第242話 笑顔と涙の川
ドラゴンのアウロラに乗ってダフネス王国の王都近くまで飛んで来た。
やはり障害物関係なく一直線に飛べるドラゴンは早い。
すると突然、王都クロエから大歓声が巻き起こった。
「なんだ?」
妖精のハーヤから連絡が入る。
『一時期、放送権を奪われてましたが~。魔王倒す瞬間までを編集して流しました~』
『なるほど、それで今、人々が沸いているのか。――って、編集って何をやった?』
『はい~。その後も流したかったですけど、セプティに止められたんです』
『ほあしゅ! 当たり前でし~。あんなの放送したら創世神に対して余計な反感を生むでし! ~こしょこしょ』
『ひぁぁあ! ピューレピッツァ賞が欲しかったのです~!』
なんだその、斬新なピザは。
その後はハーヤの悲鳴だけになった。どうやらくすぐられているらしい。
ふむ、ということは創世神についてはうやむやな話でしか伝わってないのか。
それでいいか。
◇ ◇ ◇
春の日差しの降る王都クロエ。
灰色の石でできた町並みに紙吹雪が撒かれて、人々は大通りに押しかけてきていた。
商人も町人も裏通りに住む人々まで。
全員、空を見上げて手を振りつつ叫ぶ。
「勇者ケイカさま!」「あんなにも恐ろしい魔王を倒してしまうなんて!」「さすが勇者さまですわ!」「ケイカさまこそ真の勇者です!」「ケイカさま、本当にありがとう!」
「ありがとうよ! 勇者さま!」「ムカツク魔王ぶちのめしてくれて、スカッとしたぜ!」「あんたは、最高の男だ!」
みんな笑顔で泣いていた。髭面の怖い顔した奴らすら泣いていた。
街門からお城までの大通りを笑顔の涙が埋め尽くす。
大通りはまるで笑顔と涙が輝いて、川のようにキラキラと光っていた。
山深くに流れる小川よりも清く美しいと思った。
この光景を作ったのは俺なんだ……とも思った。
小さな積み重ねが、やがて大きな成果を生む。
まるで山から流れ出た小川が寄り集まって、大河となるように。
名も無き小川の神が異世界で作り出した、自分だけの大河。
始めてみる美しい川の出現に、ようやく自分のしたことが実感できた気がした。
胸の奥が熱くなる。
隣に座るセリカが優しい微笑みを浮かべて、そっと俺の手を握ってきた。
柔らかな体温が、しみじみと伝わってきた。
下から沸き起こる喧騒の中、静かな時間が過ぎた。
そしてアウロラは城の中庭へと降り立った。
そこでも人々が集まっていた。兵士や侍従が泣きながら笑顔で接する。
「お疲れ様でした、勇者さま」「本当にありがとうございます、勇者さま!」「ささ、王様がお待ちです。どうぞこちらへ」
従者に案内されて階段を上がる。
玉座の間ではなく、三階のバルコニーへと連れて行かれた。
青空の見えるバルコニーに面した部屋。
王様ことダフネス三世がすでに待っていた。豪華なローブに王冠、長い髭が揺れている。
バルコニーの下には大きな広場が見えた。ここも人々が埋め尽くしている。
王様は俺たちを一人一人いつくしむように眺めた後、手短に尋ねてきた。
「勇者ケイカよ。先ほどの映像どおり、魔王を確かに倒したのじゃな?」
「はい。確かに倒しました、王様」
「うむ。よくやった。充分じゃ――ここで待っておれ」
王様が俺を手で制すると、バルコニーへと進み出た。
手すりの傍に立つとよく通る声を上げる。
「まずは皆のもの! 長きに渡る苦しい時代を良くぞ耐え抜いた! そなたたちだけではなくその父母、祖父母、すべての者たちの健闘を讃えよう!」
「「「おおおお~!」」」
集まった人々が言葉にならない歓声を上げる。
王様はバルコニーの一端に移動しつつ、俺たちを手招きした。
俺はバルコニーへと向かった。セリカたちがあとに続く。
俺たちの姿を見て人々の間にざわめきが走る。
バルコニーの中央に並んだ。
俺を中心に左側がセリカとミーニャ、右側がラピシアとアトラ。
アトラには実際に生きている人々を見せたくて連れてきた。
ラピシアと仲良く手を繋いでいる。
端に寄った王様が言う。
「魔王により長きに渡って苦しめられたが、それも今日、終わった! 今ここに、勇者ケイカとその一行によって魔王ヴァーヌスが討伐されたことを宣言する!」
「「「うわぁぁぁぁ――!!」」」
広場全体から、爆発したかのような歓声が上がった。
それでも音の響きから俺を全力で讃えてくれていることがわかった。
父親が、もう家族が傷つかなくていいと安堵して泣いていた。
母親が、子供たちが安全に暮らせると喜びながら泣いていた。
安心して仕事ができる。旅ができる。恋ができる。
この光景を見ながら、ふと気が付いた。
――なるほど。
単純に魔王が倒されて喜んでいるんじゃない。
閉ざされていた未来の扉が開かれたことに、安堵と喜びを感じている。
だから笑顔で泣いてしまうんだ。
王様は大歓声に負けない浪々とした声を張り上げる。
「勇者ケイカ! 稀代の勇者! よくぞ魔王を倒してくれた! 全世界に代わって礼を言う! そなたこそ真の勇者である! 永久にそなたの名は語り継がれていくであろう! ――皆のもの、もう一度、勇者ケイカの偉業を讃えるのじゃ!」
「「「けうわぁぁぁぁ!!」」」
もう何を言っているのか、聞き取れないほどの大歓声だった。
喜びの声が嵐となって、王都を揺らして青空に届く。
ケイカさまありがとう、さすが勇者さまです、あなたさまのおかげです、と讃える者たちの声が心に伝わってくる。
みんな笑顔で涙を流しながら、手を振っていた。帽子を振る人もいた。
大勢の人が海のようにうねっていた。
熱狂的な歓声を見ながら右横にいる二人に囁く。
「ラピシア、アトラ。よく見ておけ――これが俺たちの守るべき世界と、未来だ」
「うん!」
ラピシアは金色の目をキラキラと輝かせて頷いた。
「すごいのです……」
アトラは呆然と、ただ人々の寄せる想いの熱量に圧倒されていた。
反対側にも声を掛ける。
「セリカとミーニャもな」
「はい。かけがえのない想い、わかっておりますわ」
セリカは安らぎの笑みを浮かべて人々を眺める。
「ん、ケイカお兄ちゃんを慕う限り、守る」
ミーニャはツンッと顎を上げて澄ましていた。ただうるさいのか、尖ったネコ耳はペタッと伏せられている。
でも嬉しいのか、頬を赤らめ、尻尾を揺らしているのは見逃さなかった。
――と。
突然、空を影が覆った。
見上げれば、陽光を受けて緑の鱗を輝かせるドラゴン。
中庭にいたアウロラが城の塔の上に移動したのだった。
尖塔の先端にバランスよく座ると、長い首を天に向かって伸ばした。
ゴォォォ――ッ!
真っ赤な炎を盛大に吐いた。大空へ花のように広がっていく。
まるで祝福の花火のよう。
民衆がざわめく。
「おお! ドラゴンさままで讃えておられる!」「さすが勇者ケイカさま!」「めでたい、なんというめでたい日なのじゃ! 勇者ケイカに光あれ!」「勇者ケイカ、ばんざーい!」
「「「ばんざーい!」」」
讃える声は波のように広場に満ちる。
王様が傍へ来て言う。
「ケイカよ、本当にご苦労であった。このあと祝宴を開きたいと思うておるが、よいかの?」
「そう、ですね。ありがたいですが、他にも報告をしなければ場所がありまして……ファブリカやエーデルシュタイン、ケイカ村にも顔を出したく」
王様は髭を掴んでしごきながら言う。
「では、夜に開こうではないか。――ケイカはダフネス王国の勇者であるからの」
「なるほど」
……国内の派閥貴族や国外の勢力に対する示威表明が必要ということか。
政治はいろいろと面倒くさいな。
その心を感じ取ったのか、王様は目尻にしわを寄せて笑った。
「なに、心配するでないぞ。すぐ終わる。それに、そなたが喉から手が出るほど欲しいと思うておる、とっておきの褒美を用意しておこうぞ」
そんなことできるのか?
無理だと思うが、少し気になる。
「わかりました。それでは、またあとで」
俺たちは王様に一礼をした。
そして並み居る観衆に手を振って答えてから、バルコニーをあとにした。
俺たちを讃える声は、いつまでもいつまでも、王都を揺らし続けた。
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