第202話 楽しいハーヤ一家
花畑から少し離れたところに人形たちの住処はあった。
地中に開いた洞窟を拠点にしている。
洞窟はマグマが通り抜けた後の風穴らしい。
洞窟の入口は二重のドアで区切られている。
『まるでエアロックだな』
『はい。中に砂が入らないようにしています。粉のような砂は機械の天敵なので。空気も少しあります』
『なるほど』
二重のドアを抜けると、細長い洞窟だった。
岩肌そのままの壁と天井。
魔法の光が洞窟内を照らしている。
そこを抜けると掘削された広い部屋があった。
棚が並んでいて倉庫のよう。
棚には糸の束が無数に置いてあった。
薄いが空気があったので普通に喋る。
「凄い量だな。1束どれぐらいだ?」
「1束で背の高さ100往復ぐらいです」
「それがいくつある?」
「9000束ぐらいでしょうか」
「どんだけ作ってんだよっ」
思わずツッコミを入れてしまった。
1束300メートル×9000は2700キロメートル。
常識的に考えて作りすぎだった。
さすがは黙々と作業を続けられる人形だけはある。
「次の指示がなかったものですから……」
「何を作るかわからないが、充分間に合うだろう」
「ああ、お父さまがいれば次の指示がもらえますのに……」
ファスティナが悲しげな声で言った。
すると倉庫の奥からこれまたファスティナそっくりな人形が出てきた。
全部で3体。合計6人の同じ顔かたちの美女が並ぶ姿は異様な凄みがあった。
「こちらは勇者さまです。聞きたいことがあるそうです」
「勇者さま……」「いったい何を話せば……」「お父さまの指示がないと判断できません……」
みな不安そうに顔を曇らせた。
「あれ、7人いると言ってなかったか?」
「末娘は作りがよくなかったようで、ほとんど稼動できません。妖精界が滅びる直前に急いで作られたそうなので」
「そうなのか。まあいい。お前たちを作った父親について聞きたい。いったい月で糸を作ってなにをしていたのか。普段からなにをしようとしてたか。知っていたら教えて欲しい」
人形たちが言う。
「糸で布を織るかどうかもわかりません」
「そう言えば機織の道具がありませんでした。後から送る予定だったのかもしれませんが」
別の人形が言う。
「お父さまは勇者さまと一緒に戦っておいででした」
「とても勇ましかったそうです」
「ほう。あのハーヤが前世では戦ってたのか」
「勇者ラケウスという人とパーティーを組んでいました」
「どっかで聞いた名だな」
取得しっぱなしで放置しているメッセージログを開いた。
ラケウスとは、この世界に着たばかりの頃にダフネス王国の勇者試験登録所で見かけた銅像だった。半巨人の勇者。
人形達たちは言う。
「その頃のことを話されるお父さまはとても楽しそうでした」
「四天王の霜巨人ヨトゥンを倒して凱旋したときが最高だったと」
「でも……魔王には勝てなかったそうです。倒すには何かが足りないと言っていました」
「なるほどな。魔王退治には特殊な条件を満たす必要があるからな……だんだん話が見えてきた」
「え? わかるのですか?」
「宝石を捜していたんだろう」
「宝石?」
別の人形が言う。
「お父さまはあらゆる宝石を求めて飛び回っておりました。エメラルドの王様が必要なんだ、と」
俺は頷きつつ言った。
「それがエーデルリヒトだったんだな」
「「「まあ、そうだったのですか!」」」
人形達は今気付いたとばかりに驚いていた。
揃った声が棚ばかりの倉庫に反響する。
類推できないところは、まだ人形らしかった。
「花畑を育てるのに使ってるエーデルリヒトが、魔王を倒すための聖剣の材料なんだ」
しかしリヴィアが首を捻る。
「じゃが、探していた宝石は、見つけたのであろ? 花畑を作るのが目的だったのか?」
すると、暇そうに片足をぶらぶらさせていたラピシアが言った。
「投げると星が壊れるから、糸でそっと降ろす?」
俺は、はっと息を飲んだ。
「ハーヤの奴、軌道エレベーターを作る気だったのか!!」
「「「きどうエレベーター?」」」
「なんじゃそれは?」
俺は倉庫を歩いて棚へと近付く。
置いてある糸を一本つまみ上げた。
ぐいっと引っ張る。
だが恐ろしく頑丈で、神の俺がかなり力を込めても切れなかった。
「やはり、な。軌道エレベーターを作るには強靭な糸とロープが必要だ。普通のロープだと自重で切れてしまうんだ」
地球でも理論は完成しているが、使用に耐えうる素材がまだ見つかっていなかった。
カーボンナノチューブに可能性があったが。
「なるほど、宝石を降ろすために糸を作らせておったのか」
「そうだったのですか……」「自分たちがなにをしているかわかって安心いたしました」「ほっとしました」
人形たちは大きな胸を撫で下ろしていた。
しかし俺は千里眼を使いながら空を見上げた。大体の距離を測る。
「だとすると、足りないな」
「え?」
「俺の良く知る単位で表すと。月から惑星までの距離はおそよ40万キロメートル。今作ってある長さが2700キロメートル。全然、足りない」
リヴィアが頷く。
「だから900人送る予定だったと言っておったのじゃな」
人形のファスティナが、あっと声を上げる。
「その数値で計算しますと、今まで6人で2700なのですから、1人450。900人なら40万5000になります」
「きっとお父さまは勇者さまが来る時期を知っていたんだわ」
「そのために用意しようと……それなのに」
人形達は美しい顔を歪めて頭を下げた。
「申し訳ありません」「お役に立てませんでした」「ごめんなさい」
「いや、いい。その方法はこちらで用意した。だから花畑を掘り返して宝石を持っていくぞ。――だが、お前たちも諦めずによく頑張ってくれた」
「「「ありがとうございます」」」
人形だから泣くはずがないのに、彼女たちは目頭をそっと押さえた。
――と。
ラピシアが言う。
「おなか空いた! おべんと!」
「そんな時間か。よし、食べるか」
「お母さんの星を見ながら食べる!」
「それも、一興だな」
「なかなか面白いこと思いつくではないか。褒めてつかわすのじゃ」
「うん!」
ラピシアが笑顔で答える。
その様子に、場の空気が緩んだ。
ファスティナが言う。
「でしたらお水を用意しますわ。地下の氷を溶かして作ってます」
「そうやって花畑を維持してたのか。じゃあ、頼むぞ」
「はいっ」
人形たちは元気よく返事して倉庫の奥へと向かった。
俺たちは来た道を戻って外に出た。
◇ ◇ ◇
月の上でのピクニックはとても楽しい時間が流れた。
瞬かない星空、吸い込まれそうな黒い宇宙。美しい惑星。
目の前に広がるのは白く輝く花畑。綿のような白い虫が花から花へと飛んでいる。
ただ身動きすると簡単に砂が舞ってしまうのだけが困難だった。
三人で身を寄せて座った。
食べたのはサンドイッチだったが、幻想的な風景にとても美味しく感じられた。
いつかセリカやミーニャを連れてきてもいいなと考える。
ラピシアは頬張りながら笑顔で言う。
「あの丸い星の中に、セリカもミーニャもお母さんもいる」
「そうだな」
「ラピシア、お母さんにずっと抱き締めてもらえてた!」
ふふんっ、ととても上機嫌でサンドイッチをさらに食べた。
リヴィアは鼻で笑った。
「母親が恋しいとは、神としてまだまだお子ちゃまじゃの」
「チビババア!」
「なんじゃと!」
少女たちは掴み合いを始める。
俺は二人の首根っこを掴んで引き離した。
「こら暴れるな! 砂が舞うだろ! 食べてる間は仲良くしろ」
「わかった!」
「す、すまんのじゃ……」
リヴィアが悲しそうな声で言ったので目を向けると、彼女の持つサンドイッチに砂が被っていた。
ラピシアがそれを取り上げ、逆に自分のを渡す。
「こうかん!」
「な、なぜじゃ?」
「平気だから! 砂も友達!」
ラピシアは簡単に砂を払うと、ニコニコ笑顔のまま気にせず食べ始めた。
――さすが大地母神。砂ごと食べるとは。
「さあ、食べ終えたら、宝石を掘り出して持って帰るぞ」
「妖精の扉では運べぬであろ?」
「そのために、あれがある」
俺の言葉を受けて、ラピシアが背中のハンマーを引き抜いた。
天に掲げて笑顔で叫ぶ。
「ぱららら~! くりえいとはんまぁ~!」
「このハンマーも力を吸収する性質がある。おそらくエーデルリヒトに対して普通のハンマーのように使えるはずだ」
「なるほどのう……創世の道具を使うのじゃな」
「いっぱい、砕く!」
ふんすっと鼻息荒くラピシアが答えた。
見れば、サンドイッチを入れた弁当箱は空になっていた。
「よし、やるか!」
「おー!」
「頑張ろうかの」
俺たちは立ち上がると、ラピシアの案内で宝石の真上を目指した。




