第228話 何番煎じでも言ってやる!
魔王退治のための作戦会議を終えてから二日後。
暖かな朝日の降るケイカ村。
屋敷の自室でセリカと寝ていた。
シーツを被ったベッドの中、セリカの柔らかな裸体を抱いている。
彼女が腕の中でイヤイヤをするように首を振ると、大きな胸が波打って揺れた。
「ケイカさまぁ……朝ですから……」
「知ってる。だからいいんだろ?」
「はぅぅ~。ケイカさまはイジワルですっ」
ぷいっと顔を横に背ける。胸がぷるんと丸く弾んだ。
可愛らしいことを言うセリカの金髪に顔を埋めて、ぎゅっと抱き締める。
セリカも口では断りつつも、華奢な足を絡めてくる。すべすべした肌の感触が心地よい。
気だるくも楽しい朝のひとときを過ごしていた。
――と。
どんどんと扉をノックされた。
「ケイカお兄ちゃん、用意できた」
「ミーニャか」
俺はベッドから出ると服を手早く身に付けて入口へ向かった。
セリカは裸体をシーツで隠すのが精一杯。
扉を開けると、巫女服を着たミーニャが頬を少し膨らませて立っていた。
「どうした?」
「ずるい」
「だったら、ミーニャも」
ピコッとネコ耳と黒い尻尾が同時に立った。勢いのあまり、黒袴がめくれて細い足の付け根まで見えた。
「ほんとに?」
「ああ、魔王を倒したらな」
ふんす、とミーニャは鼻息荒く言った。
「絶対、倒す」
「その意気だ――俺たちも用意ができたらすぐ行くから」
「わかった」
ミーニャは尻尾を楽しげに揺らして去っていった。
◇ ◇ ◇
ケイカ村の屋敷の中。
妖精の扉を設置した部屋にいた。
暖かい春の日差しが窓から斜めに差し込んでいる。
部屋の中には俺の傍にセリカ、ミーニャ、ラピシア。
少し離れてリリールとリヴィアがいた。
セリカたちを見ながら声を掛ける。
「用意はいいな?」
「はいっ」「かんぺき」「るん♪」
セリカはいつもどおりの服装――白い上着に赤いスカート。そして腰には細身の剣。
ミーニャは白衣と黒袴の巫女服を着て、腰に差した包丁を少し抜く。白刃がギラリと光を放つ。
楽しそうなラピシアだけが、いつもと様子が違っていた。
「ん? クリエイトハンマーを持っていかないのか?」
「こっちがいい!」
ラピシアが、くるっとその場でターンした。白いワンピースの裾が広がり、小枝のように細い足が見えた。
その背中にはハンマーではなく盾を背負っている。
勇者の盾だった。
紐で背中にくくりつけている。
子供が背負うとサイズ的に、亀か河童のようだった。
――何か意味があるんだろう。
俺は頷いて言った。
「よし、それでいい。あとはハーヤだが……」
「は~い」
後ろにある妖精の扉から、とんがり帽子を被ったハーヤが顔をのぞかせた。
「映像中継の準備はできたか?」
「はいー。各地に設置しておきました。ケイカさんを追尾するどろろーんも作動中です……それと」
「ん?」
つぶらな瞳に喜びをいっぱいにして言った。
「極上爆音4DX上映システム作ったですー。これも配置していいですか?」
「却下」
「ひどいですー」
ハーヤは悲しげな顔で泣きべそをかいた。
「生放送で4DXとか、どんなオーバーテクノロジーだよ」
「3秒遅らせて放送するので、放送禁止用語もカットできますー」
「なるほど。でも却下」
「はぅぅ~、わかりましたです~」
「それと放送開始は魔王が現れてからだぞ」
「はい~」
続いて俺は女神たちを見た。
「リリールとリヴィアは障壁解除後の浮遊大陸の移動と固定。頼んだぞ」
「はいっ」「任せておくのじゃ!」
リリールはベールを揺らして頷き、リヴィアはロリ巨乳な胸を反らして言った。
「じゃあ、行くぞ」
俺は先頭を切って妖精の扉をくぐった。
◇ ◇ ◇
夜明けを迎えたばかりのグリーン山。
体育館ぐらいの広さがある洞窟に入ると、緑色の鱗を持つドラゴンがうずくまっていた。
「アウロラ、起きろ。飛んでもらうぞ」
俺の声に、アウロラは目を擦りながら長い首をもたげる。
「む……ケイカか。どこへ行くのだ?」
「魔王のところだ」
アウロラのお皿のように大きな眼が、くわっと見開かれる。
「ついに行くのか! ……場所はわかっているのか?」
「ファブリカ王国の王都インダストリアから南東百キロ辺りの海上だ」
アウロラの目が細められる。
「そこに、いるのだな」
「ああ、間違いない」
アウロラは翼を広げて地面へ垂らした。
「乗るが良い」
俺はさっさと登って首元に座った。
セリカはラピシアの手を引くと、一礼してから足を踏み出す。
「失礼いたしますわ、ドラゴンさん」
赤いスカートをひるがえして、優雅に登った。安全のため、ラピシアはその隣。
ミーニャは猫のようにしなやかな動作で背に登った。
アウロラは首を後方に曲げて、俺たちを見下ろしながらうなずく。
「落ちない位置に座ったな。――これが、最後の大空の旅になることを祈ろう」
「もちろんだ。……それに、ありがとうな」
「気にするな。卵の恩は決して忘れぬ」
俺はアウロラの長い首を叩いた。緑の鱗がひんやりと冷たい。
「では、いこう」
「しっかり掴まっておるのだぞ」
そう言うなり、ドラゴンは翼を真横にピンッと張った。
そして翼に張られた幕から淡い光を放ち始める。
――ゴゥッ!
翼膜から放たれた魔力がジェットエンジンのような加速をみせ、アウロラの巨体を洞窟から青空へと一息に運び去った。
◇ ◇ ◇
早朝の清々しい青空が広がっている。
俺たちはアウロラの背中に乗って空を飛んでいた。
すぐ下には綿のように白い雲海が広がっている。
雲間からのぞく青い海がキラキラと輝いていた。
俺は広い背中の上に立ち、前方を睨んでいた。
「左前方にかすかな揺らぎがあるな」
「了解した」
アウロラが頭を左へ向けた。魔力を放つ翼が傾き、後方になだらかな弧を描いた。
次第に揺らぎが近付いて来る。
「もうすぐだ、3……2……1……目の前」
「フンッ!」
アウロラが腕を振るった。緑の爪が透明な壁に当たって火花を散らす。
一瞬、障壁の幻影が解除された。
切り裂かれた障壁の向こうに、緑の生い茂る大地が広がっている。
端は絶壁になっている、空飛ぶ島。
思わず叫ぶ。
「ラピュタは本当にあったんだ!」
アウロラが首を曲げ、訝しそうに眉を寄せて俺を振り返った。
セリカは可愛らしい口をポカーンと開けている。
「け、ケイカさま?」
「気にするな。ただの冗談だ」
一抹の恥ずかしさを覚えつつも、アウロラの背で堂々と仁王立ちした。
――どうしても言いたかった。
反省はしているが後悔はない。
「これが浮遊大陸か。昔一度見たのと同じだな。――入るぞ」
アウロラは巨体を揺らして裂け目に飛び込む。
セリカはラピシアを抱き締めてうずくまる。ミーニャは尻尾を垂らしてドラゴンの背に張り付いた。
強大な力を持つ神話竜の前には障壁も役には立たず。
俺たちは島の平原の端に降り立った。
振り返れば青空。
通り抜けた障壁の穴が修復されていく。
「ここまでは作戦通り。現在位置をリヴィアとリリールに急いで知らせてくれ」
「わかった」
アウロラは大股で三歩離れると、また翼を伸ばした。
翼膜を光らせ、一気に飛翔する。
そして閉じかけた穴から出て行った。
俺は辺りを見回す。
細長いひし形の、一番端にいる。目の前には平原。
もっとも警備が手薄な場所。
島の反対端にある山脈がかすんで見えていた。
セリカが緊張した声で囁く。
「いよいよですね、ケイカさま」
「そうだな……侵入をまだ察知されてないな」
《千里眼》で見ると100キロ先に街があったが、異常は見当たらない。
「この草原、元はすべて畑だったようですね」
言われて見れば、平原は四角く区切られていた。
「さて、行くぞ」
「はい」
俺は移動速度を上げる呪文を唱える。
「――《高速流風》」
さすがに100キロもゆっくり歩いていられない。
風が体の周囲を取り囲み、全員の髪が逆巻くように舞い上がった。
――が。
歩き出そうとすると、ラピシアがしゃがみこんでいるのが見えた。
小さな手で土を握っては離している。
「どうした、ラピシア? 土遊びしてる場合じゃないぞ」
「んう~? この土、お母さんのとちがう」
まん丸な目で俺を見上げる。青いツインテールが風に揺れた。
「ほう……どういうことだ? いや、最初に大地を作ったのは大地母神ルペルシアではなく、正確には地邪神ベヘームトだったな。この浮遊大陸は、権限が移譲されていないのかもしれない」
セリカが心配そうに眉を寄せる。
「大丈夫でしょうか……今までどおり、力は出せそうですか?」
「大丈夫! ラピシア、つおい!」
立ち上がって万歳をしつつ、屈託のない満面の笑みで答えた。
――なるほど。
ルペルシアが心の底から従っていないのは創世神も知っていただろうから、安全のために本拠地の権限を渡していないのかもしれない。
意外と、頭が回るな。
それとも魔王の入れ知恵か。
俺は頷いた。
「敵はかなりしたたかだ。気をつけていくぞ」
「はいっ」「わかった」「したたたたかかか?」
「違う。えっとな……」
ラピシアに言葉を教えつつ、歩き始めた。
◇ ◇ ◇
二時間ほど歩いて島の中央付近へやってきた。
街周辺の草原は綺麗に刈り取られ、四角い畑が何枚も広がっていた。
「手入れされてるな。誰かいるのか?」
隣を歩くミーニャのネコミミがピコッと動いた。
「ケイカお兄ちゃん、誰かいる」
「なに?」
「あそこ」
ミーニャは立ち止まるとほっそりした指で示した。片手はすでに包丁の柄を握っている。
畑の隅にある粗末な小屋。
その影で動く人影がいた。
俺は千里眼と真理眼で目を凝らした。




