第216話 魔王の居場所
聖剣が出来るまでぶらぶらしていた俺。
魔王がすでに復活している可能性を考えて、居場所を探してこちらから攻めることになった。
港町ドルアースにあるライブ会場&人魚とナーガ族の居住地ケイカハウスに俺はいた。
物置のような一室で、書類棚から書類の束を取り出しては見ていく。
傍にはセリカが眉間に真剣なしわを寄せて書類を眺めていた。
両手に持った書類を見ては次へと移る。
キマイラのグレスギーは興味がないようで、部屋の隅にクッションを敷いて猫のように寝転がっていた。
書類は魔王軍の兵站を一挙に引き受けていたエビルスクイッドのもの。
魔王が復活しているなら、糧食や生活物資を届けていただろうと考えた。
ちなみにルーナの姿はなかった。
「書類なんてわかんない」と言ってどこかへ行ってしまった。
――学校に行かせるべきかもしれないな。
突然、セリカが悲しげなため息を吐いた。
「ああ……やっぱり」
「どうした?」
「魔王軍は人間の奴隷を購入して食料にしていたようですわ」
「まあ、そうなるか。――ただ、人間だって食べられる魚や動物の魔物は食べてるからな。お互い様だ」
セリカが金髪を揺らして頷く。
「わかっております……ただ、エーデルシュタインの民が……もう」
俺はうつむくセリカに近付いて頭を優しく撫でた。艶やかな金髪が指先に心地よい。
「そうか。結構な数が奴隷になったんだったな……助けてやれなくてすまなかった」
セリカは弱々しく首を振った。
「いいえ、それは王族であるわたくしの問題です。ケイカさまには、本当に活躍していただきましたから」
「――あんまり思いつめるなよ」
「はい、ケイカさま。ありがとうございます」
セリカの青い瞳が少し潤んでいるように感じた。
なんだかいとおしくて、さらに優しく彼女の頭を撫でた。
そしてまた書類の調査に戻った。
けれども、なかなか目的の書類が見つからない。
全世界に展開していた魔王軍の補給状況は膨大で、いくら制海権を取っていたとはいえ、エビルスクイッドはこれだけの兵站をよく支えていたなと、改めて感心した。
――と。
セリカが「あっ」と声を上げた。
「見つかったか?」
「はい、ケイカさま……ですが、場所自体は書かれていませんわ」
「なんて書いてある?」
「ええっと――魔王様の居城へ物資調達せよ。ピングバード部隊長はガーゴイル隊を連れていけ。と、書かれています」
俺は思わず腕組みをして唸った。
「用心深いな。石像の魔物ガーゴイルで物資運搬するとは、極力まで情報漏洩を怖れていたに違いない。そこまで考えて指示を出すエビルスクイッドはさすがだな……グレスギー、ピングバード部隊長とやらは知っているか?」
グレスギーはクッションの上でアクビをしながら答える。
「太った鳥だな。魔王軍がガタガタになって以降、どこに行ったか知らん。それにピングバード自体、数が多すぎて誰かわからん」
「そうか……情報を聞き出せたらと思ったが」
セリカがまた書類を片手に言う。
「こちらも魔王のところへ物資を運んだと書かれています」
「読み上げてくれ」
「はい、ケイカさま――魔王様の居城へ魔法銀を届けよ。シーメタルグラディウス隊長はガーゴイル隊を組織して運ぶべし」
「またガーゴイル使用か……ん? セリカ、グレスギー。ガーゴイルって飛べたよな?」
「はい」「飛ぶぞ」
「字面からしてピングバードは飛びそうだし、シーメタルグラディウスは実際見たが飛んでたな――まさか」
「何か気が付かれたのでしょうか、ケイカさま?」
「今、魔王がいる場所って、空を飛べないと近づけない場所なのか?」
標高の高い山の上、もしくは地球のギアナ高地のように断崖絶壁に囲まれた雲の上の島。
だがセリカは青い瞳を丸くした。
「え!? ――いえ、そんなはずは……辺境大陸はわかりませんが、こちらの大陸にそのような場所はないはずです」
俺は《千里眼》を使って辺境大陸をくまなく見た。
「……一番高い場所はゲアドルフのいたファスラナフト山か。でも、あそこはダンジョンがあって上れるし……やはり幻影系の魔法で隠されているのか」
その場合、近付かなければ発見できない。
すると、グレスギーがぼそっと呟いた。
「浮遊大陸……」
「え? なんだって?」
「空飛ぶ大陸があると聞いたような気がする……」
セリカがはっと息を飲む。
「わたくしも、大好きなお姫様の物語の中で浮遊大陸に行く話を読んだことがあります! ――ですが、実際に存在するかどうかは……」
俺は眉間にしわが寄るのを感じた。
「どんな可能性でも探っていこう。伝説や昔話のような伝承には、その元となる話が必ず存在するからな」
「ですが……どこにあるかわからない空飛ぶ大陸を探すなんて……いったいどうすれば?」
俺は顎に手を当てて渋い表情を作る。
「飛行石を持つ少女を見つける!」
「……ひこーせき? ですか?」
セリカが、ぽかーんと口を開けて言った。
なんだか急に恥ずかしくなったので説明する。
「いや、俺がいた地域でよく読まれていた物語ってだけの話だ。バルシとか言ってな」
「さすがに意味不明だな」
グレスギーがぼそっと呟いた。
正論なので何も言い返せない。
俺は爽やかな笑顔で話題を変える。
「まあ、あれだ。浮遊大陸があるとしても、魔法や結界で隠されているかもしれない」
「困りましたわ……」
グレスギーが呟く。
「隠されていて、下っ端がたどり着けるのか?」
「ん……それもそうか。魔法で隠してあったら下っ端がガーゴイル連れて物資搬入なんてできないか。でも、大陸というぐらい大きなものが地上を通ったら、影になってわかるはず――まさか」
「ひょっとして?」
セリカが気付いた様子。
俺は頷いた。
「海の上に浮かんでいるのかもしれない。そうなると探索範囲は限られてくる」
「しかし海の上では……陸地から見えない場所に滞在していそうですし」
「あとは海と空から探せばいい。海はルーナに、空は――あ、いいのがいた」
「なんでしょう? ドラゴンさまはあまり洞窟を離れようとはしませんし、ほかに長い距離を飛べるものなど……」
「あいつらがいるじゃないか。もふもふの飛竜たちが」
「ああ! さすがですわ、ケイカさま! すっかり忘れておりました!」
セリカは青い瞳を丸くして感心していた。
「よし、すぐに大森林にいる飛竜たちに頼んでこよう――グレスギーもご苦労だったな」
「いい暇つぶしにはなった。では、帰るぞ」
のっそりと立ち上がるグレスギー。寝ていたクッションを起用に背中へ乗せる。
「ではわたくしも。使節団との会食がありますので、夕飯はエーデルシュタインで取りますわ」
「そうか。国のために頑張ってるな。さすがセリカだ」
「当然です。わたくしの、願いでしたから」
目を細めて笑うと、セリカは金髪を揺らして立ち上がった。
それから妖精の扉を通って、それぞれの場所へと向かった。