第245話 宴の後で
夕暮れ時の王都クロエ。
灰色の町並みが赤い夕焼けに染まっている。
俺はセリカとミーニャを連れて王城で開かれる祝賀会に参列していた。
ラピシアはソーセージを食べ過ぎたのでアトラと一緒にお留守番。
柱の立ち並ぶ荘厳な大広間。
赤い絨毯がしかれており、着飾った騎士や貴族が談笑していた。
テーブルには豪華な料理が並び、執事風の男が酒の入ったグラスを運んでいる。
貴族の紳士や令嬢から、ひっきりなしに話しかけられて褒められる。
最初はお世辞かと考えたが、意外と心からの祝辞だった。
って、そうか。
俺を快く思わない反対派はほとんど粛清されたんだったな。
セリカは隣にいて、優雅に応対していた。
金髪とティアラがキラキラ輝いている。
ミーニャは料理を味見しては「これおいしい」「これまずい」と選別していた。
美味しいのだけお皿に乗せて俺のところへ持ってくる。
「よしよし、偉いぞ」
黒髪を撫でてやると尖ったネコミミを伏せて、頬を上気させて喜んでいた。
そうこうするうちに、分厚いローブを着た王様が大広間に現れた。
「皆のもの、楽しんでおるかな? 今日はまことにめでたい日じゃ。盛大に騒ぐが良いぞ」
寛大な処置に貴族や騎士、官僚たちは喜びの声を上げた。
王様の隣には、背中の開いたノースリーブのドレスを着たエトワールが控えている。
スカート丈も短く、すらりとした脚がのぞく。
少女が背伸びをして大人の格好をしているようにも見えた。
そのアンバランスさが美しい赤髪に花を添える。
王様はエトワールを連れて大広間の正面へ来ると、おほんと一つ咳をした。
人々がみんな王様に注目する。
「さて、皆のもの。勇者ケイカが魔王を倒したのは知ってのとおりじゃ。そこで我が国はケイカにとっておきの褒美を取らせようと思う」
隣にいるエトワールの顔が赤くなる。喜びの微笑みを浮かべて俯く。
――ああ、やっぱり。
王様は堂々と発言した。
「勇者ケイカに寵愛を受けた我が娘エトワールを、ケイカに娶らせようぞ!」
「「「おおおおお!」」」
大広間にいる人々が沸き立った。
めでたいことだと喜んでいる。
しかし隣にいるセリカが、はっと息を飲んだ。美しい顔を苦しそうに歪める。
そんな彼女を安心させるため、華奢な肩を抱き寄せた。
「心配するな。もう手は考えてある」
「け、ケイカさまぁ……」
セリカと寄り添いながら、俺は声を張り上げる。
「ダフネス王よ! あなたは勇者ケイカの名は永遠に語り継がれると宣言した! しかし、人は三年たてば恩義を忘れる! 結婚しただけで本当に永遠になるのか! 魔王の怖さと打ち勝った勇者の名を、人々は覚え続けられるのか!」
実際、3年で忘れられるのは経験済みだった。
だからこそ、簡単な終わらせ方はしたくない。
「な、なんと……っ!」
王様は反論を予想していなかったらしく、戸惑っていた。
エトワールが喜びから一転、泣きそうな顔になっていた。
それでも容赦なく言葉を続ける。
「王よ! ヴァーヌスとヴァーヌス教によって人民は不必要に苦しめられた! 同じ間違いをしてはならない! そのために今こそ、人々を幸せにする教え、同じ間違いをしないための教えを説き続ける『仕組み』が必要なのではないか!?」
「な――っ!? そなたは、なにを望んでおる!?」
俺はセリカを強く抱き寄せつつ、にやりと笑った。
「廃止された勇神ヴァーヌス教に代わり、勇神ケイカ教の設立を願い出る! ――王女エトワールにはケイカ教会の教主になっていただきたい!」
――祭事を司る巫女はすでにいるので、面倒な経営を担当してもらう。
日本だって伊勢神宮の宮司は皇族がなるしな。
大広間がざわついた。
人々が囁きあう。
「確かに……ヴァーヌス教は狡猾でしたわ」「同じことが繰り返されたらと思うと……」「恐ろしいことです」
王様は呆然と固まっていたが、突然大声で笑い出した。
「あっはっは! それがそなたの望みか! わしはケイカを見くびっておったのやもしれぬ。――よかろう、廃止したヴァーヌス教に代わり、人々を守り導いてもらいたい!」
「お、お父さま!?」
「「「うわぁぁぁ!」」」
戸惑うエトワールをよそに、人々が盛大な歓声と拍手を送った。
そして、エトワールは教主に、ケイカ村はケイカ教教主領となった。
セリカが微笑みながら首を振る。
「信じられません……さすがケイカさまですわ」
「たぶんこれが、俺にとって一番いい褒美だ」
「ええ、わたくしもそう思います。立派な演説でした」
セリカが身を寄せてくる。
いとおしくて抱き寄せる腕に力を込めた。
すると俺の腕の中で「あぅっ」と可愛く喘いだ。
――と。
エトワールが丈の短いドレスを揺らして駆け寄ってきた。
すみれ色の瞳が泣きそうに潤んでいる。
「ケイカさま……アタクシは、お傍にいられないのですね……っ」
「そんなことはない。エトワールも、すでに大切な村の一員だ。これからも俺を支えてくれ」
空いたほうの手でエトワールの手を掴み引き寄せた。
赤い髪を波のように揺らして、俺へ寄り添う。
「あう……ケイカさま……」
「安心しろ。二人とも離してやらないから」
くすっとセリカが寂しそうに笑う。
「わたくし一人では、必ず世継ぎを産めるとは限りませんから……」
はっと息を飲む、エトワール。
「アタクシのわがままでしたわ。ごめんなさい」
「もういいさ。――それより、ケイカ教の教義も考えないとな」
「ふふっ。ケイカ教の第一教義、男も女も容赦しない、でしょうか?」
「それだと俺が悪人みたいだろ」
「冗談ですわっ」
セリカは心の底から楽しそうに笑った。
エトワールは少し頬を膨らませてふて腐れていた。
◇ ◇ ◇
宴も終わってお開きとなった。
妖精の扉へ向かいつつ、セリカが言う。
「ケイカさま、エーデルシュタインで仕事が残っていますので行って来ますわ」
「あまり無理しないようにな」
「はいっ、ケイカさま」
ふふっと微笑むと、赤いスカートを揺らして立ち去った。
エトワールは、旧ヴァーヌス教の司祭や神官で正義感の強い人を、ケイカ教に引き入れるため王都に残った。
ヴァーヌス教の実体を知らずに信じていた者たちの、宗旨替えは認めてやっていいだろう。
俺はミーニャを連れてケイカ村の屋敷へと戻った。
ミーニャは酒に酔ったのか、ふらふらしている。
時々俺にもたれかかる。吐く息が熱い。
「大丈夫か?」
「ん……なんでも、ない」
名残惜しそうに体を離すと、ふらふらしながら自室へと戻っていった。
――そういえば、祝賀会でも随分と大人しかったが。
俺は首を傾げたが、まあ病気ではなさそうなので気にしなかった。
自分の部屋へ向かう。
外からは人々の騒ぐ声が聞こえる。
きっと、夜通し喜び続けるだろう。
そんな騒音すら、今の俺には心地よかった。
◇ ◇ ◇
深夜。
自室のベッドで寝ていると、ふいに気配を感じた。
一途でしなやかな気配。
足音も衣擦れの音もさせずに近付いて来る。
ベッドの傍へきたところで声を掛けた。
「ミーニャか?」
とすっ、とベッドに飛び込んできた。
俺の上に跨り、背筋を反らす。
「ふなぁぁぁお~」
「ミーニャ? ――って!」
手を伸ばすと、柔らかな肌に触れた。ツンと尖ったささやかな胸、筋肉質な引き締まった肢体。
――全裸だった。
ミーニャは俺にもたれかかると、首筋をぺろぺろと舐めた。
圧し掛かる肢体が熱い。
「ケイカ、お兄ちゃん……」
「どうした、ミーニャ?」
頭を撫でると、痙攣したようにビクッと背筋を反らした。
「体が、熱い……ふにゃああぉぉ」
まるで発情した猫の鳴き声。
「――まさか、発情した!?」
そういえば、ここ最近、ずっと頬が赤かった。
照れているのかと思ったが、よくよく考えてみればミーニャはそこまで感情を露わにできる子じゃない。
すべすべした肌を抱きとめつつ言う。
「でも、待て。まだ子供に……」
「私、一つ歳をとった。もう大人……」
「歳を取ったのか。――って、そうじゃなくてだな」
ミーニャは黒い瞳を潤ませて、切なげに喘ぐ。
「ケイカお兄ちゃん……苦しい……ふにゃぁぁ」
堪えきれない様子で、俺の胸に顔を猫のようにぐりぐりと押し付けてきた。
暗闇の中、黒い尻尾がぴーんと伸びて、耳もピッピと動いていた。
そっと頭を撫でながら尋ねる。
「いいんだな?」
ミーニャは、こくっと頷いた。
「……助けて」
「わかった」
しなやかなで華奢な体を、ガラス細工のように優しく抱きしめる。
「ふにぁぁぁ……くぅっ」
ミーニャはぎゅっと目を瞑り、口を俺の肩口に押し当てて声を殺した。
腕にますます力を込めつつ猫耳にささやく。
「ミーニャ。ずっと支えてくれて、ありがとうな」
「ケイカお兄ちゃん……。ううっ」
すがるような熱い視線で俺を見て、激しく唇を合わてきた。
猫のように一生懸命舐めてくる。
ざらざらした舌が心地よい。火照った湿り気が絡み合って鳴る。
それから、さらに俺はミーニャを優しくいたわっていった。
手を動かしつつ、出会ってからの長い旅路が脳裏をよぎる。
最初の頃は自分に自信がなく内気だった猫の子。
俺を信じる巫女となってからは、料理に戦闘に、欠かせない存在となった。
今や大胆に奉仕する凛々しい猫にまで成長した。
ミーニャがいてくれなかったら魔王を倒すことはできなかっただろう。
――思い返すほどに、感謝の気持ちと愛おしさがこみあげてくる。
ほのかな闇の中、ミーニャの熱い吐息と黒髪が激しく乱れる。
キシキシとベッドが鳴る中、夜はどこまでも長く続いていった。
あと3話。この土日で完結させます。




