第215話 大海支配者と働く王女さま
第214話において、侯爵はファルカンの存在を第196話ですでに知っているので驚くのはおかしい、と読者さんから指摘をもらいました。そこで辻褄が合うように修正しました。話の流れ自体は変わっていません。
未来が滅亡するという予言を受けた俺は、侯爵たちと話し合い、魔王がすでに復活している可能性に行き当たった。
そこで魔王護衛のファルカンの提案には乗らず、自分たちから魔王の元へ行くことにした。
港町ドルアース。
昼過ぎの太陽が赤い屋根と白い壁の街並を照らしている。
服屋のマダムに素材を渡した後、町長の元別荘であるケイカハウスへやってきた。
海に面した断崖絶壁にある建物。
人魚のライブがおこなわれ、夕暮れの海辺の舞台では歌劇も演じられているらしい。
そこに滞在するナーガたちに頼んでルーナを探してきてもらった。
しばらくして、ケイカハウスの最下層、階段を下りたところにある海岸でルーナと会った。
半透明の赤いクラゲの帽子を被った少女。触手が髪のように垂れていた。
すらりとした手足に控えめな胸。
華奢な体を隠す白のセーラー水着が眩しいぐらいに似合っていた。
ルーナはちょっと唇を尖らせて、すねた表情を作っていた。
「いったいなんなのよさ? 急に呼び出したりなんかしてっ」
「ルーナにしてもらいたいことがあってな。魔王軍の補給を調べたい。エビルスクイッドの住処に資料があるはずだ」
ルーナは、キッときつい目をして睨んでくる。
「おとーさんの住処には、誰も近づけさせないのよさ! 例え、ゆーしゃであっても!」
「ああ、わかってる。だから書類を取ってきてくれ。世界が滅びそうなんだ」
「ふぇ?」
未来が占えないこと、世界が滅びること、魔王のいる場所へこちらから攻めるためにエビルスクイッドの書類が必要なことを話した。
ルーナが目を丸くして驚く。
「せ、世界を滅ぼすって! だったら、おとーさんが命懸けで守り続けたのは、なんだったのよさっ!」
「……悪いのは魔王だ」
無駄だったな、とはさすがに言えなかった。
ルーナの大きな瞳に涙が浮かぶ。
「おとーさんは立派だったのよさ! 苦しむ仲間のために頑張って……っ! それなのに、ひどいっ!」
「そうだな。エビルスクイッドの心を軽んじた魔王は許すわけにはいかないな」
「あたい、すぐに取ってくる! 書類がどれかわかんないから、全部!」
ルーナは涙を散らして背を向けると、海へ向かって駆け出した。白い砂浜に小さな足跡が点々と残った。
海岸には俺だけが残された。
「全部って……」
――まあ、きっと抱えられる程度の少量なのだろう。
ルーナが帰ってくるまで、白波の打ち寄せる砂浜に寝転がって待ち続けた。
◇ ◇ ◇
「持って来たのよさ!」
突然のルーナの声が上からした。
セーラー水着から水をぽたぽた垂らしつつ俺を覗き込んでいた。太陽が頭で隠れて逆行になる。
手には書類の入っていると思われる箱。
そしてクラゲ頭の触手を総動員して、幾つもの書類棚を抱えていた。
想像以上に大量だった。
下ろされた棚がズシッと音を立てて、砂浜にめり込んだ。斜めになって林立する棚たち。
「……多いな」
「だから全部持って来たのよさ!」
ルーナはささやかに膨らむ胸を反らして、得意げに言った。
「……うむ。ありがとうな。助かった」
手を伸ばしてクラゲの頭を撫でた。しっとりと濡れた頭がぷるぷると震える。
ルーナは顔を真っ赤にして俯く。
「こ、これぐらい、なんでもないのよさ……おとーさんのためなんだからねっ! 勘違いしないでよね!」
「ああ、わかってるさ」
ますます力を込めて撫でると、「はぅぅ……」と喘ぐようなため息を吐いていた。
俺は砂浜に足跡をつけながら、棚の一つに近寄った。
魔法で防水してあったらしく、書類はまったく濡れていなかった。
――まあ、海底で仕事してたんだから当然か。
棚の中にはぎっしりと書類。
「これは面倒だな。特にお役所的な文章で書かれているのは意味が取りづらい」
文字は読めるが、この世界独特の言い回しやらが出てきて難しい。
ルーナが首を傾げた。赤い触手が横に流れる。
「どーするの、ゆーしゃ?」
「書類を読むのが得意な者を連れてくる。その間、ルーナはこの書類をケイカハウスに運び入れといてくれ」
「わかったのよさ!」
書類棚運びはルーナに任せて、俺は上へと続く階段を上って妖精の扉へ向かった。
◇ ◇ ◇
エーデルシュタインの王都シェーンブラウ。
昼の日差しが暖かく降り、高原を取り囲む山々を照らしている。
湖上に建つ白亜の城は、その影が湖面に映りこんでいた。
俺は城の中、広い廊下を歩いた。
途中、警備の兵士に出会ったので尋ねる。
「セリカはどこにいるかわかるか?」
「これは、勇者さま! 玉座の間においでです。案内いたしましょうか?」
「そうか、助かる」
兵士に案内されて玉座の間へと来た。
赤い絨毯の敷かれた広間。正面の段上には玉座があり、ドレスを着たセリカが座っていた。頭の上には可憐なティアラが光っている。
玉座の前には礼服を着た集団がひざまずいていた。
セリカは俺をチラッと見た後、すぐに集団を見下ろして微笑んだ。
「ようこそ遠くからお越しくださいました。エーデルシュタインはファブリカ使節団を歓迎いたしますわ」
「この度は王国再建、おめでとうございます。これからも私どもファブリカ王国とのよりよい関係が続きますことを祈っています」
「こちらこそ、お願いいたしますわ」
それからファブリカ国王の書状が読み上げられた。
終わるとセリカが気品のある態度で応対していた。
――そういえば、ファブリカと金の取引をするんだったな。
まあ、そっちのほうは何事もなく進みそうだ。
段上の端に目を向ける。
大きなクッションにキマイラのグレスギーが丸くなって寝ていた。
――そういや、こいつも元魔王軍。
魔王について、なにか知ってるんじゃないか?
俺は正面を迂回して、壁際を進んだ。
グレスギーの奴、なぜか段上の隅っこにいるのでこっそり話しかけることが出来ない。
いや、玉座の間にいろと指示したのは俺だっけか。
使節団はクッションに寝ているキマイラをチラチラ気にしていた。
当たり前か。寝てるだけでいい脅しになっているのかもしれない。
正面の段上まで行き、端っこから上った。グレスギーの傍に立つ。
グレスギーが丸まった状態から不審そうに顔を上げた。
こちらに視線を向けたセリカが青い瞳を丸くする。
使節団が戸惑いと驚きでざわめく。
確かに失礼に当たるかもしれないが、いつ終わるかわからない謁見など待っていられない。
面倒なので懐から【勇者の証】を取り出して掲げた。
「魔王退治のことでキマイラに用がある。気にしないで商談を進めてくれ」
「あ、はい。わかりましたわ、ケイカさま――みなさんも、どうかお気になさらず」
セリカは金髪を揺らし微笑みを浮かべた。
しかし、使節団は恐れおののいている。
「き、キマイラ!」「置物ではなかったのかっ」「ひいっ! 助けて」
痩せ細った文官らしき男は尻餅をついて震えていた。
俺は溜息を吐きつつ、段上から大声で叫ぶ。
「お前ら、安心しろ! 勇者ケイカがこの場にいるんだ。例えキマイラが暴れようと、絶対に助けてやる!」
「おお……」「さ、さすが勇者どの」「各地を救った英雄は言うことが違いますな」「頼もしい……」
使節団はまだ少し動揺しながらも、居住まいを正した。
セリカは見下ろしつつ、困ったような笑みを浮かべて言った。
「少し早いですが、お茶を飲みながら話し合いを続けましょうか?」
「あ、ありがとうございます」「お心遣い、感謝いたします」
ほっと安堵の息を吐く使節団たち。一刻も早くキマイラの傍から去りたいようだ。
セリカは玉座の手すりを掴んだ。確か魔導具が内蔵された当たり。
小声で呟く。
「至急、使節団とのお茶会準備を。案内出来る人をこちらへお願いしますわ」
扉が開いて仕立ての良い服を着た初老の男が現れる。
大臣のゲーリッツだったか。
彼に連れられて使節団は出て行った。
セリカがドレスの裾を揺らして段上の端へ来る。
「どうされたのです、ケイカさま?」
「騒がせてすまないな。セリカに頼みたいことがある」
「なんでしょう? わたくしにできることならなんなりとお申し付けください」
「エビルスクイッドが持っていた魔王軍の兵站の書類を手に入れた。それを調査して魔王の居場所を突き止めて欲しい」
「魔王を?」
セリカが不思議そうに首を傾げた。金髪が揺れる。
俺は今日の出来事を伝えた。
村のコーデリア婆さんに言われたこと、侯爵に相談したこと、ルーナのこと。
彼女の美しい眉が悲しそうに寄る。
「まあ、未来が見えなくなるなんて……ファルカンが嘘を……ええ、書類の読み方は子供の頃から教え込まれています。ぜひ、手伝わせていただきますわ」
「さすが、セリカ。頼もしいな――ただ、使節団との謁見はいいのか?」
ん~、とセリカは唸りつつ、細い指を頬に当てた。
「書類はドルアースのケイカハウスにあるのですね? お茶会が終わりましたら人形さんに交代してもらって、調査に向かいます。できるだけ早くに切り上げますわ」
「そうか。助かる――だったら待っていよう」
「わかりました。では、ケイカさま。またあとで」
セリカは優雅に頭を下げると踵を返し、ドレスを揺らして玉座の間を出て行った。
名実共に王女となって、気高い雰囲気が増した気がする。
仕事中の彼女は、見惚れるほどに美しい。
セリカの後ろ姿から無理矢理に視線を外し、足元を見下ろした。
相変わらず、キマイラのグレスギーがふて腐れた様子でクッションに寝ている。
「グレスギー、聞いていただろう? お前も何か魔王について知らないか?」
「言ったはずだ。俺はただの副司令官。重要な情報については知らされていない」
「まあ、そうだったな――ところで」
「ん? なんだ?」
「そんなところに寝転がってたら暇してるんじゃないか? そろそろエーデルシュタインのために働いてみたらどうだ?」
「ふんっ。俺は捕虜だぞ? だいたい何の得がある? もう生きている意味もないのだ」
「お前にだって趣味や楽しかったことぐらいあるんじゃないのか?」
「やってて楽しかったことか……」
グレスギーは遠い目をした。しかしすぐに首を振った。
「それともラピシアの世話になるか?」
「……エーデルシュタインへの協力、考えておく」
むすっとふくれっ面をしながらも、グレスギーは同意した。
グレスギーはラピシアが苦手らしい。
俺は笑いながら言う。
「だったら手始めに、書類調査を手伝ってくれ」
「……ふん。期待には大して応えられんぞ」
「それで構わない――まあ、セリカが終わるのを待つか」
それから玉座の間を後にして、セリカの部屋で会見が終わるのを待った。
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