します」
「いや、セリカはエーデルシュタインの大切な王女だ。お前が病気になったら人々が困る。――俺も、その、困る。大切だから」
セリカは嬉しそうに微笑むと、俺の腕に抱きついてきた。巨乳がたわわに押し付けられる。
「ケイカさまの、そのお気持ちだけでわたくしは嬉しいですっ! ――お力になりたいのです」
「しょうがないな……ただ、気をつけろよ」
「はいっ」
すると反対側の腕にミーニャが抱きついてきた。しなやかな肢体を感じるが、特にない。巫女服のごわごわした肌触りが押し付けられた。
「むう……」
ミーニャは口を尖らせて唸った。
「変に張り合うな。ミーニャは俺の大切な巫女なんだから」
「……ん」
ミーニャは無表情のまま、こっくりと頷いた。けれどその頬は赤くなっていた。
それから二人に加えてラピシアを連れて妖精の扉をくぐった。
◇ ◇ ◇
朝の港町ポンバハル。
病気が蔓延しているせいか、ますます町の雰囲気は暗く寂れていた。
俺たちは、ティセを連れて貧困地区へと向かっていた。
「ん? また症状が出てるな――ティセ、こっちへ」
「は、はい……」
ティセの腕が火傷のように爛れていた。
今日何度目かの《快癒》を唱える。
しかし焼け石に水。
治癒魔法を使っても、すぐに皮膚が爛れ始める。
それはずっと病魔に冒され続けているあかし。
「ありがとうございます、ケイカさま」
「お礼を言うにはまだ早い。根本的な治療にはなっていない。いったい何が原因なんだか」
――神の治癒魔法すら対処療法にしかならないなんてな。不可解すぎる。
「なんだか、ごめんなさい」
ティセは癖のある髪を揺らして頭を下げる。
「気にするな。必ず原因を突き止めて治してやるから」
「はいっ、ありがとうございます!」
それから貧困地区に来た。
昨日ぶりだが、すでにひどい重病患者が発生していた。
十名ほどだったので、さくっと治してティセの家へ。
大きな一間だけの家。
入口すぐが土間の台所。奥が居住スペースで一段高くなっている。
ティセの両親がもてなしてくれる。
「何もない家で、申し訳ありません」
「いいや、気にするな……で、セリカ。渡してやれ」
「はい、ケイカさま」
セリカはスカートを揺らして進み出ると、腰に下げた袋から大金貨一枚(10万円)を取り出した。
ティセの両親が目を丸くする。
「こ、これは!?」「まあ、こんな大金!」
「受け取ってくれ。俺たちの滞在費だ――ただ、金が入ったからといって生活を変えないでくれ」
「いったい、どういうことでしょう?」
「ここ数週間と同じ生活をしてもらいたい。きっと病気の原因は普段の生活にあるはずだから」
――恒常的に、病魔に感染し続ける原因が生活にある。……たぶん。
父親が頷く。
「わかりました。勇者さまの頼み。頑張ってみます」
「ああ、頼んだ」
それからしばらくの間、俺たちは家の隅に座っていた。
ティセたちは言いつけを守って普段通りに生活する。
ティセと母は漁師の使う網の製作。父は針を火で炙って曲げ、釣り針を作っていた。
ただし、見られていることを意識してか、動きがぎこちない。
その後も家族の動きを、じっとうかがっていた。
それでも特におかしな点は見られなかった。
並んで座るセリカたちに言う。
「セリカ、ミーニャ、ラピシア。何か気付いたことがあったら遠慮なく言うんだぞ」
「はい、ケイカさま」「わかった」「この家、貧しい!」
俺は呆れて額に手を当てつつ、諭すように言った。
「それは言っちゃダメだ、ラピシア」
「う~ん。むずかしい! どうしてなの?」
「今回は病気の調査だ。病気に関することだけを言えばいい――ああ、そうかっ」
病気の原因は、貧しい暮らしが原因とも考えられる。
そうであればラピシアの言葉も間違いではないはず。
俺はティセたちに尋ねる。
「この町にも町長や貴族はいるだろう? その者たちは同じ病気にかかっているか?」
母親が首を傾げる。
「詳しくは知りませんが、かかっていないと思います」
「貴族の馬車を見かけたけど、元気そうだったよ!」
ティセが素直に答えた。
「じゃあ、やっぱり貧しさが原因……?」
俺は腕組みをして考えるが、どれだけ考えても病気の原因は思いつかなかった。
長くなってしまったので次話もできるだけ早く更新します。たぶん今日か明日。
あと「第110話 ケイカハーバー」でのラピシアの性的に見える反応が、どうも合わないなとずっと前から思っていたので、大幅に修正しました。
ぐわしっ! がありなら、この改変もありだろうということで。




