第203話 月のおみやげ
月で働く人形たちの目的は、勇者の聖剣の材料である宝石を地上へ降ろすために軌道エレベーターを作ることだった。
妖精の扉を使えば軌道エレベーターはいらないのでエーデルリヒトはもらえることになった。
無数の星が散らばる宇宙の下、月面に広がる花畑で俺たちは作業した。
ラピシアが絨毯を引っ張るようにして花畑をずらす。
そして地面を掘った。
すぐに緑に輝く宝石、エーデルリヒトが見えてきた。
二階建ての家より大きなかたまり。
ラピシアの肩に手を乗せて喋る。
「でかいな。確かに普通じゃ運べないな。ラピシア、砕いてくれ」
「わかった!」
穴に飛び降りてクリエイトハンマーを振るい始める。
『えい、えいっ! ――ふわぁぁぁ』
離れたので声は聞こえないが、何を言ってるかはだいたいわかった。
強く叩きすぎた反動で、小さな体がふわりと浮かぶ。
月面は重力が小さいので上手く叩かないといけなかった。
ラピシアは手足をばたつかせながら、穴から飛び出して宇宙へと飛んでいく。白いワンピースが波のように揺れた。
細い足を掴んで引き寄せる。
「気をつけるんだ。打ち消すより少し強めじゃないと浮いてしまう。最初は小さな力で、徐々に大きくしていくんだ」
「やってみる!」
また穴に下りてエーデルリヒトを叩き出す。
今度はうまくいった。
音もなく巨大な宝石が砕けていく。
たまに力を入れすぎて浮き上がるが、俺が穴の縁から手を伸ばして止めた。
しばらく作業が続いた。
ラピシアが宇宙の彼方へ飛んでいかないよう見張るため、運び出しはリヴィアと人形たちにしてもらった。
人形たちが妖精の扉まで運び、リヴィアが妖精界の回廊へ運び入れる。
途中、リヴィアが来て、俺の手を掴みながら言った。
「妖精やエルフたちが手伝うといっておるが、どうしたものじゃ?」
「手伝ってくれるならありがたい。ケイカ村の屋敷裏に運んでもらおう」
「盗まれるかもしれんぞ?」
「彼らはそんなことしないだろう。エルフたちは恩返しがしたいだけだろうし、妖精たちはたぶんお祭りと勘違いしている。それに、零れた欠片ならあげても問題ない」
「では、そのように伝えておくのじゃ」
彼女はまた扉のほうへと戻っていった。
一度気になって回廊の様子を見に行くと、エルフと妖精たちが宝石を運んでいた。
妖精たちは「わっしょい、わっしょい」とおみこしを担ぐように騒いでいる。
やはりお祭りと勘違いしているようだ。
でも妖精たちは常に人生を楽しんでるようで、見ていて楽しくなる。
◇ ◇ ◇
それから3時間ほどで大量のエーデルリヒトをケイカ村の屋敷に運び終えた。
夕暮れ時のケイカ村。
屋敷の裏庭にエーデルリヒトが積みあがっていた。神秘的な緑光を放つが、これだけあるとあんまりありがたみがない。
すると、鍛冶工房からヘムルじいさんが出てきた。背中を曲げて歩いてくる。
「ほうほう。これだけ集めるとは、さすが勇者じゃ」
「足りるか?」
「もちろんじゃとも。まずは精錬するから時間をくれい」
「任せた」
一抱えほどの宝石を持ち上げたヘムル爺さんが俺を見た。
「ああ、そうそう。精錬が終わったら、おぬしの剣を預かるぞ」
「そうだったな。わかった」
「うむ」
ヘムルじいさんは鷹揚に頷くと、宝石の塊を持って工房へと入っていった。
俺は顎を撫でつつ考える。
「さて、と。……人形たちに別れの挨拶でもしておくか」
夕風に和服をなびかせつつ、妖精の扉へと向かった。
◇ ◇ ◇
月面の花畑前。
ラピシアが花畑にできた穴を埋めている。花のためにエーデルリヒトを少し残したらしい。
その作業を6人の人形たちが黙って見ていた。
俺は心話で話しかける。
『運び終わった。ありがとうな』
『こちらこそ』『私たちの仕事を教えていただきまして』『ありがとうございます』
『これからも作り続けたらどうだ?』
『え?』
『何年かかるかわからないが、いつかこの星の人間たちが宇宙に出ようと考えた時、必要になるはずだ。未来の人々のために頑張り続けてもいいだろう』
人形達はひそひそと話し合ったが、すぐに全員がこちらを向いた。
『そうですね……私たちも、お父さまに頼まれた仕事を続けたいです』
『頑張れよ』
『『『はいっ』』』
人形たちは元気な声で、でもどこかしら寂しそうな笑顔で答えた。
――と。
一人の人形、長女のファスティナが黒髪を揺らして進み出る。背中に人形を背負っていた。
『勇者さま、一つお願いがございます』
『なんだ?』
『末っ子を直してあげて欲しいのです』
『俺は人形については知らないが……適任がいるな。わかった、その願い聞き届けた』
『ありがとうございます』
ファスティナは背中に背負っていた人形を渡してきた。人形たちと顔は似ているが体は少し小さく、華奢だった。背に垂れた長い髪も真っ白。
眠るように目を瞑る姿は儚げな美少女といった印象を受ける。
動かない人形を受け取り、彼女たちに言う。
『確かに受け取った……じゃあ、頑張れよ』
『はいっ』『ありがとうございました』『勇者さま、お気をつけて』『ご武運を』『妹をどうかよろしくお願いします』『また、いつか……』
『ラピシア、行くぞ』
『うん!』
手を振る美しい人形たちに見送られて、俺たちは月面を後にした。
お土産として少しばかりの糸を貰って。
今後も彼女たちは静かな月面世界で、花を育て、月虫を集め、糸を作り続けるのだろう。
――これからは月を見上げるたびに彼女たちのことを思い出すだろうな。
それが寂しいことなのか、微笑ましいことなのか、俺にはいまいち判断できなかった。
◇ ◇ ◇
ケイカ村の屋敷に戻ると、すでに太陽は沈んでいた。
暗い夜が迫ってきていた。
「ラピシア、先に屋敷に戻ってろ。手洗いとうがいはするんだぞ」
「わかった!」
青いツインテールをなびかせて軽快に走っていった。
俺は人形を背負って屋敷の裏庭へ。
妖精のハーヤが住む工房へと入る。
ハーヤは作業台の上で何かを作っていた。いつもどおりの光景。
「ハーヤ。ちょっといいか?」
びくっと体を震わせてハーヤが振り向く。
「おや、ケイカさん。びっくりしました。なんでしょう?」
「この人形を直してやってくれ。壊れてるらしい」
「ほほう。これは興味深い魔導人形ですな」
作業台の上に美少女の人形を横たえた。銀髪がふわっと扇のように垂れる。
ハーヤは嬉々として人形の目や首筋を調べ始めた。
「どうだ? 直せそうか?」
「もちろんです~。しかし良く出来てますな。なかなかの天才です」
「前世のハーヤが作ったそうだ。大妖精と呼ばれていた頃のハーヤがな」
ハーヤは俺を見て気の抜けた返事をした。
「はあ、そうなのですか」
「軽い返事だな。覚えてないのか。勇者とパーティーを組んで戦ってたらしいぞ」
ハーヤは眉間に可愛いしわを作って考え込む。
「う~ん。ほとんどは。覚えているのは、もっといろんな道具を作りたかった! です。だからいろいろ作れる今がとても楽しいです」
「まあ、そういう生まれ変わり方もありなんだろうな」
「自分に出来ることだけを頑張りたいです」
にっこりと微笑むハーヤ。
転生してダメな奴になった気がしなくもないが、まあ技術協力は惜しみなくしてくれるんだから構わないか。
俺は工房の出口へ向かいつつ言う。
「じゃあ、人形の修理、頼んだぞ」
「は~い」
ハーヤは挨拶もそこそこに、人形の胸に飛び乗って工具でいじり始めた。
屋敷に戻ると玄関にまで良い匂いが漂ってきた。
廊下を歩いて食堂へ行く。
テーブルにはセリカとラピシアがすでに座っていた。
巫女服の上にエプロンをつけたミーニャが、黒い尻尾を揺らして近寄ってくる。
「おかえり、ケイカお兄ちゃん。鳥のスープできた」
「あ、今朝の爆風に巻き込まれた鳥か。焼き鳥は無理だったか」
「身がボロボロだから、肉団子にしてスープに入れた」
「それもおいしそうだな」
「うん。食べて」
ミーニャに促されて席に付く。
すぐにご飯とスープ、それに焼き魚が運ばれてきた。
ミーニャは俺の隣に座った。
肉と野菜の旨味が染み出たスープはポトフのような味で、とても美味しかった。
肉団子は柔らかく、口に入れるとほろほろと崩れる。
中に閉じ込められていた肉汁があふれ出す。
噛むたびに滋養のある旨味が口の中いっぱいに広がった。
「うまい。さすがミーニャ」
「ん。当然」
ミーニャは澄ました顔で答えたが、頭の上の尖った猫耳が嬉しそうにピッピッと動いた。
ご飯や焼き魚にも箸をつけた。
食事が一段楽した頃、正面に座るセリカが青い瞳を俺へ向けた。
「お疲れ様でした、ケイカさま。月は、どうでしたか?」
「なかなか美しい場所だった。花畑があって――」
スープを食べながら、どんな景色だったかを説明した。
セリカは夢見る少女のように目を閉じて微笑んだ。
「素敵な風景ですわ。いつか見てみたいものです」
「すべてが終わったら、一緒に行こうか」
「そのお気持ちだけで充分です。とても嬉しいですわ」
セリカは目を細めて喜んだ。
「私も行く」
隣でミーニャが言った。
「ああ、いいとも」
なごやかな団欒が続いていく。
ラピシアは力をふるった反動からか、喋る暇もないまま物凄い勢いで食べていく。
そして、おかわりを繰り返していた。
――と。
食堂に海邪神リヴィアが入ってきた。
小さな体に胸の谷間が見えるドレスを着て優雅に歩いていたが、顔色が冴えない。
「どうした、リヴィア? 今日のスープはおいしいぞ」
「それがの……ベヘームトの奴が変なことを言い出しおった」
「地邪神ベヘームトか。今は大人しくしてるんじゃなかったのか?」
リヴィアは腕組みをして首を傾げる。
「大人しくはしておるのじゃが……世界を愛の力で守る為、地属性魔法少女ラブリースターになってくれと頼まれたのじゃ」
「魔法少女!?」
「なんでも杖で変身するらしいが、何を言ってるのか意味がわからぬ」
――分かってしまう俺であった。
しかも地属性ってすごく地味な魔法少女になりそうな。
すると、何杯目かのおかわりをがっついていたラピシアが、勢いよく顔を上げた。青いツインテールが跳ねるように揺れる。
「愛!」
「やっぱり反応したか」
――ラピシアの次のレベルアップ条件が『愛を知る』だった。
リヴィアが、ふむっと頷く。
「妾は海神なのじゃ。地属性ではない。ようわからぬが、ラピシアが適任ではないかの?」
「俺はラピシアを魔法少女にしたくはないがな」
ラピシアがスプーンを握り締めて唸り出す。柄が指の形にへこんでいた。
「うぅぅ! 愛! 愛! あぁぁぁい!」
「わかった、わかった。明日行ってみよう」
「わーい!」
一転して笑顔になると、両手を挙げて喜んだ。
俺はリヴィアに尋ねる。
「というか、大丈夫なんだろうな?」
「なにがじゃ?」
「ベヘームトだよ。魔法少女とか言い出す奴がはたしてまともなのか」
「それは少しは変かもしれんが、神なんておおむねそんなもんじゃろう」
冗談とも本音とも取りがたい発言。
「まあ、俺のほうが強いだろうし、問題があってもなんとかなるか。――ベヘームトはどこにいるんだ?」
「確かブリザリアに迎えられたと言っておった。どこか知らぬが北方じゃろう――さて、妾も夕飯を食べようかの。今日は疲れたのじゃ」
イスを引いてちょこんと座ると、用意されていた食事に手をつける。
ふと思い出してセリカに言う。
「セリカ。ラピシアに手伝ってくれたお小遣いをやっといてくれ。1枚でいいか」
「はい、わかりました」
セリカは腰に下げた小袋から大金貨1枚(10万円)を取り出し、ラピシアに渡した。
えへへ~と笑うラピシア。
「ありがと!」
「無駄遣いするんじゃないぞ」
「うん!」
ラピシアはご飯を頬張りながらも、いつまでも大金貨を眺めて微笑んでいた。
こうして聖剣の材料は揃った。
あとは魔王を確実に倒せるよう、俺のパワーアップだけだな。
そう言えば大海神リリールが信者を5万人集めたらどうこう言ってた気がする。
明日、ベヘームトにラピシアを会わせたあとで、尋ねてみようと考えた。
そのラピシアは、といえば。
食事を終えた後、元メジェド箱の大きな貯金箱に大金貨を入れてにへらっと笑っていた。
いろいろと規格外だが、いい子に育ってるなと感慨深かった。




