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勇者のふりも楽じゃない――理由? 俺が神だから――  作者: 藤七郎(疲労困憊)
第十章 勇者冒険編・決戦、浮遊大陸!

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第237話 私が必要としたすべてはあなたでした

 浮遊大陸の中央都市。

 俺たちは薄暗い部屋の中で魔王と戦っていた。


 ついに魔王の隙を突いて、奴の弱点に魔王撃滅閃(アルテマスラッシュ)を叩き込んだ。


 そう、目の前にはセリカのフローズンレイピアによって氷漬けになった魔王ヴァーヌスが……。



 唐突に、視界が揺れた。

「え……?」

 ぐらっ、と体が前のめりに倒れていく。

 力が入らない。


 そして、鉄臭い液体が喉の奥から込み上げてくる。


 ――かはっ!


 俺は倒れていく黒い床に何かを吐いた。とたんに、赤い鮮血が花のように散った。



 隣にいたセリカが悲鳴を上げる。

「け、ケイカさまぁぁぁ!!」


 胸を見下ろすと、大穴が開いていた。

 まるで後ろから砲撃でも喰らったかのような……。


 倒れながら肩越しに振り返ると、手を真っ赤な血で染めたヴァーヌスが、ニタニタ笑いながら背後に立っていた。

「こんなので僕を倒そうって言うんだから、笑えるよねぇ~!」



「ケイカさま、ケイカさまっ、ケイカさまっ!」

 セリカが金髪を乱して倒れた俺を抱き起こす。

 たわわな胸が顔に押し付けられた。意識が遠のく中での心地よい感触。


 ――いったいなにが……?


 ヴァーヌスは心底楽しそうに笑う。

「残念だったねぇ~! でも、僕って不死身だし、瞬間移動もできちゃうんだなぁ~! 愚か者が死んでいく姿を見るのは、本当に楽しいよ!」


 遠くから弾ける声援が聞こえる。

「はわわっ! さすがヴァーヌスさまなのです! 無能な物たちは生きてる資格がないのですっ! 今回のことを執筆すれば、またベストセラー間違いなし、なのです!」



 目の前を見れば氷の像は外側だけで、中はもぬけの殻だった。

 ――そうだった。

 最初にラピシアを狙って背後に立ったときも瞬間移動してたな……。


 セリカが青い瞳から美しい雫を流しつつ泣き叫ぶ。

「ケイカさまっ! ダメですっ! 死んではダメですっ!」

 子供のように訴える。

 しかし、俺を抱える手は見る見るうちに赤く染まっていった。



 喉がひゅうひゅうと鳴るのを感じながら、ただ一つの指示をする。

「に……逃げろ……」


 しかしセリカは金髪を揺らし、音を立てて首を振る。

「イヤですっ! ケイカさまがいない世界なんて、存在しないも同然です! わたくしには、わたくしには! ケイカさまが必要なのです――ッ!」

 


 するとヴァーヌスが、笑いながら言った。

「安心しなよ、君が死ぬまでは手出ししないから! ――僕はね、無能な者が無意味に足掻くのを見るのが大好きなんだ! もっと僕を楽しませてよ! ほら、見ててあげるからさぁ!」

 あはは、とヴァーヌスはお腹を押さえつつ、心の底から笑った。


「身も、心も……く……腐ってやがるくせに……特に、脇腹がな」


 俺の言葉にヴァーヌスが笑い声を止めた。目を細めて薄笑いを浮かべる。

「よく気がついたねぇ。そこだけは褒めてあげるよ」



 そう。

 ヴァーヌスの腹は腐っていた。

 きっと繭からの羽化が不完全だったに違いない。

 その腐臭をごまかすため、最初現れたときに香炉を炊いていたのだ。


 でも、直撃を避けられたとは言え、魔王撃滅閃(アルテマスラッシュ)は命中していた。

 なのにダメージを受けた様子がない。本当に不死身なのかもしれない。

 ……やはり、俺では倒せないのか。


 もう、意識を保てなかった。



 すると、シャラン……ッと涼やかな音が響いた。

 目の端で追うと、ミーニャが不思議なステップを踏んでいた。

 二刀流の包丁をきらめかせて様々な剣舞を披露しながら、俺の周囲を回り始める。

 

 そのとたん、体の中心が熱くなるのを感じた。

 神に捧げる奉納舞――神楽剣舞連か。

 少しだけ意識がはっきりする。


 ミーニャはネコ耳と尻尾を震わせて淡々と言う。 

「絶対、助ける。ケイカお兄ちゃんは、死なせない!」

 黒い壁と床の広間に決意の声が響き渡った。



 でも、体に大穴が開いた今、体力を全回復させる神楽剣舞すら焼け石に水だった。

 入る力より、傷口から流れていく力のほうが多い。


 もう……時間の問題だな。


 くくくっ、とヴァーヌスのおかしそうに喉を鳴らす音だけが不愉快だった。



 ――と。

 遠くから、どたどたと走ってくる音がした。

 白いワンピースをひらひらと舞わせてラピシアが走ってくる。


「きゅあああ! きゅああああああ!」

 一途に唱える癒しの呪文。

 ラピシアは金色の瞳に涙を浮かべていた。

 俺の傍まで来ると、小さな手のひらで胸に開いた大穴を押さえた。

 傷口だけではなく、全身が温かく癒されていく……。


 でも、チートな回復魔法ですら、何の足しにもならなかった。

 まるで底の抜けたコップに水を注ぎ続けているよう。

 力が入る端からどんどん抜けていった。

 セリカに抱かれるままになる。



 もう指先一つ動かせなかった。

 体の感覚がない。空気のように溶けていけそうだった。


 遠のいていく意識の中で考える。

 頑張った。偶然来た異世界で頑張った。

 結局、無駄に終わったけれど頑張ったよな。

 やれるだけはやったはず……?



 ぽたり、ぽたり、と頬に何か温かいものが当たった。

 薄目を開けると、セリカが青い瞳から大粒の涙をこぼしていた。

 そして全身を徐々に光らせ始める。


「ケイカさま……っ。ケイカさまが、本当の神さまなら、きっと世界は応えてくれますっ!」


「な……なにを……」

 セリカが何か命を投げ打つような、とんでもないことをしそうな気配がした。


 ――やめてくれ。俺は負けたんだ。

 逃げてくれ……一秒でもいい、長く生きてくれ……っ! 



 しかし俺の願いは虚しく、セリカが華奢な肢体から光を迸らせた。

 頭の上のティアラが光る。

 人智を越える魔力が消費されていく。


 ――まさか、乙女祈願(プリンセスデザイア)か?

「む、無駄だ……やめろ……」

 かすれた声で伝えた。


 俺を復活させるなんて無理だ。

 セリカの命が持たない。やめれくれ……!



 しかしセリカは首を振る。金髪が広がり、涙がはかなく散った。

「いいえ、わたくしはやってみせます。ケイカさまのいない世界なんて生きる意味がありません! ケイカさまこそ、わたくしのすべて! ――ケイカさまからいただいた愛を見ていてください――っ!」 


 パキィンッ!

 何かが壊れる音がした。


 ヴァーヌスが眉をひそめる。

「ん? 何の音かなぁ? どうせ無駄だけど。……溺れて死んでいく豚を見るのはとっても楽しいねぇ! くふふっ!」



 セリカは薄暗い天井――その先の天空を見上げた。

 音がした薬指から、膨大な青い光が迸る。

「な……っ!」

 ヴァーヌスが目を見開いて驚いていた。


 セリカは凛とした声で言い放つ。

『世界のみなさん、見ていたでしょう? 今こそ祈るときです! 愛を、想いを、未来を! すべてをケイカさまに願うのですわ!』


 青い魔力の本流が、世界にあまねく伝わっていく。

 意思を伝える姫騎士スキル――全軍伝達(ロイヤルオーダー)!

 それを使って全世界の人々に届けたんだ!



 黒い石でできた広間が青い光に照らされる。

 その中で、ふと一つの事実を思い出した。 


 ――そうか。

 あの指輪だ。

 収穫祭の夜店で買った、セリカへのプレゼント。

 魔力を供給する祈願の指輪!

 こんなところで命懸けのセリカを助けてくれるなんてな。



 そして、鈴虫のようにかすかな声が、俺の心に優しく届いた。

『勇者さま、頑張って』『勇者さま、死なないで!』『頑張ってくれぇぇぇ!』

  

 見れば、王都の人々が祈っていた。

 少し痛みが遠のいた。


 世界がセリカの呼びかけに応えて、一つの祈りに集約しようとしていた。

次話は明日の昼に更新です。

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何度も改稿してなろう版より格段に面白くなってます!
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