第229話 天空の廃墟
ついに浮遊大陸に乗り込んだ俺たちは、島の中央にある街の傍に来ていた。
明るい日差しが街の周囲の畑に降り注ぐ。
俺は畑の隅にある小屋の影を千里眼で見た。
確かに小屋の影に人型のものが動いていた。
「人じゃないな――おそらくゴーレム」
「まあ、本当ですか」
セリカが腰に下げた細剣に手を添えつつ驚く。
《真理眼》で見る。
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【ステータス】
名 称:ノーム
種 族:魔導人形
クラス:農作業LV99
属 性:【地】【地】
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「戦闘スキルや監視スキルは持っていないようだな。ただの農作業専門のゴーレムだ」
「そうなのですか……これだけの畑を一人で耕すなんて。なんて頑張り屋さんなのでしょう」
感心するところが微妙に違う気もしたが、セリカらしい感想だった。
「それよりも。食料を必要とする誰かがいるってことだな」
「やはり……魔王は復活しているのですね……」
俺は頷いた。顔が険しくなるのを感じる。
「倒しておくか? ――いや、気付かれる可能性があるか。ゴーレムに見つからないよう、迂回して街に入るぞ」
「はい、ケイカさま」
俺たちは腰を屈めて身を低くし、畑のあぜ道を駆け抜けた。
風の魔法の力もあって、すぐに街を囲む外壁へと着いた。
高い壁。岩の継ぎ目が一切ない。
ケイカ村にあるラピシアお手製の壁と似ている。
魔力で生み出したものだろうか。
街門が大きく開かれていたので、そこから街の中へと入った。
そのとたん、セリカが隣で息を飲んだ。
「こ、これが、街……」
街門から街の中心まで広い大通りが貫いていた。一枚岩で舗装されている。
道の両側には十階建て以上の高い建物が立ち並ぶ。
摩天楼のような高層建築群だが、建築様式は古代エジプトのような。
今まで旅してきた街とはまったく違う雰囲気。
そして人の気配が一切なかった。
「これだけの技術を持ちながら廃墟と化すとはな。神々の暮らした街の慣れ果てか」
「何か、とても物悲しい雰囲気がありますわ……」
セリカが悲しげに形の良い眉を寄せて呟いた。
「今は魔王退治が先決だ。観光はあとからしよう」
「はい」
――まあ、ラピュタみたいに崩れるかもしれないが。
その時はその時だ。
俺は魔法を唱えて足音を消してから走り出す。石畳なので下駄の音が響きすぎる。
「あまり建物に近寄りすぎるなよ。上から攻撃が来るかもしれない」
そう注意してから大通りを早足で駆け抜ける。
中央にあるはずの城へ急いだ。
――と。
「ケイカお兄ちゃん、おかしい」
「なにが? ――敵か?」
《千里眼》で注意して見ているが、俺の視界には廃墟が続くばかり。
「この街、お店や宿屋がある」
巫女服をはためかせて走るミーニャ。黒い瞳は大通りに面した建物にそそがれていた。
看板の文字は読めないが、ガラス窓から見える店内には棚やショーケースが並んでいた。
宿屋は神殿のような柱を持ち、入ってすぐは広いラウンジになっている様子。
さすが宿屋の娘。他店が気になったらしい。
「ん? 街ならそれぐらいあるだろう?」
高天原だって似たようなものだった。
しかしミーニャは首を振った。
「この街、何万人も住める――神様、そんなにいない」
――ああ、神の数自体が大幅に違うのか。
「ラピシア、何か知ってるか?」
すぐ後ろを走るラピシアに振り返って尋ねた。
青いツインテールを波のように揺らして答える。
「知らない。初めて来たっ」
「それもそうか。ラピシアが生まれたのはずっとあとだもんな」
リリールかリヴィアに尋ねようかと考えたが、心話で所在がばれるかもしれないと考えてやめにした。
周りを注意しつつも、大通りを走りながら考える。
「詳しくはわからないが……神々が大勢いた創世期は、部下や従者を住まわせていたのかもな。星の初期は熱い火の玉みたいなもので、弱者は住めないから」
セリカが金髪を後方になびかせながら言った。
「そのような状態になるのですね。さすがケイカさまですわ。そんなことまで知っておられるなんて」
「まあな。――そうか、リリールもアイを従者として従えていた。確か番号は100番台。ビホルダーゲルだけでも最低百匹いたはずだ。エルフたちも異界から呼ばれたと言ってたな。始祖エルフもここに住んでいたことがあるのかもしれない」
「なるほど。やはり世界を創造するというのは、大勢の神や神獣が関わる大仕事なのですね」
セリカは青い瞳を丸くして驚いていた。
俺は頷く。
「きっと昔は栄えていたのだろうな。人が一人もいない今の淋しさとは大違いだ」
「華やかで、賑やかな暮らしだったのでしょうね……なんだか、寂しいですわ」
そんなことを話しているうちに、街の中央へとやって来た。
黒曜石のような艶やかな石でできた立方体の建物。
一辺が30メートルほどの巨大なキューブがぽんと置かれているようにも見える。
建物の両側及び後ろ側には、高い円柱が電波塔のように青空に向かって聳えていた。
「これが、城なのか?」
「……神殿のようにも思えますが……とても変わった形をしていますね」
建物横の円柱を《真理眼》で見るとそれぞれ【魔法障壁発生塔】【物理障壁発生塔】【幻影障壁発生塔】と表示された。
――石化した神々を運び出したあとで壊そう。
入口前の幅広の階段を上って両開きの扉へ近付く。
ミーニャが颯爽と前に出て、扉を調べる。
「ん、鍵はかかってない」
《千里眼》で中を見たが人の気配や姿はない。
「静かに入るぞ」
「はい」「わかった」「うん」
セリカはコクッと唾を飲み、ミーニャは尻尾をブワッと逆立てた。
ラピシアも眉間に可愛いしわを寄せている。
扉を開けて中へ入った。
外側と同じく一辺30メートルほどの、だだっ広い空間。柱すらない。
内部は壁も床も黒い石でできていた。魔法の光が壁や床に埋め込まれて、ぼんやりと光っている。
全員入ると扉を閉めたが、足元は明るかった。
無言のまま入口に立ち尽くす。
階段や敵の気配を探して千里眼を発動させる。
その瞬間、うっと息を飲んだ。
――2階も地下も階層ダンジョンになっている!
それもそうか。創世神はアウロラをダンジョンマスターにした。
だったら創世神自身もダンジョンを作れるはずだった。
階層ダンジョンは、その階に入るまで存在が決定されていないから千里眼では見通せない。
隣のセリカが異変に気付いて小声で囁く。
「どうかされましたか? ケイカさま」
「試練の塔やドラゴンダンジョンと同じ、階層ダンジョンになっている。何があるかわからない」
「まあ! 確かにその可能性がありました。気がつかず申し訳ありません」
「いや、いいんだ。とりあえずリリールが正しいなら、石化した神々は地下だな――階段はあれか」
だだっ広い中央の左側に地下へと降りる階段があった。右側には上り階段。
《真理眼》で見ると【階層階段】と表示されたので間違いない。
向かおうとすると、隣にいたミーニャがくいっと袖を引っ張ってきた。
「ケイカお兄ちゃん、奥の壁際にも階段がある」
広間の左奥をすらりと細い指で指し示す。
確かに下り階段がある。
中央の階段は幅広で大きいが、奥の階段は少し小さい。
だが、そちらも【階層階段】だった。
「どっちだ? ――いや、石像を運び込むなら幅が必要だ。中央を降りよう」
「わかった」
足音は魔法で消してあったが、それでも忍び足で歩いた。
セリカもミーニャも腰に差した剣に手を添えて、足音を殺して歩く。
そして階段を下りた。
魔法の光があるので危なくはない。
ただ静か過ぎるのが不気味だった。
周囲がすべて黒い壁なので威圧的でもある。
本当にまだ気がついてないのか?
それとも罠なのか。
それがわかったのは、階層が切り替わった時だった。
地下一階とつながった瞬間、《真理眼》によるステータスウインドウが表示された。
とっさに太刀へ手を添える。
「セリカ、ミーニャ止まれ。俺とラピシアが行く」
「はい」「わかった」
和服を揺らして階段を下りた。
ラピシアは数段上からジャンプして、ワンピースの裾を広げて着地する。
地下一階も上と同じで、黒い壁と床のだだっ広い部屋だった。
違うのは、壁に巨大な鏡が何枚も設置されていること。
床や壁に設置された魔法の光を鏡面に移しこんで怪しくきらめいている。
そして部屋の奥に、静かに佇む亡霊がいた。
骸骨の馬に跨る骸骨騎士。槍を持ち、貴族のような服装をしている。
彼は帽子を取ると慇懃な挨拶をした。
「勇者よ。まさか自分たちの力だけでここまで来ようとはな。さすがの私でも予想外だったぞ」
「ファルカン。久しぶりだな」
死霊騎士ファルカン。即死攻撃を多数持つ、元四天王の一人。
隣でラピシアが拳を握り締める。
俺もいつでも攻撃できるよう、足を開き、腰を落とした。
だが内心では舌打ちしていた。
――チッ! 神々を運び出す前に会ってしまったか。
《真理眼》を発動させつつファルカンを睨んだ。
そろそろ発売なので、明日も更新!
各店の特典SSについて割烹でお知らせしておきます。