第232話 魔王ヴァーヌス
浮遊大陸中央にある、黒い石でできた立方体の建物の中で、俺たちはついに魔王と対峙した。
俺たちは一階入口付近にいた。
一階の部屋の中央にある階段から、痩身の男が降りてきた。
黒い服に黒いマント。見た目は少年と言っていい風貌。
中学生ぐらいの、線の細い少年だった。
真理眼で見る。
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【ステータス】
名 前:ヴァーヌス
性 別:男
年 齢:?
種 族:神
職 業:?神 魔王
クラス:魔?師Lv99 魔王Lv99
属 性:【劫火】【水】【風】【?】【影闇】
状 態:不完全
【パラメーター】
生命力:???億/6恒河沙
精神力:??5億/9那由他
攻撃力:256?万
防御力:?157万
魔攻力:24?4万
魔防力:1?81万
【装 備】?
【スキル】
高速移動:?
瞬間回避:必中技以外すべての物理と魔法攻撃回避。
無数分身:?
異形召喚:支配したデーモンを任意の数だけ召喚する。
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見えない部分がある……俺の上位存在になりかかっているということか。
ていうか、生命力と精神力の最大値が、恒河沙や那由他ってなんだよ。
魔法が得意らしく、ありとあらゆる黒魔術を修得しているようだった。
ただ……やはり俺の予想は正しかった!
体調が万全ではない!
攻撃力や防御力は俺より高いがそれでも低い。
【状態】が【不完全】なおかげ。
最大値が多すぎて、逆に全快するのに時間がかかってしまっている!
欲張りすぎたツケだな。
もちろん油断はできない。
現状ですら俺やラピシアより強いのだから。
――ただ、数倍の力量差なら、油断を付けば致命傷を与えうる。
そのチャンスを逃さないように。むしろうまく作り出すように。
太刀にそっと手を添えて階段上を睨む。
ヴァーヌスは左手に丸みを帯びた小さな香炉を持っていた。
階段の少し上に立ち止まり、虫を見るような目で見下ろしてくる。
「もっと静かにできないかなぁ。君たちが勇者? なにしたって無駄なんだから、あまり僕に迷惑をかけないでほしいなぁ」
そういって香炉を顔の前に持ち上げ、匂いを嗅いだ。紫煙が立ち上る。
「うん、いい香りだよ。君たちのレベルじゃ理解できそうにないけどね」
「見下してるな――《風域》」
パーティーメンバー全員に、風のバリアを張った。
あの香炉から立ち上る煙にどんな作用があるかわかったものじゃないからだ。
するとヴァーヌスは、ふんっと鼻で笑った。
「ううん、見下してるんじゃない、君の存在が下なだけだよ。僕はあらゆる存在を超越したからね」
――なんだこいつ?
上から目線の態度を崩してこない。
不愉快な言い方に、自然と眉間にしわが寄った。
ところがアトラはそうじゃないらしい。
幼い顔を輝かせて言う。
「はわわっ! さすがヴァーヌスさまなのです!」
そしてパジャマを揺らしてヴァーヌスに近寄ろうとする。
俺はヴァーヌスを睨んだまま言う。
「ラピシア、ババアを押さえてろ」
「わかった!」
ラピシアがアトラの背後から飛びついた。
幼女同士で子供の喧嘩のように絡み合う。
「なにするです! 離すのです!」
「ババア!――がぶ~!」
ラピシアがアトラの薄い肩にかみついた。
とたんにアトラの動きがゆっくりになる。
――神の口撃(バイト・オブ・SST)か。かみついている間、移動を封じるスキル。
創世神にも効くんだな、あれ。
アトラがゆっくりした太極拳の動きで暴れる。
「ひゃあああ! かんだ! かんできたのです!」
「がぶぶ~」
ラピシアはスッポンのように食いついて離さない。
どうやらダメージは通らないが、効果は通っているようだ。なるほど。
ヴァーヌスは線の細い顔に苦笑を浮かべて首を振る。
「騒がしいねぇ。僕という偉大な存在が目の前にいるってのに。本当はもっと僕を称えるべきなんだよ? どうしてそれがわからないのかなぁ」
「偉大だ、超越だって自分で言うか、ふつう」
「弱者の妬みは見苦しいからやめといた方がいいよ――まあ、進化前なら対等扱いしてあげても良かったけど、今は違うからね。……で、残りの神像はどこだい?」
「残念だったな。投げて島の外に捨てた」
ヴァーヌスはあきれたように首を振る。
「どうして邪魔をするのかなぁ。僕が一番偉いんだから、僕が法律そのものなんだよ? もうちょっとで完成なのに、面倒だなぁ」
俺は舌打ちしながら言った。
「すごい自信だな」
「やれやれ。自信とは違うんだなぁ。ただの事実なんだよ」
「よく言うよ。こっちがやれやれだ。創世神と魔王、二人ともガキだったなんてな」
「見た目で判断するなんて、やっぱり愚か者だね。こんな愚者たちを導いてあげないといけないんだから、優秀すぎる者の義務であっても困ったもんだよねぇ」
ヴァーヌスは肩をすくめて呆れかえっていた。
セリカの美しい顔が嫌悪の感情で歪んだ。
「どこまで傲慢なのですか! いったい何様のつもりなんでしょう!」
「なにさまって、そりゃあ、全知全能の神だよ?」
「史上最高のケイカさまのほうがよっぽど神様らしいですわ!」
「無能なものは神と名乗るのもおこがましいよ。神ってのは、愚か者たちを導ける上位存在のことなんだからね」
俺は無言で太刀を抜いた。話が通じそうにないので。
刀身から虹色の淡い光が立ち上る。
ヴァーヌスが目を細める。
「ふぅん。聖剣を作ったんだ。でも、もう無駄だね――今の僕の前には無力だよ。諦めた方がいいよ」
「全快状態じゃないようだが? それに本当に無力なら気にしなかっただろう? ――《嵐刃付与》」
太刀の刀身に激しい風がまとわりつく。
俺の指摘を受けて、ヴァーヌスは眉を嫌そうに寄せた。
しかしすぐにほほえみに変わる。
「じゃあ、見せてあげるよ。桁違いの実力って奴をね」
次の瞬間、ヴァーヌスの姿が消えた。
「――なにっ!?」
「ここだよ」
アトラにかみつくラピシアの後ろに立っていた。
「――くっ、瞬間移動か! ラピシア! 間に合わな――いや、いける!」
俺は黒い床を蹴った。
しかしヴァーヌスはすでに右腕を振りあげている。腕には黒いオーラが炎のようにまとわりつく。
ラピシアは細腕でアトラを背後からしっかりつかんだまま、驚愕で目を丸くしていた。
「ふぐぐ~!」
噛んでいるのでしゃべれない。
ヴァーヌスが冷酷に微笑んだ。
「君も神なんだね……これで完全になれるよ。あ・り・が・と・う」
俺は駆けながらニヤリと笑う。
「どこが全知全能だよ。隙だらけだぜ?」
「――え?」
ドォンッ!
突然、地面が激しく揺れた。
油断していたヴァーヌスが体勢を崩す。
俺は地震のように揺れ続ける床を走り、ラピシアを突き飛ばした。
アトラと一緒に広い部屋の端、黒い壁際までごろごろと転がっていった。
「いったい、なにが!?」
ヴァーヌスは片膝をついた姿勢で、辺りを見回す。
俺は千里眼で下を見る。
明るい日差しがきらめく海上。
白波の上に立つリヴィアとリリールが巨大な水鉄砲で浮遊大陸を押していた。
「いいタイミングだったな」
とはいえ、三重の障壁を解除したら押し始める手筈になっていたのだから、遅いぐらいだ。
リリールがモデル立ちのような姿勢をしながら手首を返す。海水がうねって巨大な柱の太さが増した。
「どうでしょうか? あなたにはここまでは無理でしょうね」
「何を言うのじゃ! この程度、朝飯前じゃ!」
リヴィアがロリ巨乳を揺らして腕を振るった。
そのとたん、海から巨大な水柱がもう一本吹き上がって、大陸の下部へ激突した。
また浮遊大陸が地震のように揺れる。
空の雲が南へと滑っていく。
大陸が物凄い勢いで北に流されている証拠だった。
俺は黒い床を踏みしめた。下駄の音が広い室内に響く。
「これだけ大きな力の発生に気付かないなんて、どこが全知全能だ。お前、何も見えてないだろ?」
挑発気味に言うと、ヴァーヌスは至近距離だというのに俺を無視して黒い床――はるか下の海を見た。
「――くっ! あれはリリールとリヴィア! ……まあ、いいよ。僕の糧が増えたようなもの。連れてきてくれてありがとう――あ」
俺はすでに奴の傍で、太刀を頭上に掲げていた。首をはねる処刑人のように。
片膝をついて下を見ている姿があまりにも隙だらけで思わず鼻で笑ってしまう。
「油断しすぎだ。戦いは始まってんだよ――もう終わるけどな! ヴァーヌス――魔王撃滅閃!」
シャォォンッ!
風を斬って太刀を振り降ろす!
ヴァーヌスが黒い炎をまとう右手を上げて防ごうとするが間に合わない!
――ザァァァンッ!
硬いものを斬る音がだだっぴろい室内に響いた。
1巻発売中~。